ジコチューには集団的自衛権はわからない 週刊プレイボーイ連載(175)

ひとは誰でも、自分が世界の中心にいると思っています。映画や小説で「世界の終わり」が繰り返し描かれるのは、自分が死ねばこの世界もいっしょに消えてしまうからです。この臨場感は圧倒的なので、世の中にジコチューばかりが溢れるのは仕方のないことです。

自分のことだけでなく、「国家」を語るときにも私たちは無意識のうちにジコチューになっています。集団的自衛権をめぐる議論が不毛なのは、「日本が戦争に巻き込まれる」とか、「沖縄の米軍基地がなければ日本は守れない」とか、常に自分(日本)のことしか考えていないからです。

第二次世界大戦がヒロシマ、ナガサキへの原爆投下という悲劇で幕を閉じたあと、大量の核兵器を保有する大国同士は戦争できなくなりました。植民地主義が全否定されて以降、あらゆる地域紛争は「防衛」の名の下で行なわれています。これは人類史的なパラダイム転換で、それを無視して「戦前の雰囲気に似てきた」との印象論で戦争の恐怖を煽る報道は百害あって一理なしです。

なぜいま集団的自衛権が問題になるかというと、「中国の大国化」という同じく人類史的な出来事がこの20年で現実のものになったからです。それが周辺諸国を動揺させ、地域の安全保障に大きな変化を起こしました。

南シナ海の南沙諸島・西沙諸島をめぐる領有権問題で、社会主義国であるベトナムはかつての仇敵であるアメリカに急接近し、1990年代に米軍が撤退したフィリピンでは再駐留を求める声が圧倒的になりました。中国は「歴史問題」で東南アジア諸国との対日共闘を模索しましたが、インドネシアやマレーシア、シンガポールを含め、どこも「いま目の前にある危機」の方が重要でなんの関心も示しません。中国と蜜月だったミャンマーまで、民主化によって中国から距離を置こうとしはじめました。「領土を脅かされている」という不安の前では、歴史的ないきさつや経済的な利害関係などどうでもよくなってしまうのです。

中国との領有権問題を抱えるアジアの国々は、日本が集団的自衛権のくびきを解いて、対中国包囲網に加わることを強く期待しています。フィリピンのアキノ大統領は憲法9条の改正を求めており、このまま中国との軋轢が強まれば日本の核武装を求める声も出かねません。

それと同時にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)では、オーストラリアやチリなどを含め、「民主化された自由市場を持つ」国々で中国を経済的に包囲するという米国の戦略が進められています。日本ではTPPも「損か得か」というジコチューな視点でしか語られませんが、安全保障を最優先する安倍政権に参加を拒否する選択肢がないことは「地経学」的に考えれば明らかです。

東アジアで起きているさまざまな出来事の震源は、世界第2位のGDPを持ち、13億の国民を抱え、共産党独裁という異質な政治体制をとる中国の台頭にあります。それが平和的なものになるか、軍事的な脅威となるかで周辺国の運命は大きく変わります。

このような視点が欠落した安全保障の議論にはなんの価値もないのですが、「平和憲法を守れ」と叫ぶひとたちがこのことに気づくことは、残念ながら永遠にないでしょう。

『週刊プレイボーイ』2014年12月8日発売号
禁・無断転載

「差別のない明るい社会」を目指してほしい 週刊プレイボーイ連載(174)

なんのためかよくわからないまま衆院解散が決まりましたが、政党同士の足の引っ張り合いにつき合っていても仕方がないので、ここでは候補者たちに託したい前向きな提言をしてみましょう。

一般にリベラルとネオリベ(新自由主義)は、結果平等を求めるのか、機会平等でじゅうぶんだ(結果が不平等になっても構わない)とするかで分かれるとされます。しかしどれほどリベラルでも、私的所有権を否定する共産主義の理想社会(グロテスクなディストピア)を目指すひとはいないでしょう。一方、貧しい高齢者が餓死するのを見て、「機会は平等だったんだから自己責任だ」と突き放すネオリベもいないはずです。現代の政治的対立とは、同じ価値観を持つ者同士が、どこでバランスを取るかでいがみ合うことなのです。

しかしそれでも、機会が平等でなければ結果の平等もあり得ないわけですから、社会から差別をなくすことはあらゆる(民主的な)政治思想に共通の理想です。しかし現実には、日本ではいまだに多くの差別が放置されています。

「差別」というと「朝鮮人を殺せ」と連呼する集団を思い浮かべるかもしれませんが、もっとも広範な社会的差別は終身雇用・年功序列の日本的雇用が生み出すものです。このローカルルールは日本人(日本採用)の正社員にしか適用されませんから、日本企業は海外での現地採用を平等に扱うことができません。これが人種や国籍による差別と見なされ、優秀な外国人社員が数年で欧米系企業に転職していく原因になっていることは、海外法人の採用担当者なら誰でも知っていることです。

