「皇国」と「国家はビジネス」の差は70年たっても埋まらない 週刊プレイボーイ連載(233)

ひさしぶりの沖縄で平和祈念公園を訪ねました。ここは第二次大戦の沖縄戦で追い詰められた日本軍の玉砕の地で、近くにはひめゆりの塔があります。米軍の銃撃と砲撃にさらされたひとびとは壕のなかで集団自決し、摩文仁(まぶに)の丘の断崖絶壁からつぎつぎと身を投じました。

戦前の日本は国家(国体)を神聖なものとし、すべての国民が天皇(皇統)に殉じることを当然とする“カルト宗教国家”でした。いまの北朝鮮のような社会ですから、当時のひとびとの価値観や選択を平和でゆたかな現在から批判しても仕方ありません。しかしそのなかにも、理不尽な現実に煩悶したこころあるひとはいました。

八原博通は沖縄戦を戦った第32軍の高級参謀として、制海権・制空権を失った圧倒的不利な状況で、地形を利用した戦略持久戦を指揮して2カ月にわたって米軍を苦しめますが、大本営から無茶な決戦を求められて戦線は崩壊、最南端まで撤退するも戦闘継続不能に陥ります。このとき牛島満司令官、長勇参謀長は自決しますが、ナンバー3の八原は大本営への報告を命じられて壕を脱出、米軍の捕虜として終戦を迎えました。戦後八原は、沖縄戦の第一級資料となる手記を刊行し、劣勢を認めることができない大本営の愚策で兵士や沖縄県民が無駄に死んでいったことをきびしく批判します。

八原は陸軍大学校を抜群の成績で卒業し、アメリカ駐在の経験もある超エリートで、合理的思考の持ち主でした。その八原は、刀折れ矢尽き丸腰同然で米軍に突撃していく将兵を見て、なぜ降伏してはならないのか自問します。そして、「(軍の最高権力者たちは)降伏に伴う自らの生命地位権力の喪失を恐れる本能心から、口実を設けて戦争を続けているのではないか」とまで考えるのです。

しかしそれでも、八原は参謀として降伏を進言することができません。司令官も参謀長も、日本の滅亡を避けるには無条件降伏以外の道はないと確信しますが、そのことにいっさい触れないまま、美しい辞世の句と漢詩を残して自決してしまいます。これが6月23日のことですから、司令官を失った日本軍は戦闘を継続する能力もなく、かといって降伏することもできず、終戦まで1カ月以上、多数の住民や学徒兵を巻き込んでむごたらしい自決と玉砕を重ねることになったのです。

終戦後、米軍の捕虜収容所にいた八原のもとに1人の米兵がやってきます。ミルウォーキーで技師をしていたという一等兵で、日本軍がなぜ自決するのか不思議に思って、高級参謀にそのことを尋ねようと思ったのです。

「これ以上戦っても効果がない、自分は十分に義務を果たしたと思えば降伏するのが当然ではないか」と米軍一般の見解を述べたあと、一等兵は、天と地ほど身分の違う高級参謀に向かって次のようにいいます。

「国家、政府、戦争、これらはすべてビジネスです。ビジネスにならぬ国家、政府、戦争は有害無益です」

八原は米軍の一兵卒のこの言葉を聞いて、日本軍の神がかりの論理とのあまりのちがいに愕然とし、言葉を失います。

それから70年たちましたが、この米兵と同じように国家を語れる日本人がいったいどれほどいるでしょうか。

参考:八原博通『沖縄決戦 – 高級参謀の手記』
稲垣武『沖縄 悲遇の作戦―異端の参謀八原博通』

『週刊プレイボーイ』2016年3月7日発売号
禁・無断転載

摩文仁の丘
摩文仁の丘

マイナス金利で「不思議の国のアリス」の世界がやってくる? 週刊プレイボーイ連載(232)

マイナス金利は、日銀のリフレ政策をさらにパワーアップし、日本経済をデフレから脱却させる秘密兵器だそうです。黒田日銀総裁がマイナス金利を宣言した直後はたしかに円安が進みましたが、その後は急速な円高・株安になり金融市場の動揺が収まる気配はありません。金利がマイナスになるという奇妙な出来事は、私たちの暮らしにどのような影響があるのでしょうか。

マイナス金利を最初に導入したのは2009年7月のスウェーデンで、12年7月にデンマークが続き、14年にはユーロ圏(ECB)とスイスがマイナス金利に踏み切りました。ヨーロッパでは、マイナス金利はもはや日常です。

それでどうなったかというと、結論は「たいして変わらない」です。

マイナス幅が0.65%ともっとも大きいデンマークではお金を借りると利息がもらえる住宅ローンが登場し、コペンハーゲンなどの不動産価格がバブル期以上に高騰しています。マイナス成長だった経済も14年以降は1%台前半の成長を取り戻しました。このように一部の住宅市場を過熱させる効果はあるようですが、それがたんなるバブルなのか、実体経済に波及して経済成長を後押しできるのかは、マイナス金利導入から3年以上経っても結論が出ていません。

