著作権者はクレーマー? 週刊プレイボーイ連載(271)

プロ野球球団を保有するインターネットの大手企業が、運用していたキュレーションサイトを一斉に閉鎖したことが大きな波紋を呼んでいます。キュレーションというのは特定のテーマの情報を記事形式にまとめることで、検索サイトで上位に表示されると多くのアクセスを集めることができます。

最初に問題になったのは医療系のキュレーションサイトで、広告収入を稼ぐために信憑性の欠ける情報が大量に掲載されているとの指摘から始まり、ユーザーの投稿とされていた記事が実はライターに謝礼を払って書かせたもので、盗用を隠すためのマニュアルまでつくっていたことがわかって大炎上を起こしたのです。

事件の経過はすでに詳細に報じられていますが、外部ライター向けの「記事作成マニュアル」には「参考サイトの文章を、事実や必要な情報を残して独自表現で書き換えるコツ」や「参考サイトに類似しない本文作成のコツ」などの項目があり、「中見出しごとに複数サイトを参考にして複数意見を寄せ集めれば”どこを参考にしたかすぐ分かる”状態ではなくなり、独自性の高い記事になります」とまで書かれているとのことですから、これでは言い逃れの余地はありません。一部上場の大手企業が組織的な記事の盗用で高収益をあげていたという、前代未聞の不祥事です。

しかし事件の経緯を見ていると、疑問もわいてきます。ふつう違法なビジネスはその行為を隠そうとするものですが、この件ではネット上で大量に集めたライターにマニュアルを配布するなど、あまりに無防備なのです。

そう考えていて、このマニュアルがなにに似ているか気がつきました。それは「クレーマー対策」です。この会社では、著作権者は面倒くさいクレーマーと同じ扱いをされているのです。だからこそライターに、「どうすればクレームを避けられるか」というマニュアルを堂々と提供したのでしょう。

こんなことがなぜ起きるかというと、「ネットの常識は書籍のようなオールドメディアとはちがう」と考えているからです。そこには「ネットに公開されたもの」と「公開されていないもの」という明快な分割線があり、「公開されていないもの」は著作権法で保護されますが、「公開されたもの」は“公共財”なので、著作権を強く主張することは「クレーム」と見なされるのです。

この価値観によれば、単純なコピペは違法ですが、文章を多少書き換えるなどの“配慮”をすればそれで十分ということになります。ネット上の“公共財”を自由に利用することはネチズン(ネット市民)の基本的な権利で、それが嫌ならコンテンツをネットに公開しなければいいのです。

大手企業まで「組織的盗用」に手を染めたということは、いまやこれがネット世界の常識であることを示しています。しかしいうまでもなく、リアルの世界では明らかな違法行為です。

今回の事件を受け、同様の手法でビジネスを行なっていた大手各社は記事に不正がないかすべてチェックすると表明していますが、そもそも取材をいっさいしていないのですから、掲載できるものはほとんどなくなってしまいます。そして、「自由」を自分の都合のいいように解釈するとどのような結末が待っているかの、よい教訓を残すことになるでしょう。

参考:BuzzFeed「DeNAの「WELQ」はどうやって問題記事を大量生産したか」

『週刊プレイボーイ』2016年12月19日発売号
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「いじめ防止対策」すればいじめが増える? 週刊プレイボーイ連載(270)

いじめがあいかわらず、大きな社会問題になっています。最近も文科省の有識者会議が、「自殺予防、いじめへの対応を最優先の事項に位置付ける」との提言をまとめ、「いじめを小さな段階で幅広く把握するため」いじめの認知件数が少ない都道府県への指導を求めました。

いじめ防止対策推進法は子どもが「心身の苦痛を感じているもの」すべてをいじめと定義するのですが、報道によれば、2014年調査で最多の京都府と最少の佐賀県のあいだに約30倍の開きがあったのだそうです。これは「佐賀県はいじめが少ない」ということではなく、「教師が真剣にいじめと向き合っていない」ということのようです。

しかしそうすると、次のような疑問が湧いてきます。

いじめ認知件数最多の京都府は、小さな段階でいじめの芽がつみとられるのですから、子どもたちはいじめのない学校生活をのびのびと送っているはずです。それに対して佐賀県では、教師と学校の怠慢によって弱肉強食の文化が学校に蔓延し、いじめ自殺が相次いでいることになります。しかし不思議なことに、そんな話は聞いたことがありません。だったらこの政策提言にエビデンス(証拠)はあるのでしょうか。

いじめ対策への違和感は、それが「教師がきびしく指導すれば、子どもは素直に従うはずだ」という貧しい人間観にもとづいていることです。そういう自分は、子ども時代に、なんでも大人にいわれたとおりにしていたのでしょうか。――そんな魂の抜けたようなよい子が“有識者”になるのかもしれませんが。

