ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2021年8月20日公開の「最凶の”クソ野郎”と言われる大量解雇で有名な“チェーンソー・アル”は サイコパスだが、ウォール街に忠実だった」です。(一部改変)

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スタンフォード大学経営理工学部教授のロバート・I・サットンは、職場にasshole(クソ野郎)が多すぎることが、従業員の幸福度を大きく引き下げ、会社の生産性も落としているとして“no asshole” rule(ノー・クソ野郎ルール)を提案し、大きな反響を呼んだ。文字どおり世界じゅうから、「私が出会った「クソ野郎」の話を聞いてほしい」というメールが殺到したのだ。
サットンはその経緯を『チーム内の低劣人間をデリートせよ クソ野郎撲滅法』(片桐恵理子訳/パンローリング)にまとめたが、それを読んでいて思わず考え込んでしまったのが、「労働者の3人に1人が他者からいじめを受けていると答えた一方で、いじめの加害者になったことがあると報告したのはわずか0.05%(2000人に1人)だった」という記述だ。
いじめ問題の解決が難しいのは、加害者と被害者が同じ行為をまったくちがうものとして認識していることだ。これを私は、「100倍の法則」を呼んでいる。被害者は自分が受けた行為を100倍強く意識し、加害者は相手への同じ行為を100分の1に評価する。「なんでいじめるの?」と大人からいわれて、「いじめてないよ、遊んでただけだよ」と答えるのは本心なのだ。
「いじめの加害者は自分を加害者だと思っていない問題」は、ビジネスの現場でもそのまま当てはまるだろう。執拗なパワハラを、上司が「社員教育」「愛の鞭」と主張するのは、たんなる言い訳ではないかもしれない。
もちろんこれは、パワハラを正当化するものではない。加害者が「愛」だと思っている方が、被害者にとってより残酷でグロテスクなのは間違いないだろう。
「最凶のasshole(クソ野郎)」と呼ばれた経営者
「最凶のasshole(クソ野郎)」というと、アメリカでは真っ先に “チェーンソー・アル”が 思い浮かぶらしい。
アルバート(アル)・ダンラップは1937年に中流階級の労働者の家庭に生まれ、高校卒業後にウェストポイント士官学校に入学、中尉に昇進したのち退役し、製紙会社に就職した。そこで不振だった工場を強引なレイオフで立て直したことを評価され、1994年にトイレットペーパーや家庭用ペーパータオルをつくるスコット・ペーパーズのCEOに抜擢される。
ダンラップはたちまち1万2000人をレイオフし、工場の閉鎖や寄付金の全廃などを断行して“チェーンソー・アル”と呼ばれるようになった。この大規模なリストラで株価は2年半で3倍以上になり、会社を競合企業に売却して100億円の報酬を手にした。
その後、不振に陥っていた家庭用電機用品メーカーのサンビームCEOに破格の好待遇で就任すると、2年間で従業員のおよそ半分の6000人を人員整理し、多数の工場を閉鎖して企業城下町をゴーストタウンに変えた。
ところが、米国証券委員会(SEC)が巨額の粉飾決算の疑いでサンビームの調査に乗り出したことでダンラップは窮地に陥り、容疑は否認したものの責任を取って辞職。巨額の退職金を受け取る一方、SECとの和解で1850万ドル(約20億円)を支払い、生涯にわたって株式会社の役員の地位に就くことができなくなった。――経済ジャーナリスト、ジョン・A・バーンの『悪徳経営者 首切りと企業解体で巨万の富を手にした男』(酒井泰介訳/日経BP)でその悪名は広く知られることになった。
ダンラップの首切りエピソードはたくさんあるが、スコットのアラバマ州モビールの工場では、ある従業員に「何年ここで勤めているのか?」と訊いた。
「30年です!」と従業員が誇らしげにこたえると、ダンラップは心から当惑した顔でいった。「なぜ30年間もひとつの会社にとどまりたいなんて思うのかね?」
数週間後、ダンラップはモビールの工場を閉鎖し、従業員全員を解雇した。
ダンラップは自伝『意地の悪いビジネス(Mean Business)』でこのような逸話を自ら誇らしげに書いている。
スコットの企業モラール担当役員は、とても感じのいい人物でいやらしいほど高額な給与を受け取っていたが、彼女の主な仕事は重役室の調和を保つことであった。調和などくそくらえだ。こういう連中は互いの髪の毛を引っ張り合うべきなのだ。私はスコットの最高財務責任者バシルに、彼女をクビにしろと言った……その週の終わりごろ、企業内弁護士のひとりが重役会議の最中に居眠りをした。それは給料支払い名簿に記載されている期間内で最後の居眠りとなった。数日後、彼は過去の人になっていた。
一事が万事、こんな調子で首切りをやっていたため、ビジネス誌ファーストカンパニーが「サイコパスCEO」の記事を掲載したとき、現役の経営者で唯一、ダンラップだけが取り上げられる栄誉を浴した(他のCEOは死んでいるか、獄中にいた)。
「asshole(クソ野郎)はサイコパスだ」というのはたしかにわかりやすいが、はたしてこれはほんとうだろうか。
チェーンソー・アルはサイコパスなのか?
