第46回 日本に適した発電とは (橘玲の世界は損得勘定)

再生可能エネルギーを固定価格で国が買い取る制度(FIT)で混乱が続いている。電力会社が送電網の不足を理由に新規の受け入れを凍結し、事業者に不安が広がっているのだという。

問題が起きたのは太陽光発電で、買い取り価格が風力や地熱などと比べて高い。買い取り期間は10年で、「敷地を確保し太陽光パネルを安く仕入れれば確実に儲かる」といわれていた。なんといっても国が太鼓判を押しているのだから……。

企業だけでなく個人も億単位の資金を注ぎ込んだというから怒るのも無理はないが、その一方で「お上」の話を無条件で信じるのもどうかと思う。まともに考えれば、こんな制度が成り立つはずはないのだから。

福島第一原発事故を受けて、民主党政権は化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を掲げた。経産省は事業者を集めるため、当初の買い取り価格を高く設定して期待を煽った。

だが事業者から割高な電力を買わされる電力会社は、当然、その分だけ電気料金を引き上げる。現在はその額が標準的な家庭で年2700円だが、経産省が認可したすべての施設が稼動すると、1家庭あたりの負担は1万円を超えるという。こんな値上げは政治的に容認できないから、計画が破綻するは最初からわかっていたのだ。

太陽光や風力発電の割合を増やす方針も疑問だ。

太陽光発電のモデルケースとしてスペインが挙げられるが、地中海性気候は雨が少なく日照時間が長い。それに対してモンスーン気候の日本は、高温多湿なうえに雨季もあるため、発電効率はスペインの半分しかない。

風力発電はドイツやデンマークがモデルケースだが、北緯50~60度にある北海は強い偏西風が吹く。一方、日本列島はそれより南の20~45度に位置していて、風力発電に適した場所はほとんどない。

もともと日本は、太陽光や風力発電に向いていない。これは専門家の常識だが、政府や経産省は科学的な議論をいっさい無視して高額の買い取りに猪突猛進した。

それなら日本は、これからも化石燃料と原発に頼りつづけなくてはならないのだろうか。そんなことはない。火山の多い日本には、有望な再生可能エネルギーとして地熱発電がある。

だったらなぜ、国は地熱発電を推進しないのか。それは火山地帯が温泉観光地になっていて、地元の反対で発電所の新設が不可能だからだ。

こうして現実的な発電方式を放棄した結果、できもしない事業に多額の予算を注ぎ込むことになった。しかしそれでも、まだ方策はある。

発電が必要なのは電気が足りないからだ。そう考えれば、もっとも効率的な「発電」は節電以外にない。日本の電気使用量はデフレ不況でも増え続けており、専門家の試算では、それを80年代末のバブル期の水準に戻すだけで原発はいらなくなる。

こんな簡単なことが実現できないのはなぜだろう。それはもちろん、節電では誰も儲からないからだ。

参考文献:川島博之『電力危機をあおってはいけない』

 橘玲の世界は損得勘定 Vol.46:『日経ヴェリタス』2014年11月16日号掲載
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「派遣」をめぐる議論はなぜいつも下らないのか 週刊プレイボーイ連載(172)

労働者派遣法の改正案が国会で審議入りしたことで、派遣労働のあり方をめぐる議論が再燃しています。法案を提出した安倍政権は「身分の不安定な派遣社員の待遇改善や正社員化につながる」と力説しますが、野党は逆に「派遣を増やすだけだ」と反発しています。

とはいえ、この法案が世論を二分する論争になっているわけではありません。当の派遣社員も、「どうでもいい」「関心がない」と突き放しています。

この徒労感はどこから来るのでしょうか。それは政治家やメディアが、問題の本質から目を背けているからです。

「派遣」という働き方が悪いわけではありません。それが政治問題になるのは、日本の社会では派遣が「非正規」とされ、同じ仕事をしていても「正規」の社員と待遇が異なるからです。

ILO(国際労働機関)は同一労働同一賃金を基本的人権としており、「正規」「非正規」の区別は現代の身分制と見なされます。「日本は前近代的な差別社会だ」という批判を避けようと政府は四苦八苦しているのですが、この問題を解決するのはものすごく簡単です。非正規という身分を法で禁止し、すべての労働者を「正社員」にしてしまえばいいのです。

なぜこれができないかは、「A=BはB=Aに等しい」という単純な論理で説明できます。非正規と正社員の区別をなくすことは、「すべての正社員が非正規になる」ことでもあるからです。

しかし、これのどこがいけないのでしょうか?

