女性が活躍する「残酷な未来」 週刊プレイボーイ連載(484)

ハイパーガミーは上昇婚のことで、身分の低い女が上流階級の男と結婚する「玉の輿」が典型ですが、身分のちがいがなくなった現代社会では、自分よりも学歴、収入、社会的地位の高い相手に魅かれることをいいます。

洋の東西を問わず、女性には強いハイパーガミーの傾向があることが知られています。アメリカでは、女性は男性の約2倍、相手に経済的な余裕があることを重視しています。日本でも、20代で年収600万円以上の男性はほぼ全員に交際経験がありますが、年収200万円未満では半分程度です。

欧米の婚活サイトのデータを分析すると、女性が自分より高い学歴の男性を好む傾向も見て取れます。女性が修士号をもつ男性のプロフィールに「いいね!」を押す割合は、学士号の男性より91%(約2倍)も多いのです。

ここで問題なのは、アメリカでは1990年代以降、大学進学率と大学修了率の両方で女性が男性を上回っていることです。1960年には、4年制大学を卒業した女性1人に対して男性は1.6人でした。2003年にはこれが逆転して、男性の大学卒業者1人に対して女性が1.35人になりました。2013年には、25歳から29歳の女性の37%が学士号以上を、12%が大学院や専門職の学位を取得しているのに対し、同年代の男性は30%と8%で、その結果、20代では女性の平均収入が男性を超えました。

女性の社会的地位がこれまで低かったことを思えば素晴らしいことですが、ハイパーガミーの傾向と組み合わせると事態は不穏な様相を帯びることになります。女性が社会的・経済的に成功すればするほど、(自分よりも「上位」の男性が少なくなるので)選択できる相手が少なくなるのです。

アメリカでは2012年、大学教育を受けた未婚の若年女性100人に対して、学士以上の若年男性は88人しかいませんでした(大学院卒では女性100人に対し男性77人)。この傾向が続くと、2020年から39年の間に、同等の高等教育を受けた男性のパートナーがいない女性は、なんと4510万人になると予想されます。

さらに、1960年には若年未婚女性100人に対して働いている若い男性は139人いましたが、男性の就業率が低下してきたことで、2012年には未婚女性100人に対し就業男性は91人しかいなくなりました。こうして、「高学歴でキャリア志向の若い女性の多くが、孤独な未来を歩むことになる」という不吉な予測が避けられなくなったのです。「2030年までに、25歳から44歳の働く女性の45%が独身で子供がいない状態になる」のです

アメリカでは、34人の高学歴女性に対し、ハイパーガミーを満足させる「高収入、高身長、腹筋割れ」の理想の男は1人しかいないとされます。逆にいうと、(男女同数として)97%の男は恋愛の選択肢から外されています。

徹底的に自由化された恋愛市場では、少数の成功した男が多くの女に望まれる一方、多くの男が性愛から排除されてしまいます。これはアメリカのデータですが、日本もいずれ同じことになるのでしょう(あるいは、もうそうなっているのかも)。

参考:Vincent Harinam(2021)Mate Selection for Modernity, Quillette

『週刊プレイボーイ』2021年7月12日発売号 禁・無断転載

ワクチン接種とフリーライダー問題 週刊プレイボーイ連載(483)

工場が汚れた空気や水を排出し、それを浄化する費用を払わないことを経済学では「負の外部性」といいます。外部性はあるひと(企業)の行為が他者(社会)に影響を及ぼすことで、それがよいことだと「正」、悪いことなら「負」です。

公害が負の外部性の典型だとすると、正の外部性の好例がワクチン接種です。免疫をもつひとが増えれば細菌やウイルスは広がりませんから、ワクチンを打つことは自分が病気にならないだけでなく、社会全体を感染症から守ることになるのです。

ところが正の外部性は、フリーライダー(ただ乗り)というやっかいな問題を引き起こします。

ワクチンは副反応を起こすことがあり、ほとんどは発熱などで数日で快癒しますが、まれに重篤な症状を呈することがあります。ワクチンを接種するひとは、(きわめてわずかな)副反応のリスクを負って、社会に正の外部性を提供しているのです。

しかしそうなると、大多数がワクチン接種することで感染は収束するのですから、副反応のリスクを負わずに(ワクチンを接種せずに)正の外部性の利益だけを享受しようとするひとが出てくるかもしれません。これがフリーライダーで、経済学では、正の外部性があるところではつねに「ただ乗り」の誘惑が生じると考えます。

もちろん、少数のフリーライダーがいても、最終的に感染が収まって社会が正常化するのなら問題はありません。やっかいなのは、フリーライダーの数が増えてきたときです。

集団免疫を獲得するためには、人口の7割のワクチン接種が必要とされます。副反応が不安だとして半分が接種を控えたとすると、集団免疫はできずに感染が広まり、ロックダウンや緊急事態宣言で飲食店などが多大な損害を被ります。

