わたしもあなたも、たった〝8つの要素〟でできている(『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』はじめに)

出版社の許可を得て、新刊『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』の「はじめに」を掲載します。発売日は6月23日(水)ですが、この週末には大手書店の店頭にも並びはじめると思います。

心理学=人間科学でいま、大きなパラダイム転換が起きています。ぜひ私の驚きを共有してください。

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この本では、「わたしは何者か?」という人類史上最大の謎に挑む。

などというと、「なにをバカなことをいってるのか?」と笑われそうだが、これは誇大妄想の類ではない。

近年の脳科学や進化心理学、進化生物学、行動遺伝学などの急速な進歩によって脳=こころの秘密が徐々に明らかになり、いまや「新しいパラダイム」の心理学が登場しつつある。この「驚くべき理論」は人間についての理解を根本的に書き換え、もしかしたらあなたの人生を変えてしまうかもしれない。

それをひと言でいうならば、「わたしもあなたも、たった〝8つの要素〟でできている」になる。

「最先端の科学」といっても難しい理屈が書いてあるわけではない。どの話も、自分やまわりのひとたちに当てはめれば納得できることばかりだろう。「新しいパラダイム」の心理学は、「なぜ自分はこんなふうなのか」「あのひととはなぜわかりあえないのか」など、誰もが漠然と感じていた日常的な疑問に明快にこたえてくれるのだ。

ところでこの理論には、まだちゃんとした名前がつけられていない。心理学のパラダイム転換はさまざまな分野で同時並行的に起こっているので、それを統一的に記述した一般向けの本もほとんどない。だとしたら、誰かがやってくれるのを待つより、自分で書いた方が手っ取り早いと思いついて、「スピリチュアル理論」と名づけることにした。

スピリチュアルというのは、心理学でいう「無意識」に「魂」を重ね合わせた言葉だ。脳科学の知見は、意識が無意識と対立している(あるいは意識が無意識を制御している)のではなく、じつは「わたし」のほとんどすべてが無意識で、意識はその一部(あるいは幻想)でしかないという膨大な知見を積み上げている。「わたし」というのは、突き詰めれば「無意識/魂」の傾向のことなのだ。

わたしたちは一人ひとり異なる複雑で陰影に富む性格(パーソナリティ)をもっているが、それはいくつかの基本的な要素に還元できることもわかってきた。これはパーソナリティ心理学では「ビッグファイブ」と呼ばれていて、「外向的/内向的」「楽観的/悲観的」「協調性」「堅実性」「経験への開放性」のことだ(本書ではこれを8つに拡張している)。その意味では、「わたし」はこれらの要素の組み合わせでしかない。

ここで、「それなら聞いたことがある」とか「性格診断のようなものでしょ」と思ったひともいるかもしれない。

大学などで教えているパーソナリティ心理学では、類型論と特性論から始まって、フロイト流の精神分析学(精神力動論)、ジョン・ワトソンやB・F・スキナーの行動主義、カール・ロジャーズなどの現象学的心理学、マーティン・セリグマンのポジティブ心理学など、パーソナリティに関するさまざまな心理学の流派を網羅的に解説する。「ビッグファイブ」は、そのなかのひとつのエピソードにすぎない。
これから述べることは、それとは

ぜんぜんちがう。

きっかけは、たまたまネットで読んだ記事だった。フェイスブックから大量の個人情報が流出したと大騒ぎしていた頃だから、2018年春だろうか。

その記事によると、フェイスブックの「いいね!」をコンピュータに読み込ませるだけで、それ以外のデータがまったくなくても、どのような人物なのかをきわめて高い精度で予測できるという。その後、頻繁に引用されるようになったインタビューでは、ミハル(マイケル)・コシンスキーというスタンフォード大学准教授が、「このアルゴリズムを使えば10の『いいね!』で同僚よりも相手のことがよくわかるようになり、70の『いいね!』で友人のレベルを超え、150の『いいね!』で両親、250の『いいね!』で配偶者のレベルに達する」と述べていた。

ほんとうにそんなことがあるのか、不思議に思って元の論文を読んでみると、「白人か黒人か」を95%、「性別」を93%、「ゲイ(男性同性愛者)」であることを88%、「(支持政党が)共和党か民主党か」を85%、「キリスト教徒かムスリムか」を82%の精度で予測できたという。「このソフトウエアを使えば、本人が明かしたくないと思っている知能、性的指向、政治的立場などを企業、政府、あるいはフェイスブックの友だちが知ることができる」のだ(*1)。

もっと驚いたのは、フェイスブックの「いいね!」から性格(心理的特性)を予測できることだった。これをSNS(ソーシャルネットワーク)のビッグデータと組み合わせれば、感情的に不安定な(神経症傾向の高い)ユーザーに「安全」を強調した広告を提示するような心理操作が実現可能になる。現実にトランプ陣営は、2016年の大統領選で、コシンスキーの研究に基づいた心理プロファイリングと行動ターゲティングを大々的に行なったのではないかと疑われている。