イギリスのジャーナリスト、ジョン・ロンソンは『サイコパスを探せ 「狂気」をめぐる冒険』(古川奈々子訳/朝日出版社)で、そのダンラップに「サイコパス・テスト」を行なうという興味深い経験を書いている。
心理学者のロバート・ヘアはFBI捜査官としてプロファイリングに従事したのち、サイコパシー・チェックリスト(PCL)やその改訂版(PCL-R)を開発、『診断名サイコパス 身近にひそむ異常人格者たち』( 小林宏明訳/ハヤカワ文庫NF)は世界的なベストセラーになった。
ヘアはその後、CEOや役員、上級管理職など203人をPCLで評価した「企業サイコパシー」の研究を発表し、その3.9%(およそ25人に1人)がサイコパスで、「これは刑務所に収監されている犯罪者と比べても非常に高い値で、一般市民(1%弱)と比べた場合、少なくとも4、5倍にはなる」と述べた。ロンソンはこの研究を知って、“チェーンソー・アル”にサイコパス・テストをしてみたらどうなるだろうと思いついたのだ。
ダンラップはサンビームCEOを辞任したあと、40年以上連れ添う再婚の妻ジュディとボディガード、2匹のジャーマン・シェパートとともにフロリダの大邸宅に住んでいた。つねにボディガードがいるのは、これまで繰り返し脅迫や殺人予告を受けてきたからだ。
きれいに刈り込まれた芝生にはライオン、ヒョウ、ワシ、タカなどおびただしい数の肉食動物の彫刻があり、屋敷内にはジャーマン・シェパードを描いたたくさんの絵と、大きな金色の額縁に入った等身大のアルとジュディを描いた油絵が飾られていた。
ロンソンはダンラップに、勤続30年の従業員の仕事をなぜ奪ったのかを訊いた。
「私にとってはまずいことなんだよ」と、ダンラップは答えた。「ひとつの会社にずっといれば、管理人になってしまうからだ。守衛さ。メリーゴーランドのような人生はくだらん。ジェットコースターのように生きなければ」
ロンソンは、恐る恐るサイコパス・テストの話を切り出した。
「メールでお伝えしたように、あなたの扁桃体は必要な恐怖信号を中枢神経に送るのを怠っているかもしれません。おそらくそのせいで、あなたはたいへんな成功をおさめ、肉食動物的精神にも強い関心をお持ちになっているのではないでしょうか」
「ふむ」とダンラップはこたえた。「なかなか面白い理論だ。『スタートレック』のようだな。きみは前人未到の領域に足を踏み入れようとしている。なぜ一部の人間はとてつもなく成功するのに、ほかのやつらは箸にも棒にもかからないのか? 昔の同級生たちは私よりはるかに多くの特権に恵まれていたが、彼らは成功していない。なぜだ? 何が違うのか? 何かが違うはずだ! それは何世代も人々の関心を集めてきた問題だ! だからきみがこの扁桃体説を持ち出してきたとき、私は、『なるほど、じつに面白い。この男と合って話してみよう』と思ったわけだ」
サイコパス・チェックリスト
ダンラップの言葉にちからを得て、ロンソンはポケットから、ロバート・ヘアのサイコパス・チェックリストを取り出した。最初は戸惑ったが、好奇心をそそられたのか、ダンラップは「試してみようじゃないか」といった。サイコパスの項目と、それに対するアル・ダンラップの回答はこんな感じになる。
●項目1 口達者/うわべの魅力
ダンラップ「私は文句なく魅力的だ!」
●項目2 自己価値に対する誇大な感覚
ダンラップ「当たり前だろう。自分が自分を信じないで、誰が信じるというのだ。自分自身を信じなきゃならん」「私が自分を尊敬しているかって? 当たり前だ。自分を尊敬できる人間はな、人からも尊敬されるのだ」
●項目3 刺激を必要とする/退屈しやすい
ダンラップ「ああ、私はとても退屈しやすい。何かをしていないと落ち着かないのだ。うん、確かにそれは適切な言い方だ。私は世界一リラックスした人間ではない。私の頭脳は夜通しフル回転している」
●項目5 狡猾/人を操る
ダンラップ「それはリーダーシップと言い換えられるな。人をやる気にさせる! それがリーダーシップというものだ」
●項目14 衝動的