また終身雇用は、定年に達した社員を強制的に解雇する制度ですから、これは年齢による差別以外のなにものでもありません。採用にあたって年齢で選別することは法で禁じられていますが、新卒採用の年齢制限は「日本的慣行」として適用除外にされています。

派遣法の改正では「派遣社員の正社員化」が目指されましたが、どのような働き方をするかは労働者の選択に任せればいいのですから、これは大きなお世話です。問題なのは「正規」と「非正規」で同じ仕事でも待遇が大きく異なることで、これは「現代の身分制」というほかありません。

そのうえ日本の会社はサービス残業という滅私奉公で社員の忠誠度を判定しており、子育てをしながら働く女性が管理職に昇進することは至難の業です。それに加えて政府は、配偶者控除や(専業主婦の社会保険料を免除する)第三号被保険者制度で女性の労働意欲を制度的に奪っており、その結果日本は、男女平等ランキングで142カ国中104位という“後進国”になってしまいました。

少子高齢化の進展で、日本経済はこれから労働力の枯渇に悩まされることになります。そんなときに、会社に生産性の低い労働者を囲い込んで失業率を下げる政策は時代遅れです。いま必要とされているのは、生産性に見合った賃金でいつまでも働けるようにすることと、金銭による整理解雇を認めて不要な人材を労働市場に戻し、有用な人材として再雇用される仕組みをつくることです。

これはべつに過激な提案ではなく、北欧諸国では当たり前の“世界標準”の労働制度にすぎません。党派を問わず、政治家にはまず「差別のない明るい社会」を目指してほしいものです。

『週刊プレイボーイ』2014年12月1日発売号
禁・無断転載

今回の選挙で日本の未来が見えてきた? 週刊プレイボーイ連載(173)

安倍首相が年内の衆院解散・総選挙に踏み切りましたが、これは首相の政治家としての資質、というか性格をよく表わしています。それをひと言でいうなら、「嫌われたくない」です。

消費税引き上げは、民主党・野田政権時代に、野党の自民党・公明党と結んだ三党合意によって、来年10月から10%とすることが決められました。この合意には「景気弾力条項」があり、経済状況によっては引き上げを停止するとされていますが、その決断の時期が迫っていたのです。

この状況を、首相の立場になって考えてみましょう。

14年4月の8%への消費税引き上げは民主党が決めたことです。自民党も容認したとはいえ、当時は谷垣総裁ですから、消費税増税を後日批判されるようなことになっても安倍首相はいくらでも言い逃れできます。それに対して10%への引き上げは首相の判断に任されており、言い訳はききません。増税を喜ぶ国民はいませんから、今度は自分が憎まれ役にならなければならないのです。

望ましいのは増税を止めてしまうことですが、景気弾力条項で想定されているのはリーマンショックのような経済危機で、アベノミスクで「好景気」をアピールしている以上、この方便は使えません。それでも増税を延期すれば、野党から「(三党合意を反故にした)嘘つき」呼ばわりされることは避けられません。これはプライドの高い首相にとって、我慢できない状況でしょう。

ところが10月31日の日銀の追加金融緩和によって、思いがけず円安と株高が進みました。これによって、「選挙で信を問う」という都合のいい道が開けたのです。「嫌われたくない」安倍首相が、この千載一遇の機会を見逃すはずはありません。日銀は消費税引き上げを後押しするつもりだったのでしょうが、体よく利用されていい面の皮です。

与党内でも批判があるように、今回の衆院解散は胡散臭さが否めません。それは誰もが知っているように、いずれは大幅な消費税増税が避けられないからです。

年金や医療保険の大盤振る舞いを続け、「景気回復」を旗印に公共事業でお金をばらまき、財政赤字でも増税せずに国債を増発して1000兆円を超える天文学的な借金を積み重ねたのは歴代の自民党政権です。財政の専門家のあいだでは、財政破綻を回避するためには消費税率を北欧並みの20~25%に引き上げる必要があるということで意見が一致しています。

もちろん、金融政策と経済成長で税収が増えれば問題は解決する、というひともいます。しかし今回の選挙で、首相自ら「成長戦略の要」と位置づけていたカジノ法案や改正派遣法、女性活用法案の成立はすべて放棄されました(そのうえ野党が消費税先送りを容認したことで、選挙の争点すらなくなってしまいました)。

8%への消費税増税は、汚れ仕事を民主党に押しつけ、責任を免れることではじめて可能になりました。10%への引き上げは17年4月への1年半の先送りが検討されているようですが、そこでほんとうに増税できるかはわかりません。「嫌われたくない」政権が消費税引き上げを決断できるのは、都合のいいスケープゴートが見つかったときだけなのです。

もっともそんなにウマい話が転がっているわけはありませんから、私たちはこのまま日本の財政赤字がとめどもなく膨張していくことを覚悟したほうがよさそうです。

『週刊プレイボーイ』2014年11月25日発売号
禁・無断転載