「わたし」という謎が科学によって解明されつつある 週刊プレイボーイ連載(482)

「あなたが何者かは辞書に載っている」といわれたら、なにをバカなことをと思うでしょう。しかし、現代の心理学ではこのように考えます。

そもそも「性格」というのは、あなたが他者を(あるいは他者があなたを)“陽気”とか“真面目”“やさしい”などなんらかのステレオタイプに意識的に当てはめることです。とすれば、言語化されていないものは意識できないのですから、すべての性格は辞書に収集されているはずです。

このことにはじめて気づいたのは啓蒙主義時代の功利主義者ジェレミー・ベンサムで、性格用語の収集・整理をはじめて行なったのは、近代統計学の祖であり優生学を唱えたことでも悪名高いフランシス・ゴールトン(チャールズ・ダーウィンのいとこ)でした。

20世紀に入るとドイツ、イギリス、アメリカの心理学者が辞書に掲載されている性格(特性)の分類を試み、それが5つの因子で構成されていることを発見しました。①外向的/内向的、②神経症傾向(楽観的/悲観的)、③協調性(同調性+共感力)、④堅実性(自制力)、⑤経験への開放性(想像力+知能)で、“ビッグファイブ”と呼ばれます。

5つの性格特性は、ロールプレイングゲームのキャラのパラメーターのようなものです。「攻撃力」「防御力」「魔力」「体力」のパラメーターがあったとすると、戦士は攻撃力が高く、魔法使いは魔力が高いでしょうが、これは相対的なもので、戦士も魔術を使えるし、魔法使いも剣で攻撃できます。

同様にわたしたちの人格(キャラ)にも基本的なパラメーターがあり、それぞれの値が高かったり低かったりする組み合わせを「個性(パーソナリティ)と感じるのです。――特性は「明るい/暗い」のような二択ではなく、それぞれに濃淡があるため、わずか5つの組み合わせから複雑な性格が生まれます。

近年の急速な脳科学の進歩によって、ビッグファイブには生物学的な基礎があり、生存と生殖を最適化する「進化の適応」であることが明らかになってきました。

「外向的/内向的」と「経験への開放性」にはドーパミン、神経症傾向にはセロトニン、共感力にはオキシトシンのような神経化学物質が、堅実性には脳の情動系(ファスト回路)と制御系(スロー回路)がかかわっているというように……。

ヒトは徹底的に社会的な動物なので、わたしたちはつねに自分のキャラを発信し、相手のキャラを読み取るという作業を(無意識に)行なっています。SNSなどのバーチャル空間ではこれが“見える化”されるので、ツイッターのコメントやインスタグラムの自撮りから、投稿者がどのような性格のパラメーターをもっているか推測できます。ネットはビッグデータの宝庫ですから、AI(人工知能)の深層学習によって、いずれ一人ひとりの性格が親や恋人、あるいは本人よりも正確に判定されるようになるでしょう。

これは控えめにいっても、とてつもない出来事です。心理学だけでなく、社会学、政治学、経済学などはこの「新しい人間科学」を基盤に再編され、わたしたちの社会を大きく変えていくはずです。そんな話を新刊『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎)で書きました。ぜひこの驚きを共有してください。

*この本では、協調性を「同調性」と「共感力」に分割し、それに「知能」と「外見」を加えて、性格(パーソナリティ)の構成要素を8つに拡張しています。

『週刊プレイボーイ』2021年6月28日発売号 禁・無断転載

「性行為には相手の同意が必要」というけれど 週刊プレイボーイ連載(481)

アメリカ西海岸の名門スタンフォード大学で、深夜、キャンパスを自転車で横切っていた2人の大学院生が、芝生の上で若い女の上に男が覆いかぶさっているのを見つけました。2人が近づいて「大丈夫ですか?」と声をかけると、男は立ち上がって逃げ出しました。

取り押さえられたのは水泳部に所属する1年生で、女性は最近大学を卒業したばかりでした。彼女のスカートは腰のあたりまでまくり上がり、下着を脱がされ、片方の乳房があらわになっていました。この2人は社交クラブのパーティで出会い、男が会場の外に連れ出し、芝生の上で性行為に及んだのです。裁判の結果、男は性的暴行によって6カ月の実刑を言い渡され、生涯にわたって性犯罪者として登録されることになりました。