しかし誰もが知っているように、人間はもっと複雑です。

禁煙を促すために、タバコのパッケージに健康への害を明示することが各国で義務づけられています。これはどこから見てもよい政策に思えますが、心理学の研究者から不都合なデータが出てきました。喫煙者をさらに減らそうと腫瘍や遺体などどぎつい画像をパッケージに載せたところ、逆に喫煙者が増えてしまったというのです。

なぜこんな奇妙なことが起きるのでしょうか。それは次のように説明できます。

喫煙者がタバコを吸いたくなるのは、ストレスを感じたときです。そのため彼らは、強い禁煙メッセージ(このままだと肺がんで死ぬことになる)を受け取ると、その不安を打ち消すためにますますタバコを吸いたくなってしまうのです。

「よいことが悪い結果をもたらす」という不都合な事例は、ほかにいくつも見つかっています。たとえば健康増進のため、マクドナルドがヘルシーなサラダをメニューに加えたところ(健康に悪い)ビッグマックの売上が驚異的に伸びました。

消費者は、サラダを注文したことでビッグマックの高カロリーが帳消しになると誤解しただけではありません。メニューにヘルシーなサラダがあると知っただけでも、目標を達成したような満足感を覚え、いそいそとビッグマックを注文したのです。

だとすれば、文科省のいじめ調査も逆効果になる可能性があります。

「対策」の結果で、学校でものすごい数のいじめが行なわれていることが判明したとしましょう。するとそれを見た子どもは、みんながやっているのだから、自分もいじめていいと思うかもしれないのです。

『週刊プレイボーイ』2016年12月12日発売号
禁・無断転載

「優先席論争」のシンプルで正しい考え方 週刊プレイボーイ連載(269) 

電車内の優先席をめぐるお年寄りと若者の口論が動画サイトに投稿され、議論沸騰の騒ぎになりました。

動画では、お年寄りが「代わってくれって言ってるんだよ。席を」と優先席を譲るよう求めたのに対し、その言い方に気分を害したらしい若者が「悪いけどそういう人に譲りたくないわ…残念だったな」と拒否し、「なに。そこ優先席だってわかんないんだ」「わかんないですね」で会話が終わっています。

なんとも不快なやりとりですが、この動画の投稿主は「私は優先席を譲りません!!なぜなら先日、今にも死にそうな老人に席を譲ろうとしてどうぞと言ったら『私はまだ若い』などと言われ、親切な行為をした私がバカを見たからです」と動機を説明しています。

これについてネット上ではさまざまな意見が交わされましたが、優先席を「高齢者などに優先的に席に座る権利を付与したもの」と定義するなら、どちらが正しくどちらが間違っているかはクリアに説明できます。

まず、動画に登場したお年寄りは優先席に座る権利を持っており、その権利を行使したわけですから、若者はたとえ相手の口のききかたが不愉快でも席を譲る義務があります。なぜなら、権利と義務は一体のものだからです。

その一方で、権利を持つひとはそれを放棄することもできます。「今にも死にそうな老人」に席を譲ろうとしたのに断られたとしたら、その老人は自らの意思で権利を放棄したのですから、善意を裏切られたなどと傷つく必要はなく、そのまま座りつづければいいのです。

このように「権利」には、それを持つひとが行使するのも放棄するのも自由、という性格があります。いったん権利を行使すれば、相手にはそれに従う義務が生じます。しかし権利を放棄するのも自由なのですから、その場合はなんの義務もないのは当然です。

私の経験では、アメリカの電車で障がい者用の席に座っていて、車椅子のひとが乗ってきたので席を立つと、礼もいわず当然のように車椅子をそこに固定します(ちょっと偏屈な感じのひとでしたが)。若者が高齢者に席を譲ろうとして断られると、「オーケー」といってそのまま座りつづけます。日本のようにお互いに席を譲り合う光景も見られますが、これでなんの違和感もなく、お互いになんとも思いません。

それに対して日本では、権利を行使する際に義務を負うひとの了解をとらなければならない(すくなくとも感情を害してはならない)とか、こちらが義務を果たそうと申し出ているのに一方的に権利を放棄するのは失礼だとか、きわめて特殊な約束事があるようです。

それを日本人の美質だとか、おもてなしだとかいうのかもしれません。欧米のように、権利と義務の関係を明確に定めるのを「冷たい社会」だと感じるひともいるでしょう。しかし、これだけは知っておく必要があります。

「権利(義務)とは何か」をちゃんと理解せずに、いたずらに権利ばかりを付与すれば、電車のなかで起きたような不快な出来事があちこちで頻発することは間違いありません。あなたはそんな社会を望みますか?

『週刊プレイボーイ』2016年12月5日発売号
禁・無断転載