ダンラップ「すばやい分析力を言い換えたものにすぎん。賛成か反対かを決めるのに1週間もかけている連中がいる。私か? 私は10分間考える。そして、賛成する気持ちが反対する気持ちに勝ったら? すぐ実行だ!」
最後にロンソンは、「ものすごくグロテスクな事件現場の写真を、たとえば、誰かの顔が銃で吹き飛ばれているとか、そういう写真を見たら、あなたはぞっとしますか?」と訊いた。
ダンラップは首を横に振り、「いや。私はそれを合理的に分析すると思う」とこたえた。「おびえて部屋の隅に隠れたりはしない。『いったい、何がここで起こったか?』と考える。なぜ、それが起こったのか、と」
「写真を見たショックで、体から力が抜けてしまったように感じたりはしませんか?」との質問にはこうこたえた。
「そうだ、心に浮かぶのは、ここで何が起こったのか、そして、それが二度と起こらないようにするためにはどうやって防いだらいいか、ということだ」
そして、「悪に怖気づいているようじゃ、リーダーにはなれんのだよ。悪に立ち向かわなければならん」と“チェーンソー・アル”はいった。「リーダーというのはな、基本的に、一般大衆から抜きんでた人物、何かを成し遂げる人物なのだ。わかったか?」
暴力的な解雇にもよい面がある
この体験のあと、ロンソンはロバート・ヘアと語り合う機会を得た。ヘアはダンラップをサイコパスだと断定したが、ロンソンは再婚の妻と41年間連れ添っていることなどから(最初の妻と息子、実の両親とは冷えた関係にあった)納得できないものを感じていた。ダンラップは、質問をすべて「リーダーシップ」と読み替えていただけのように思えたのだ。
その後、知人の投資家から、ゴールドマンサックスがサンビームの大量解雇を推奨する調査報告書を出していたことを教えられる。そこにはこう書かれていた。
我々は最高経営責任者アル・ダンラップの主導によるサンビーム社の懸案の立て直し/リストラに基づいてSOC(サンビーム)株の投資判断を〈トレーディング・バイ〉に据え置く。
我々のEPS予想は、SOCの懸案のリストラを織り込まないため、1996年は25セント、そして、1997年は90セントに据え置く。
EPS (Earnings Per Share)は「1株当たりの当期純利益」で、株価に大きな影響を与える。ウォール街の投資銀行は、ダンラップをCEOにして徹底したリストラを行なわせることで、サンビームのEPSが1年で25セントから90セントへと3.6倍に増えると予想し、機関投資家などに「買い推奨」していたのだ。
ダンラップは共感力が極端に低い人物かもしれないが犯罪者ではなく、陸軍士官学校で学んだ「リーダーシップ」を駆使して、ウォール街が自分に求めていることを忠実に実行しただけだった。asshole(クソ野郎)は、必要とする者たちがいるからこそ、大きな権力を手にするのだ。
もうひとつ、ロンソンのサイコパス・テストからわかるのは、ダンラップには従業員一人ひとりになんの感情的なつながりもなく、パソコンのデリートキーを押すようにリストラしたり、解雇を宣告していたことだ(軍の司令官が、一定の戦死を前提に兵を動かすのと同じだ)。これは従業員にとっては天災と同じで、解雇されたのは自分にも非があるなどとはまったく思わないだろう。すくなくとも、「愛」の名を借りたパワハラよりずっと事態を受け入れやすいのではないだろうか。
“チェーンソー・アル”は晩年、フロリダ州立大学にダンラップ・スチューデント・サクセス・センターを寄贈するなどの慈善活動を行ない、2019年に81歳で没した。
注記:イーロン・マスクもチェーンソ・アルと同様に強引な解雇を行なうことで有名だが、この場合も、解雇されたことを授業員の「自己責任」とは誰も思わないので、その後の転職活動が有利になるという面があるのではないだろうか。
逆にいえば、「従業員を大切にする家族経営のあたたかな会社」を解雇されたら、その後の転職はずっと困難になるだろう。
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