「夢の海外移住」で失敗しないために(「臆病者のための資産運用入門」特別編)

『臆病者のための億万長者入門』の発売に合わせて『週刊文春』(5月22日発売号)に掲載された「「夢の海外移住」で失敗しないために」を、編集部の許可を得て転載します。

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「日本の若者は外国に行かなくなった」といわれるが、その代わりリタイア後に海外生活をするひとが増えている。

80年代バブルの頃は通産省(現・経産省)がスペインに「日本人村」をつくるシルバーコロンビア計画を提唱したが、ヨーロッパは遠すぎて頓挫した。90年代にはカナダが注目されたが、北米との往復は時差がつらい。ハワイはあいかわらず人気だが、9.11後のアメリカは居住ビザの取得が難しい。

そんなこんなで、リタイア層の注目は東南アジアに集まるようになった。ロングステイ財団の調査でも、ここ数年は「住んでみたい国」の第1位はマレーシア、第2位はタイで、フィリピンやシンガポール、インドネシアもベスト10の常連だ。ベトナムやカンボジアに暮らす日本人も多い。

これらの国に共通するのは日本から近いことと、熱帯・亜熱帯に位置することだ。心臓に不安のあるひとは冬の寒さが大敵なので、医者に勧められて移住を決意したという話もよく聞く。

それにも増して東南アジアのいちばんの魅力は、「親日」にある。日本人だということでイヤな目にあうことは皆無で、ほとんどの滞在者は「いい思いばかりしている」と語る。

親日の理由のひとつは、和食(とりわけ寿司とラーメン)やマンガ・アニメなどの“クールジャパン”だ。経済成長で中流社会の消費文化を体験するようになった彼らにとって、日本はまだ「坂の上の雲」なのだ。

親日のもうひとつの理由は中国だ。

南シナ海問題でベトナムの反中デモが激化しているが、フィリピンやインドネシアも中国との国境問題を抱えている。

領海をめぐって中国と紛争が起こるたびに、太平洋戦争で多くの死者を出した地域で日本の人気が上がっていく。フィリピン政府は日本に対して憲法改正と軍事強化を求めているのだ。

東南アジアでは、日本人というだけでずいぶんと高いゲタを履くことができる――それで勘違いする困った輩もあとを絶たないが。

「アジアは生活コストが安い」といわれるが、これには注意が必要だ。もちろん1人あたりのGDPを見れば、日本とアジアの生活水準の差はまだ大きい。だが言葉を話せない外国人が長期滞在するとなると、現地のひとと同じ生活をするわけにはいかない。

車を運転できず、公共交通機関を乗りこなすこともできなければ街の中心に住むしかない。近くに大型スーパーも欲しいし、万が一のときに頼れる病院も必要だ。そう考えると、東京でいえば麻布や青山といった地域で家を探すことになる。

バンコクの高級住宅地スクンビットには日本人の駐在員が多く住んでいるが、2LDKの標準的な部屋で月額家賃は12~15万円だ。地方都市のチェンマイも人気があるが、外国人向けのコンドミニアム(マンション)だと2LDKで月額5~8万円する。

住居費に加え、日本食レストランに通ったり和食を自炊しようとすると、長期滞在の生活費は思いのほか高くなる(これは断言できるが、日本人が現地の食事を食べつづけるのは不可能だ)。

それに対して、都心回帰で東京郊外は空室が増え、家賃が下落している。八王子や青梅の駅からバスで10分ほどのところなら、2LDKのこぎれいなアパートで家賃は月5万円程度だ。

交通の便はたしかに悪いが、コンビニやスーパー、ファミリーレストランはあるし、最近ではネット通販でなんでも買える。医療施設も充実しており、なんといってもすべてが日本語だけで足りる。

90年代の金融危機の頃は、「アジアに移住してゆたかな年金生活」が流行した。しかし日本の長引くデフレとアジアの経済成長+インフレによって、この老後プランはすっかり過去のものになった。いまではバンコクに住むより東京の方がずっと安い。限られた年金を有効に使うなら、東京(や他の大都市)の郊外を目指すべきだ。

それではなぜ、リタイア後に海外で暮らそうとするのか。それは資産も年金もそれなりにあるひとが、新しい体験を求めているからだ。日本人の老後は20年以上もあって、悠々自適だけではやっていけないのだ。

海外生活のハードルは、いまでは大きく下がった。

マレーシア、タイ、フィリピンには年金受給者向けの長期滞在ビザ制度があるが、東南アジア諸国なら、ミャンマーを除けばどこも(実質)ビザなしで1~3カ月は滞在できる。どんなところか暮らしてみるだけならこれでじゅうぶんだ。