「いいね!」だけから、あなたが何者かわかってしまう。なぜこんな「魔法」のようなことができるのか。論文によると、「マイパーソナリティ」というフェイスブックのアプリでユーザーに心理テストを行ない、5万8000人あまりの「いいね!」のビッグデータを統計解析(アマゾンやネットフリックスの「おすすめ」に使われているSVD/特異値分解)して、プロフィールや顔写真、知能指数、パーソナリティ、生活満足度、ドラッグの使用履歴などの質問でわかった属性との相関から予測モデルをつくったらしい。──いまならAI(人工知能)にディープラーニング(深層学習)させてより高い精度を実現できるだろう。

このときにコシンスキーたちが使ったのが「ビッグファイブ」で、この「魔法(心理予測モデル)」の中核をなす理論とされていた。そこから興味を感じてあれこれ調べていくうちに、それがとてつもないパワーをもっていることに衝撃を受けた。
ビッグファイブでは、わたしたちの性格(パーソナリティ)を5つの(本書では8つに拡張しているが)要素の組み合わせだとする。このシンプルな理論によって、「わたしは何者なのか?」「わたしとあなたはなぜちがっているのか?」という、人類がずっと抱きつづけてきた疑問が科学として解明できるようになった。

これは控えめにいっても、とんでもない「事件」だ。実際、ビッグファイブを「パーソナリティ研究のルネサンス」「いまや新しい科学が出現しつつある」と述べる心理学者もいる(*2)。「わたし」や「あなた」についての理解を一変させてしまうそのスゴさはとうてい要約できないので、これから(私と同じように)驚いてほしい。

脳は長大な進化の過程で、スピリチュアル(呪術的)なものとして「設計」された。

わたしたちにとっての世界(社会)は、「わたし=自己」を中心として、家族、友人、知人、たんなる知り合い、それ以外の膨大なひとたちへと同心円状に構成されている。他者を中心とした世界を生きているひとはいないし、もしいたとしたら精神疾患と診断されるだろう。

ひとの生活は、起きているときと寝ているときに大きく分かれる。眠りに落ちると世界は消え(あるいは夢の世界に変わり)、目が覚めると(現実の)世界が現われる。目を閉じると世界は消え、目を開ければ世界が現われる。

「なにを当たり前のことを」と笑うかもしれないが、この体験はとてつもなく強力だ。スピリチュアル=無意識は(おそらく)、自分が世界の中心にいて、すべてを創造したり、消滅させたりしていると思っているのだ。

わたしたちはみな、人生という「物語」を生きている。スピリチュアルが「神(世界の中心にいる創造者)」なら、人生という舞台のヒーローやヒロインは、当然、自分になるに決まっている。もちろん、すべての男がスーパーヒーローで、すべての女がお姫様を演じるわけではない。社会が複雑になるほどさまざまな物語が生まれ、そこには多種多様な役柄があるだろう。そのなかには「はぐれ者として生きる」「愛するひとを支える」という物語があるかもしれないが、それでもつねに「主役」は自分なのだ。

だとすればパーソナリティとは、スピリチュアル=無意識が創造する「人生という物語」のヒーロー/ヒロインの「キャラ」ということになる。

脳の基本OSは人類共通でも、そのなかのいくつかの傾向は個人ごとにばらつきがある。そのささいなちがいをわたしたちは敏感に察知して、「性格」とか「自分らしさ」と呼んでいる。ビッグファイブというのは、一人ひとりが演じる物語のキャラを〝見える化〟したものなのだ。

以下の構成だが、最初に「心理学のパラダイム転換」を理解するうえで必要となる基礎知識をざっと説明する。次に、「ビッグファイブといったって、これまでいろいろ出てきた俗流心理学の亜流で、しょせん一時の流行なんでしょ」というもっともな疑問をもつひとのために(じつをいうと私もそう思っていた)、イギリスの「ケンブリッジ・アナリティカ」という選挙コンサルティング会社のスキャンダルを紹介する。この会社はビッグファイブの心理プロファイリングを使って、2016年にイギリスがEU離脱を決めた国民投票と、アメリカのトランプ大統領誕生に大きな影響を与えた(ある意味、「世界を変えた」)とされる。フェイスブックの「いいね!」から、なぜ人種や性別、性的指向や政治的立場が予測できるかもわかるだろう。

それ以降が本論で、「こころ(無意識)の傾向=特性」を進化的に古いものから説明していく。とはいえ、これはあくまでも私の理解なので、既存のパーソナリティ心理学のビッグファイブ理論とはかなり異なったものになるはずだ。

パーソナリティはビッグファイブ(およびそれ以外の3つの特性)の組み合わせで、現代社会にうまく適応できるものと、適応が難しいものがある。これがいま深刻な社会問題を引き起こしているのだが、最後に「成功するパーソナリティ/失敗するパーソナリティ」としてその概略を述べておきたい。

