官僚はなぜ見捨てられつつあるのか? 週刊プレイボーイ連載(476)

公務員試験の受験者数が年々減少しています。2021年は、中央省庁の幹部候補となる総合職の申込者数が前年比14.5%減の1万4310人になりました。採用者数を平年並みの2000人とすると倍率は7倍。2012年の倍率が17倍ですから、わずか10年足らずで半分以下になったことになります。

受験者が減っているだけでなく、国家公務員は優秀な大学生から見放されてもいるようです。かつては東大法学部の卒業生は学者か官僚を目指し、民間企業に就職するのは格下とされましたが、20年度の公務員試験では東大の合格者が過去最少になり(合格者数は1位)、外資系金融機関やコンサルティング会社など、高収入で見栄えのいい仕事の人気が高まっています。官僚や法曹を養成してきた法学部自体が魅力を失っているということもあるでしょう。

公務員が避けられる理由は、「ブラック霞が関」という言葉に象徴されるように、労働環境が過酷だからです。人事院が公式に発表している残業時間は平均で月29時間程度ですが、これにはサービス残業が含まれておらず、アンケート調査では回答者の65.6%が労働基準法の年間超過勤務上限である720時間を超えていました。「過労死ライン」は年間960時間ですが、1000時間超が42.3%、そのうち1500時間超が14.8%もいて、官僚の半分ちかくが過労死してもおかしくない異常な状況です。

霞が関の「ブラック度」はコロナ禍でさらに悪化し、内閣官房でコロナ対策を担当する職員の1人が、1カ月だけで約378時間もの残業をしていたと話題になりました。残業だけで24時間×16日分ですから、1日の休みもなく、ほとんど睡眠もとらずにひたすら仕事をしていたことになります。

これほどまで悲惨な状況では学生が二の足を踏むのは当然ですが、敬遠されるのはそれだけが理由でもなさそうです。内閣人事局が行なったアンケート調査では、30歳未満の男性職員の7人に1人が「数年以内に辞職意向」と回答して衝撃を与えましたが、その理由は「長時間労働等で仕事と家庭の両立が難しい」と並んで、「もっと自己成長できる魅力的な仕事につきたい」だったのです。

これをひと言でまとめれば、官僚の仕事は「過労死するほど働いても、自己成長もできず魅力もない」になります。だとすれば、そもそもこんな仕事を目指す学生がいること自体が不思議です。

知識社会が高度化するにつれ、ますます高い専門性が要求されるようになりました。日本の官僚のほとんどが学士(学部卒)ですが、国際会議などに出ると、相手は欧米の一流大学で修士や博士を取得したエリートばかりです。それだけでも差を感じるのに、役所の人事制度は3年程度で異動を繰り返し、さまざまな部署をこなせる「ゼネラリスト」を養成しようとするので、自分が担当する分野すら素人とたいして変わらない知識しかもてません。

これでは、役所を離れたとたん、なんの使い道もない人材になってしまいます。賢い学生たちは、生涯現役社会でスキルを獲得できない職場を選ぶのは「敗者への道」だと正しく理解しているのでしょう。

参考:千正康裕『ブラック霞が関』新潮新書
千正康裕「「超ブラック職場」」で「霞が関」崩壊危機」週刊新潮2021年4月29日号

『週刊プレイボーイ』2021年5月17日発売号 禁・無断転載

都合の悪いことはすべて飲食店に押しつける日本の「正義」 週刊プレイボーイ連載(475)

北京でレストランを経営している知人に久しぶりに連絡したら、家族に会いに日本に一次帰国したあと、いまは深圳のホテルで2週間の強制隔離中との返事がありました。なぜ北京に戻るのに深圳にいるのか不思議に思って訊ねると、首都は規制が厳しく、海外帰国から21日経たないと入れないのだそうです。

そのため現在では日本から北京への直行便は飛んでおらず、北京以外の都市で21日間経過しないと、国内便も鉄道のチケットも買えません。北京に近い大連や青島、天津も21日間隔離で、大連では悪名高い肛門PCR検査があるため、首都から遠い深圳で隔離をすませ、上海の展示会などを見ながら北京に向かうことにしたとのことでした。

それに対して日本の空港では、簡易PCR検査の陰性証明や接触アプリのインストールなどが必要になるものの、14日間の隔離は各自の自主性に任されています。これでは、ホテルに向かうふりをしてそのまま自宅に戻ってしまったり、ホテルから抜け出して飲食街に出かけてもわかりません(その後、自宅での待機要請などに従わないひとが1日300人以上いることか明らかになりました)。

中国は「性悪説」で、人間はウソをついたりだましたりすることを前提に、国家権力が感染症対策を強制します。日本は「性善説」で、一人ひとりが公益のために自覚をもってルールを守るはずだと考え、権力の介入は最低限にしようとしています。

性善説は「民主的」で「自由」を尊重しているとして評判がいいのですが、その結果はというと感染拡大による3度目の緊急事態宣言で、飲食店は酒類の提供を禁止されるなど、さらなる苦境に追い込まれています。