バンコクやクアラルンプールのような大都市では、外国人向けのサービスアパートが増えてきた。テレビ、冷蔵庫、洗濯機や最低限のキッチン用品があらかじめ用意されているマンションで、スーツケースひとつで生活を始められる。家賃は1週間で3~5万円、1カ月で10~15万円で、ホテルに長期滞在するよりずっと安い(インターネットで検索して申し込むだけだ)。

東南アジアはLCC(格安航空会社)が発達しているので、数千円で地方都市や隣の国に行ける。拠点が決まったらあちこち旅して、次に暮らしてみる場所を決めればいい。

もちろんはじめての海外生活ではさまざまなトラブルがあるだろう。そんなときは片言の英語でいいからまわりのひとに相談してみよう。みんな「困っている日本人」を親切に助けてくれるはずだ。

海外暮らしでぜったいにやってはいけないのは、安易に不動産を買うことだ。

日本人は、「暮らす」となるとまず家が必要だと考える。海外には日本人の不動産業者がいて、「投資物件としても有利ですよ」と勧めてくる。

たしかに東南アジアの不動産は、日本に比べればまだまだ安い。だが、それが将来、値上がりするかどうかは神のみぞ知るだ。

本誌の連載をお読みいただいた方ならおわかりだろうが、「確実に儲かる投資」などというものはこの世にない。不動産業者があなたに投資を勧めるのは、売買手数料が入るからだ。もしほんとうに儲かるのなら自分で買うだろう。

海外生活の深刻なトラブルはほとんどが不動産がらみだ。それも残念なことに、日本人の業者が日本人を騙すケースが圧倒的に多い。

海外に永住する決意をしても、半年も経たないうちに気が変わるひとはいくらでもいる。そうなると投げ売りするしかなくなるのだから、最初に家を買うのは最悪の投資だ。

最新刊『臆病者のための億万長者入門』では、「億万長者になる方法」ではなく、「誰でも億万長者になれるゆたかで残酷な社会」でいかに生きるかを考えた。そこでは触れられなかったが、海外暮らしも人生の重要な選択肢のひとつだ。

あと、アジアで暮らすのに大切なのは、現地のひとを自分と対等の人間として扱うことだ。これさえ知っていれば、きっと素晴らしい体験が待っているだろう。

『週刊文春』2014年5月22日発売号
禁・無断転載

貧乏くじを引くのはいつもまっとうに生きている多数派  週刊プレイボーイ連載(147)

オバマ大統領との首脳会談を受け、安倍総理はTPP(環太平洋経済連携協定)の早期妥結を指示しましたが日米協議は合意に至りませんでした。貿易自由化で既得権を奪われるひとたちが自民党の支持基盤になっているためでしょう。

その一方で、日本とオーストラリアのEPA(経済連携協定)では牛肉の関税を38.5%から23.5%に引き下げることが決まりました。これによってオーストラリア産牛肉も安くなるでしょうから、消費者にとっては朗報です。
ところが不思議なことに、「得する」ネタが大好きなはずの新聞やテレビは、「関税引き下げで家計が楽になる」とか、「TPPで米国産牛肉も安くしよう」などとはいっさいいわず、「畜産農家の経営への影響」を懸念しています。TPP問題では、多数派(消費者)のメリットはできるだけ小さく報じ、少数派(農家)の被害を強調するのが“正しい報道”とされているようです。

もっともこれは特別なことではなく、同じような現象はあちこちで見られます。

日本では、賃貸住宅を借りるときに保証人を要求されるという悪弊がいつまでたっても改まりません。家賃を保証できるのは収入のある親かきょうだいで、年をとると保証人が見つけられなくなり、この不安が無理をしてマイホームを購入する理由のひとつになっています。

ところが、“リベラル”と呼ばれるひとたちはこの問題を取り上げるのに消極的です。なぜかというと、保証人制度を廃止すると彼らにとって都合の悪いことが起きるからです。

不動産を貸して生計を立てている家主たちは、家賃滞納者のブラックリスト化をずっと求めていますが、リベラルなメディアや団体の猛反対にあって頓挫しています。家賃を払えないのは止むに止まれぬ事情があるからで、ブラックリストに載せれば家を借りられなくなってしまう。貧乏人をホームレスにするような制度は許されない、というわけです。

貸金業では常習的な滞納者をブラックリストで排除できますが、不動産業ではそれができません。いったん悪質な借家人に居座られると大損害ですから、責任を負ってくれる保証人を求めざるを得ない、というのが家主の主張です。

こうしてリベラル派は二律背反を突きつけられます。

保証人制度を批判すると、家賃滞納者のブラックリストを受け入れなくてはなりません。ブラックリストを阻止しようと思えば、保証人制度を容認するしかなくなります。

リベラルとは、常に少数者の側に立って社会問題を解決しようとする政治的態度です。家賃を滞納するのはごく一部で、彼らが「社会的弱者」だとすると、その権利を守るためには、ちゃんと家賃を払っている大多数の借家人が不利益を被っても仕方がない、ということになります。