マイナス金利の政策上の問題は、下げ幅に限界があることです。預金金利がマイナス10%の世界を考えてみましょう。銀行にお金を預けていると毎月1%ちかくお金が減っていくのですから、こんなバカバカしいことをするひとはいないでしょう。預金がすべて引き出され、自宅の金庫などにしまわれてしまうと、金融機能が停止してしまいます。

その一方で、大金を自宅に置いておくためには、頑丈な金庫を購入するなどのコストがかかります。それを考えれば、多少のマイナス金利は「貸し金庫代」としてしかたがないと思うひともいるでしょう。

だったら、金利の下限はどこにあるのでしょうか。スイス銀行はこれをマイナス1.25%とし、そこまで短期金利を誘導しようとしています。これが普通預金に適用されると、100万円の預金に対して年1万2500円、月額約1000円の「保管料」がかかることになります。

一般の預金金利までマイナスにするのは劇薬なので、“先進国”のデンマークですらごく一部の銀行を除いて「お金が減っていく」ことはありません。その代わり金融機関は、ATM使用料などさまざまな手数料を引き上げて収益減を補おうとしています。

マイナス金利に政策として限界があるのは、現金という代替手段があるからです。電子マネーのみにして、短期金利に合わせて減価していくようにすれば、どこまでも金利をマイナスにできます。実際、「実験国家」であるノルウェーでは、大手銀行が政府に対して「現金廃止」を要請したとのことです。

もしそうなれば、「お金を預けるとお金が減り、お金を借りるとお金が増える」という『不思議の国のアリス』のような世界がやってくるでしょう。もっとも、これまだずっと先のお伽噺でしょうが。

『週刊プレイボーイ』2016年2月29日発売号
禁・無断転載

覚醒剤じゃなくても、みんななにかに依存している 週刊プレイボーイ連載(231)

元有名野球選手が覚醒剤所持・使用容疑で逮捕されました。報道によれば選手時代から覚醒剤を常用していた疑いもあり、近年は完全な依存状態になっていたようです。

健康への影響がタバコよりも少ないマリファナが欧米で解禁されつつあるのに対し、覚醒剤(アンフェタミン)やヘロイン、コカインなどはハードドラッグと呼ばれ、強烈な快感と強い依存性から法できびしく取り締まるのが当然とされてきました。ところがノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ミルトン・フリードマンやゲイリー・ベッカーらは、マリファナはもちろんハードドラッグも合法化して酒やタバコと同様に市場で取引できるようにすべきだと主張しています。

彼らはもちろん、ドラッグの危険性を軽視しているわけではありません。しかしアメリカにおけるドラッグ・ウォーズを振り返るなら、規制や取締りはほとんど効果がなく、麻薬組織はあいかわらず莫大な利益をほしいままにし、供給側の中南米の国々の治安を破壊しています。また近年のきびしすぎる量刑は、巨額の税金を投じて末端のドラッグディーラーを大量に刑務所に収監することで、黒人やヒスパニックなどマイノリティのコミュニティを危機に陥れました。黒人女性の未婚率や母子家庭の割合が極端に高いのは、若い黒人が刑務所にいるからなのです。

米国での調査では、ハードドラッグ体験者のうち95%は中毒になる前に使用をやめており、依存症になるのは5%程度です。このひとたちはさまざまな理由から依存状態になりやすく、ドラッグを禁止すれば非合法な手段で手に入れようとするか、大量飲酒など他の有害な行動をとるようになります。医師のなかにも、ドラッグよりも酒(アルコール)の方が有害だと考えるひとはたくさんいます。だとすれば、ハードドラッグを合法化し、法の下で製造・販売を管理して、そこからの税収を依存症への治療に充てたらどうでしょうか。

麻薬を合法化すれば地下組織は壊滅し、刑務所に収監される犯罪者の数も激減し、高価な麻薬を入手するための衝動的な犯罪も減るでしょう。麻薬供給国の治安は劇的に改善し、アフガニスタンのタリバーンのようなテロ組織がケシを資金源にすることもできなくなります。麻薬依存症はアルコール依存症などと同じく、犯罪ではなく治療の必要な病気として扱われるべきです。

依存症を引き起こすのは、酒や麻薬だけではありません。セックスや恋愛でも脳内にドーパミンなどの快楽物質が分泌されることがわかっており、セックス依存症や恋愛依存症が社会問題になりつつありますが、これを法で禁止すれば国民がいなくなってしまいます。過激なナショナリストはアイデンティティを国家に依存していますが、国家が国家を禁ずることはできません。IS(イスラム国)のテロが明らかにしたようにもっとも危険な依存の対象は宗教でしょうが、神を違法にすることもできません。

けっきょくのところ、すべてのひとが、多かれ少なかれなにかに依存して生きているのです。私たちは、そんなに強いわけではありません。

だとすれば、必要なのは特定の依存症患者を袋叩きにすることではなく、彼らが社会復帰できるよりよい仕組みをつくっていくことでしょう。このような視点があれば、退屈な芸能ニュースにも多少は深みが出ると思うのですが。

参考:ゲーリー・S. ベッカー『ベッカー教授の経済学ではこう考える』

『週刊プレイボーイ』2016年2月22日発売号
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