こうした事態を避けるためワクチン接種は義務化されてきましたが、いまは強制が好まれなくなったため、ほとんどの国で新型コロナのワクチンは自由接種とされています。そうなると、別の方法でフリーライダー問題を解決しなくてはなりません。

ここで経済学が提案するのがインセンティブで、正の外部性を提供する者に報酬を与え、フリーライダーにペナルティを科します。

アメリカでは多くの自治体が「ワクチン宝くじ」を実施し、1億円を当てた当せん者も出ました。コンサートや大リーグなどの大規模イベントはワクチン接種証明がないと参加できず、これはワクチンを打たないひとへの一種のペナルティでしょう。

それに対して日本では、医療専門家が「すこしでも不安があれば無理して打つ必要はない」と述べ、人権派は「接種者に商品券を配るなどのインセンティブは(打たないひとへの)差別を助長する」と批判し、メディアは「ワクチンを打とう」という啓発活動すら尻込みしています。しかしこの論理は、ワクチン接種を忌避するひとが少数にとどまるときしか成り立ちません。

こうした「リベラル」な主張は耳ざわりがいいかもしれませんが、「不安だから打ちたくない」というひとが5割を超えるようになっても同じことがいえるのか、いちど考えてみるべきでしょう。

『週刊プレイボーイ』2021年7月5日発売号 禁・無断転載

「わたし」という謎が科学によって解明されつつある 週刊プレイボーイ連載(482)

「あなたが何者かは辞書に載っている」といわれたら、なにをバカなことをと思うでしょう。しかし、現代の心理学ではこのように考えます。

そもそも「性格」というのは、あなたが他者を(あるいは他者があなたを)“陽気”とか“真面目”“やさしい”などなんらかのステレオタイプに意識的に当てはめることです。とすれば、言語化されていないものは意識できないのですから、すべての性格は辞書に収集されているはずです。

このことにはじめて気づいたのは啓蒙主義時代の功利主義者ジェレミー・ベンサムで、性格用語の収集・整理をはじめて行なったのは、近代統計学の祖であり優生学を唱えたことでも悪名高いフランシス・ゴールトン(チャールズ・ダーウィンのいとこ)でした。

20世紀に入るとドイツ、イギリス、アメリカの心理学者が辞書に掲載されている性格(特性)の分類を試み、それが5つの因子で構成されていることを発見しました。①外向的/内向的、②神経症傾向(楽観的/悲観的)、③協調性(同調性+共感力)、④堅実性(自制力)、⑤経験への開放性(想像力+知能)で、“ビッグファイブ”と呼ばれます。

5つの性格特性は、ロールプレイングゲームのキャラのパラメーターのようなものです。「攻撃力」「防御力」「魔力」「体力」のパラメーターがあったとすると、戦士は攻撃力が高く、魔法使いは魔力が高いでしょうが、これは相対的なもので、戦士も魔術を使えるし、魔法使いも剣で攻撃できます。

同様にわたしたちの人格(キャラ)にも基本的なパラメーターがあり、それぞれの値が高かったり低かったりする組み合わせを「個性(パーソナリティ)と感じるのです。――特性は「明るい/暗い」のような二択ではなく、それぞれに濃淡があるため、わずか5つの組み合わせから複雑な性格が生まれます。

近年の急速な脳科学の進歩によって、ビッグファイブには生物学的な基礎があり、生存と生殖を最適化する「進化の適応」であることが明らかになってきました。

「外向的/内向的」と「経験への開放性」にはドーパミン、神経症傾向にはセロトニン、共感力にはオキシトシンのような神経化学物質が、堅実性には脳の情動系(ファスト回路)と制御系(スロー回路)がかかわっているというように……。

ヒトは徹底的に社会的な動物なので、わたしたちはつねに自分のキャラを発信し、相手のキャラを読み取るという作業を(無意識に)行なっています。SNSなどのバーチャル空間ではこれが“見える化”されるので、ツイッターのコメントやインスタグラムの自撮りから、投稿者がどのような性格のパラメーターをもっているか推測できます。ネットはビッグデータの宝庫ですから、AI(人工知能)の深層学習によって、いずれ一人ひとりの性格が親や恋人、あるいは本人よりも正確に判定されるようになるでしょう。

これは控えめにいっても、とてつもない出来事です。心理学だけでなく、社会学、政治学、経済学などはこの「新しい人間科学」を基盤に再編され、わたしたちの社会を大きく変えていくはずです。そんな話を新刊『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎)で書きました。ぜひこの驚きを共有してください。

*この本では、協調性を「同調性」と「共感力」に分割し、それに「知能」と「外見」を加えて、性格(パーソナリティ)の構成要素を8つに拡張しています。

『週刊プレイボーイ』2021年6月28日発売号 禁・無断転載