この地球上には78億人を超えるひとたちが暮らしているのだから、世界には78億の物語があることになる。

それではこれから、スピリチュアルズの世界をともに旅することにしよう。

*1
Michal Kosinski, David Stillwell and Thore Graepel (2013) Private traits and attributes are predictable from digital records of human behavior, PNAS
*2
ダニエル・ネトル『パーソナリティを科学する 特性5因子であなたがわかる』白揚社

「理解できない殺人」で子育てを批判しなくなったのはなぜ? 週刊プレイボーイ連載(480)

2019年9月、茨城県の住宅で夫婦が殺害され、子ども2人が重傷を負う事件が起き、1年半後に埼玉県に住む26歳の男性が殺人容疑で逮捕されました。男性は被害者となんの関係もなく、夫婦殺害の容疑を否認しており、いまだ謎は解けないものの、過去の経歴から「ひとを殺したい」のが動機だとされています。

この男性は16歳のとき、少女2人への切りつけ事件を起こし、殺人未遂容疑で起訴され、医療少年院に送致されています。この事件の前には、猫の生首を学校にもってきて、教師は母親に「次はひとに危害を加えるのではないか」と伝えたといいます。

その後、高校を自主退学した男性は、路上で中学3年の女子生徒の右顎を包丁で切りつける事件を起こし、その2週間後には小学2年生の女児を尾行、逃げようとして転倒したところに小刀を振り下ろし、重傷を負わせています。警察の取り調べでは、「女子中学生の首を狙って刺したが、殺せなかった」「次は確実に殺そうと思い、小さな子を狙って何度も刺した」と供述したといいます。

18年に医療少年院を出たあと、男性は実家に戻って両親と暮らしていたとされ、家宅捜査では、サバイバルナイフなどの刃物十数本のほか、硫黄やアルコール類、フラスコなどが押収され、「理科室のようだった」と報じられました。

ここで思い出されるのは、2014年7月に長崎県で起きた事件です。佐世保市内の公立高校に通う女子生徒が、同級生の女子を自宅マンションに誘い、首を絞めるなどして殺害したのち、遺体の頭と左手首を切断しました。取り調べに対して女子生徒は、「身体のなかを見たかった」「ひとを殺して解体してみたかった」などと供述し、犯行を認めたものの、受け答えは淡々として反省の様子は見られなかったといいます。

ふたつの事件はよく似ていますが、大きく異なるのは報道の仕方です。茨城の事件では、猟奇殺人を起こすような特異な性癖は、現在の精神医学では治療できないことが前提とされています。医療が無力なのに親の説教で矯正できるはずもなく、報道陣は男性の実家を取材したものの、子育てを批判する論調は皆無でした。

長崎の事件では、父親が地元では高名な弁護士で、東大出身の妻が事件の前年にがんで死亡したあと、若い女性と交際し再婚話を進めていたことなどが詳細に報じられました。精神科医を含む識者は、母親の死後、父親がすぐに再婚したのは“心理的虐待”だとか、実母の“喪の期間”は家族で悲しみを受け止めなくてはならないなどと、口々に父親を批判しました。

加害者の女子生徒は成績優秀でしたが、小中学校のときからネコを解剖したり、給食に異物を混入させるなどの異常行動が見られ、事件の5カ月前には就寝中の父親を金属バッドで殴打し、頭蓋骨陥没の重傷を負わせています。事件の2カ月後、この父親は自宅で首を吊って死んでいるのが発見されました。

メディアの抑制的な報道は、このとき「子どもに不利な遺伝子をたまたま受け渡してしまった」というだけの1人の人間を死に追いやったことを反省したのか、それとも、たんに今回の容疑者の両親に話題性が欠けていたのか、どちらでしょうか?

参考:「茨城一家殺傷再逮捕」朝日新聞2021年5月30日
「茨城一家殺傷事件 ヤバすぎる「動機なき殺人」が起こった背景」FRIDAY DEGITAL2021年5月21日
橘玲『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)

『週刊プレイボーイ』2021年6月14日発売号 禁・無断転載

『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』発売のお知らせ

幻冬舎より『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』が発売されます。発売日は6月23日(水)ですが、大手書店には、早ければこの週末に並びはじめると思います。

Amazonでは予約が始まりました(電子書籍も同日発売です)。

この数年、興味をもってきた「心理学のパラダイム転換」「パーソナリティ研究のルネサンス」について私なりにまとめたものです。

この「新しい科学」によると、人間の性格はいくつかの基本的な要素から構成されています。これはふつう「ビッグファイブ」と呼ばれていますが、本書では8つに拡張しています。

この理論の驚くべきところは、きわめて単純な原則の組み合わせだけで、「わたしは何者なのか?」「あのひととはうまくいくのに、別のひととはなぜうまくいかないのか?」という“人類史上最大の謎”に科学が明快な答えを示せることです。

これは人間科学におけるとてつもないブレークスルーで、今後、心理学だけでなく、社会学、政治学、経済学など人間についてのあらゆる議論の基礎になり、社会を大きく変えていくでしょう。

ぜひ私の驚きを共有してください。