日本では働き方をフルタイムとパートタイムに分け、フルタイムの労働者を会社の正式なメンバーとしています。しかし考えてみれば、労働時間の多寡で身分を決めるのも同一労働同一賃金の原則に反します。パートやアルバイトであっても、正社員と同じ仕事をしていれば平等に扱われるべきです。

こうしてオランダでは、1996年の「労働時間差別法」でフルタイムとパートタイムの区別をなくし、2000年の「労働時間調整法」で労働者に労働時間の短縮・延長を求める権利が認められました。

自己決定権を最大限尊重する社会では、出産や介護、学位の取得などの人生のステージに合わせ、「正社員」の身分のままパートタイムで働くことや、それが一段落したらフルタイムに戻ることを、会社ではなく労働者が決めます。これが労働制度の最先端だとすれば、派遣社員の待遇改善などどうでもいい話で、さっさと差別を撤廃すればいいのです。

しかしこうした世界標準の改革は、終身雇用・年功序列の日本型雇用の根幹を覆すので、経営側も労働組合も強く反対しています。民主党は同一労働同一賃金の法制化を主張しているようですが、政権党の時代は支持母体である連合の顔色を伺って放置していたのですから、「なにをいまさら」という感じです。野党になって実現可能性がなくなったから、また口にするようになったのでしょう。

「あらゆる差別に反対する」はずのリベラルなメディアも同罪で、「非正規は身分差別だ」と書くと「お前の会社にも派遣社員がいるじゃないか」と批判されるので、問題の所在を報じないようにしているのです。

こうして派遣をめぐる議論は、どんどん下らないものになっていくのです。

『週刊プレイボーイ』2014年11月17日発売号
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地方創生にはカジノより大麻特区を 週刊プレイボーイ連載(171)

カジノを含む統合型リゾート(IR)の立地促進をめざす「カジノ法案」が国会に提出されました。安倍首相は「成長戦略の目玉」と力を入れていますが、「ギャンブル依存症を増やすだけ」との反対論もあります。「政治とカネ」の問題で法案の成立が不透明になっているようですが(その後、自民党が成立を断念)、この問題をどのように考えればいいのでしょうか。

誰もが知っているように、日本ではすでにさまざまなギャンブルが行なわれています。

期待値が50%の(賭け金の半分しか当選金に分配されない)宝くじやサッカーくじは、最高額を7億円や10億円に引き上げて射幸心を煽っています。ジャンボ宝くじで7億円が当たる確率は1000万分の1以下で、交通事故で死ぬ確率(3万人に1人)よりはるかに低く、宝くじを買いつづけるとほとんどのひとは大損します。賭け金の25%が問答無用で差し引かれる競馬や競輪、オートレースなどの公営賭博も同じで、法によって国家が事業を独占し、確実にボロ儲けできることから「愚か者に課せられた税金」と呼ばれています。

日本におけるもうひとつの代表的なギャンブルはパチンコ・パチスロですが、スロットマシンと同じゲームであるにもかかわらず賭博とは見なされません。これは景品交換を店外で行なう脱法行為(三店方式)が容認されているからで、その代わりパチンコ業界は警察庁から多数の天下りを受け入れています。もっともパチンコの期待値は98%程度とされており、宝くじや公営賭博に比べればはるかに“良心的”です。

あまり指摘されませんが、日本にはこれらに匹敵する巨大なギャンブル市場があります。それがFX(外貨証拠金取引)です。

金融市場はもともとギャンブル的な要素を強く持っていますが、株式投資が資産形成に有益とされているのは、経済成長と市場の拡大にともなって株価が長期的には上昇するはずだからです。それに対して為替の上昇と下落に賭けるFXは純粋なゼロサムゲームで、コイン投げと同じです。

そのうえFXでは、賭け金に対して最大25倍のレバレッジが賭けられます。これは、1万円の賭け金に対して胴元が24万円をほぼ無利子で貸してくれるのと同じですから、他のギャンブルと比べれば法外に有利な取引です。それに気づいたギャンブラーが株式市場やパチンコ・パチスロから続々とFXに乗り換え、ふつうの主婦が3年間で4億円を超える利益を上げて脱税で摘発されたりしました。

日本がすでにギャンブル大国だとすれば、「カジノで依存症が増える」という主張は疑問です。ギャンブル好きはすでにどれかの賭け事にはまっていて、潜在的な患者数はそれほど多くないと考えられるからです。

それより問題なのは、「カジノで地方創生」という安易な発想でしょう。カジノの成功例としてシンガポールのマリーナ・ベイ・サンズが挙げられますが、これは国家級のプロジェクトで、アジアでも地方都市の中途半端なカジノは軒並み失敗しています。

嗜好用の大麻を自由化したアメリカのコロラド州では、州都デンバーに観光客が殺到しています。成長戦略の目玉としては、どこにでもあるカジノよりアジア初の「大麻特区」の方がはるかに効果的でしょう。それにカジノとちがって、大麻特区には初期投資はまったく必要ないのです。

『週刊プレイボーイ』2014年11月10日発売号
禁・無断転載