北京は昨年末に数名の感染者が出て以来、70日以上にわたって新規の感染者が出ていません。北京の人口は2000万人超ですから、これは驚くべきことです。

その結果、知人が経営する北京や天津の飲食店はいずれも絶好調で、コロナ前の売上を大きく上回っているそうです。海外旅行はもちろん、国内旅行にもさまざまな制約が課されたことで、ひとびとが身近な場所で消費するようになり、他の飲食店もどこも盛況で「コロナバブル」の様相を呈しているのです。

もちろん中国でもすべてがうまくいっているわけではなく、旅行、航空、ホテルなどきびしい業界もあります。しかしそれでも、協力金をもらいながらひたすら耐えつづける日本の飲食業界とは愕然とするほどの差があります。

欧米の経験からわかったのは、感染が拡大しながら経済を活性化させるのは不可能ということです。規制がなくても、ひとびとは感染を恐れて外出しなくなり、どのみち消費は低迷するのです。それに対して、きびしい社会統制によって感染を抑制すれば、「Go Toキャンペーン」などやらなくても消費者はお金を使うようになります。

日本ではメディアも知識人も、「中国のような独裁ができるわけがない」といいつづけています。とはいえ、同じように感染抑制に成功している台湾やオーストラリアは立派な民主国家です。

「独裁」より「自由」のほうが気分がいいかもしれませんが、そのためのコストはすべて、飲食店など一部の弱者に押しつけられています。はたしてこれが「正義」にかなうでしょうか。

参考:【緊急レポート2021】コロナ封じ込めに成功している中国では飲食業界が好調。コロナ後には日本での爆買いも復活か!?

『週刊プレイボーイ』2021年5月10日発売号 禁・無断転載

 

日本人の自尊心はじつは高かった? 週刊プレイボーイ連載(474)

国際比較では日本人の自尊心(自己肯定感)はきわめて低く、それが高い自殺率の原因になっているとしばしば指摘されます。

実際、日本、アメリカ、中国、韓国の高校生に「人並みの能力があると思うか?」と訊くと、「とてもそう思う」「まあそう思う」と答えた割合は日本が最低です(もっとも高いのは中国とアメリカ)。

「自分はダメな人間だと思うことがあるか?」と訊くと、「そう思う」は日本の高校生がもっとも高く、韓国の高校生がもっとも低くなります。これほどまで自尊感情が低いと、ちょっとしたことで生きる気力をなくしてしまうのかもしれません。

しかし近年になって、こうした研究に疑問が呈されるようになりました。自尊心の国際比較は、すべてアンケート形式で主観的な感情を訊いているだけで、それが本心かどうかはわからないのです。

IAT(潜在連合課題)は、無意識(潜在意識)の傾向を“見える化”する手法として心理実験で広く使われています。黒人や女性などマイノリティへの「無意識の偏見」の計測が主な用途ですが、同じテストで潜在的な自尊心を調べることもできます。

パソコンの画面に「恋人」「友だち」「楽しい」のようなポジティブな言葉と、「仕事のミス」「孤独」「病気」などのネガティブな言葉がランダムに表示されます。それと、自分や他者に関連した刺激を結びつける反応時間の速さで潜在的自尊感情を評価するのです。

日本、アメリカ、中国の大学生を対象に、顕在的自尊感情と潜在的自尊感情を比較した研究はとても興味深い結果になりました。

質問紙による顕在的自尊感情では、アメリカと中国の大学生がきわめて高く、日本の大学生は極端に低くなりました。ここまでは従来の常識どおりです。

ところが、親友と比べた潜在的自尊感情(オレ/わたしの方が実はイケてる)をIATで調べると、3カ国の差はほとんどなくなりました(日本の大学生はアメリカより低いが中国より高い)。

さらに驚くのは、内集団(オレたち)のなかの潜在的自尊感情(このグループのなかで自分がいちばんイケてる)で、日本の大学生の自尊心は、アメリカや中国をひき離して圧倒的に高かったのです。

日本人の自尊感情が低く見えるのは、同調圧力が高い学校や会社で、自慢すると叩かれることが身に染みているからなのでしょう。しかしその一方で、内心ではきわめて高い自尊心をもっている(まわりを見下し、バカにしている)らしいこともわかりました。そうなると、日本人の自殺が多いのは、高い自尊心を社会が抑圧しているからかもしれません。

顕在的自尊心(外面)と潜在的自尊心(内面)は、ある程度独立していることがわかっています。だとすれば、「自尊心が高い/低い」という単純な二分法ではなく、「自信満々に見えるけど、虚勢を張ってるだけで実際はコンプレックスが強い」や、「一見、謙虚で腰が低そうに見えながら、実際はプライドが高くて扱いづらい」タイプがあるはずです。

どうでしょう。あなたのまわりにも思い当たるひとがたくさんいるのではないでしょうか。

脇本竜太郎『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?』より

*本文で紹介したIATテストはここで日本語版を体験できます。

参考:脇本竜太郎『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?』ちとせプレス
Yamaguchi S., Greenwald A. G. et al. (2007) Apparent universality of positive implicit self-esteem, Psychological Science

『週刊プレイボーイ』2021年4月26日発売号 禁・無断転載