日本でも、刑法の性犯罪規定の見直しを議論してきた法務省の検討会で、「相手の同意がない性行為を処罰すべきだ」と意見が一致したと報じられました。これは世界的な潮流で、欧米ではすでに「性行為には同意が必要」が徹底されています。ただし問題は、「同意のあるセックス」と「同意のないセックス」が明快に分けられるわけではないことです。

この事件がアメリカで論議を呼んだのは、当事者が2人とも泥酔していてほとんど記憶がなかったからです。女性はパーティに行く前にバーで友人たちと合流し、ウィスキーのショット4杯とシャンパン1杯を飲み、パーティ会場でウォッカのボトルを見つけ、3、4ショット分(150ミリリットル)をストレートで一気飲みしました。これを最後に彼女の記憶はなくなり、気づいたのは病院で、そこで警察から「性的暴行を受けた可能性がある」と告げられました。

男子学生も同様に大量の飲酒(ビンジドリンキング=暴飲)をしており、裁判では女性が同意したと主張しましたが、話は首尾一貫せず、陪審員を納得させることはできませんでした。心証を悪くしたのは声をかけられたときに逃げたからで、そのまま寝入っていれば無罪だったかもしれません。そのときなにが起きたのかは、誰にもわからないのですから。

これは極端なケースですが、2015年にアメリカの大学生1000人を対象に行なわれた調査では、同意の定義が個人によって大きく異なることがわかりました。「自分の服を脱ぐ」は、男女とも「同意」と「同意でない」がほぼ半々に分かれました。「キスや愛撫などの前戯をする」は、男が「同意」30%(「同意でない」66%)、女は「同意」15%(「同意でない」82%)とかなりの性差がありました。

より困惑するのは「両者が明確な同意をしていない場合の性行為を性的暴行だと思うか?」の質問で、男の42%、女の52%が「(性的暴行だと)思う」とこたえたものの、「はっきりとわからない」が男で50%、女で42%もありました。これでは、性行為が終わってから、それが合意なのか性的暴行なのかを恣意的に決められることになり、トラブルが頻発するのも当然です。

性暴力や望まない妊娠を減らすために、「性行為には同意が必要」の原則は必要でしょうが、先行するアメリカがこの状況だと、日本がこれからどうなるのか前途多難の予感しかしません。

参考:マルコム・グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』光文社

『週刊プレイボーイ』2021年6月21日発売号 禁・無断転載

「あなた」はたった8つの構成要素からできている

簡易版のビッグファイブ検査を紹介しましたが、それがなにを意味するかを説明していなかったので、私の理解をかんたんに書いておきます。

あなたの性格を「簡易ビッグファイブ検査」で判定する

性格(パーソナリティ)というのは、内面にあるというよりも、周囲のひとたちが与える評価です。

あなたは初対面のひとに会ったとき、どこに注目するでしょうか。それが性格の構成要素である「ビッグファイブ」です。

標準的なビッグファイブ(性格のパーツ)は次の5つです。

(1) 外向的Extraversion/内向的Iintroversion
(2) 神経症傾向(楽観的/悲観的)Neuroticism
(3) 協調性(同調性+共感力)Agreeableness
(4) 堅実性(自制力)Conscientiousness
(5) 経験への開放性(新奇性・想像力)Openness to experience

『スピリチュアルズ』では、それを8つの拡張しました。

(1) 明るいか、暗いか(外向的/内向的)
(2) 神経質か、精神的に安定しているか(楽観的/悲観的)
(3) みんなといっしょにやっていけるか、自分勝手か(同調性)
(4) 相手に共感できるか、冷淡か(共感力)
(5) 信頼できるか、あてにならないか(堅実性)
(6) 面白いか、つまらないか(経験への開放性)
(7) 賢いか、そうでないか(知能)
(8) 魅力的か、そうでないか(外見)

どうでしょう。初対面のひとに対して、これ以外に興味をもつことがあるでしょうか。

このたった8つの構成要素から、複雑で陰影に富む一人ひとりの性格(パーソナリティ)がつくられ、その相互作用(ネットワーク)によって社会が構成されます。

「自分さがし」というのは、突き詰めて考えるなら、自分のパーソナリティに合った物語を創造することです。あなたをつくっているのは、どんなパーツですか?