関税をかければ小売価格が上がりますから、“税金”を払うのは一般の消費者です。家賃滞納者を保護すれば、困るのは家主ではなく健全な借家人です。どちらもちょっと考えればわかることですが、リベラル派も(TPPに反対する)保守派もこうした議論をぜったいに受け入れません。自分たちが“正義の側”に立てなくなってしまうからでしょう。

こうして日本では、まっとうに生きている多数派がいつも貧乏くじを引くことになるのです。

『週刊プレイボーイ』2014年5月19日発売号
禁・無断転載

金融業界の不都合な真実をすべてのひとに

『臆病者のための億万長者入門』から、「はじめに 金融業界の不都合な真実をすべてのひとに」をアップします。

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「将棋のプロはいるけど宝くじのプロがいないのはなぜか?」前著『臆病者のための株入門』では、最初にこの問題を考えてみた。

プロとは、才能と努力によって素人には到達できない高みにまで達したひとのことだ。1カ月前に将棋を習い始めた素人が羽生善治三冠に勝つことはぜったいににあり得ない。なぜこういい切れるかというと、プロと素人のちからの差はとてつもなく大きいからだ。

それに対して宝くじにプロがいないのは、それが確率のゲームだからだ。過去に何度も当たりくじの出た売り場で買うひとは多いが、これはたんにたくさんのくじを売っているだけで統計学的にはなんの根拠もない。純粋な確率のゲームに必勝法はなく、そこにプロの居場所はない。

それでは、“金融のプロ”とはいったい何だろう?

ここで誰もが思い浮かべるのが、160万円を元手に株式投資を始め、5年間で100億円を超える資産を築いた20代の個人投資家だ。報道によればこの男性は、大学時代に株式トレードに興味を持つようになったものの、株価収益率(PER)とか株価純資産倍率(PBR)などの株式投資に必須とされる知識にはなんの興味もなく、売買している会社がなにをしているのかもよく知らないという。

金融の世界で「投資のプロ」と呼ばれるのはファンドマネージャーで、彼らは投資家から資金を預かり、最先端の金融知識を駆使して運用している(ことになっている)。その成績はインデックス(株式市場の平均)をどれだけ上回ったかで評価され、5年にわたって年率10%で運用できれば“辣腕”などと呼ばれてあちこちのマネー雑誌に登場する。

それに対して、株式投資の基礎知識がまったくないこの若者の運用利回りは年率900%(!)だ。個人投資家とファンドマネージャーでは条件が異なるとはいうものの、運用成績がこれほど桁ちがいだとどんな言い訳も通用しない。金融の世界では、ど素人が名人や三冠を完膚なきまでに叩きのめすことができるのだ。

この単純な事実は、株式投資が将棋よりも宝くじにずっと近いことを教えてくれる。それは必勝法のない確率のゲーム、すなわちギャンブルなのだ。

私はこれをきわめて単純明快な話だと思うのだが、不思議なことに同じようなことを述べるひとはほとんどいない。

どんな業界にも、「それをいったらおしまいだよ」ということがある。ある程度の年齢になれば誰でも学ぶことだろうが、「不都合な真実」を言い立てるひとはいつのまにか排除されて消えていく。これは陰謀とかそういう話ではなく、たんにやっかいだったり、つき合いたくなかったりするからだ。

本書でこれから述べるのは、金融業界では誰もが当たり前だと思っていながら、暗黙のうちに「それはいわないことにしておこう」と決めていることだ。「株式投資はギャンブルだ」というのもそのひとつで、私は一介の文筆家で業界とはなんのかかわりもないから好き勝手なことが書けるのだ。

私が金融市場に興味を持ったのは30代半ばで、タックスヘイヴン(租税回避地)と呼ばれる国や地域を中心に銀行口座や証券口座を開設し、株式や債券投資だけでなく、シカゴの先物市場でデリバティブ(先物やオプション)取引もやってみた。本書ではそんな体験をもとに、「資産運用の常識」をシンプルな論理で解説してみたい。それはあなたが漠然と思っている(あるいは「金融のプロ」から聞いている)“常識”とはまったく違うかも知れないが、ちゃんと読んでもらえば、「論理的に考えればそうなるほかはない」と納得していただけるはずだ。

リタイアしたあとに資産のすべてを失ってしまったら、もはや生きていく術はない。金融市場のなかで、個人はもっともリスク耐性の低い投資家だ。そう考えれば、個人の資産運用は保守的であるべきだ。

資産運用は金儲けの手段ではなく、人生における経済的なリスクを管理するためにある。そんな「臆病者の投資家」にとって、資産運用でもっとも大切なのは目先の利益ではなく、将来の予期せぬ経済的な変動から自分や家族の生活を守ることにあるはずだ。

あなたがそんなことを考えているのなら、必要なことはここにすべて書いてある。