SNSは免疫力をもつ有機体なので、進化のためにいっさい規制すべきではない

参院選が始まり、SNSの誤情報をどのように規制するかが議論になっていますが、「そんな規制などいっさいいらない」という極論について書いたことを思い出したので、再掲載します。

******************************************************************************************

ネット生態系の原理は「より自由になること」

『ソーシャルメディアの生態系』(森 薫訳/東洋経済新報社)は、ウォルト・ディズニーのイノベーション部門のトップを務め、動画共有プラットフォームの会社を起ち上げたアントレプレナーのオリバー・ラケットと、MITメディアラボのシニア・アドバイザーでジャーナリストのマイケル・ケーシーの共著だ。

著者たちはここで、インターネット(SNS)はひとつの巨大な有機体(オーガニズム)で、生き物と同様に「進化」しているという刺激的な主張をしている。

「利己的な遺伝子」の原理は自己の複製を最大化することだが、ネット生態系の原理は「より自由になること」だ。このように考える著者たちは、自由な言論に対するあらゆる制約を拒否し、Facebookを「思想警察」と呼ぶ。

「フェイスブックは、監査不可能な中央統御プログラムによって、独自の主観的なヴァージョンの真実を創造」している。――これは著者の一人ラケットが、医学書から引っ張ってきた「ミクロ・ペニス」の絵を友人に冗談で送ったところ、「国際児童ポルノ」だとしてアカウントを即座にシャットダウンされた経験からきているようだ(ラケットはゲイであることをカミングアウトしている)。

同様にUberやAirbnbのようなシェアエコノミーも、「中央制御プログラム」によって監視・制御されていることから、「進化」の過渡的な形態だと見なされる。いずれはフリーエージェント同士がブロックチェーンを使ったスマートコントラクトで“ギグ”的に協働し、国家や金融機関を介さずにクリプト(暗号資産)を交換し、プロジェクトが終われば解散する「自由」な関係へと変わっていくだろうし、そうなるべきなのだ。

しかし、あらゆる言論を自由の名のもとに解き放てば、荒らしや炎上によってネット空間は壊死してしまうのではないだろうか。だが著者たちは、これを杞憂だと一蹴する。「つねに自分で自分を育て、成長し、進化する」ソーシャル・オーガニズム(社会的有機体)は、生き物と同じように“免疫力”を持っているからだ。

たとえどんな憎悪に満ちた言論であっても、それにふれる機会を完全に遮断すると、文化によい影響を与える方向にソーシャル・オーガニズムが進化する能力が削がれてしまう可能性がある。

それがスパムだろうとヘイトメッセージだろうと「荒らし」の物言いだろうと、これらのただ醜いだけに見える反社会的コミュニケーションの洪水は、社会の免疫系統を強化するために必要なものなのだ。

興味深い意見ではあるものの、この「免疫系統」がどのように機能するのかについての説明は残念ながら書かれてはいない。進化を「よい方向」に導く鍵が「共感力」というのでは、いささか心もとない気がする。

もちろん著者たちは、この欠点に気づいているだろう。だがそれでも、「ネットに自由を」の旗を降ろすことはできない。なぜなら、「進化」の向こう側にすこしでも早く行きつかなくてはならないからだ。

テクニウムとインフォニウムの「進化」が不死のトランスヒューマンへと“最終進化”を遂げる

『ソーシャルメディアの生態系』で著者たちは、「増え続けるアイデアを有機的に相互接続させるソーシャルメディアと、それとともに発達するスーパーコンピュータの強力なネットワークが結びついたとき、人間という種が生き残るうえでの分岐点が訪れるかもしれない」と書く。これはトランスヒューマニズム(超人間主義)の思想そのものだ。

トランスヒューマニストにとっての最大の障害は、熱力学の第二法則(エントロピー増大の法則)だ。宇宙が「熱的死」に向かっているのなら、永遠の生命は原理的に存在しえない。

そこで彼らは、生命の進化がエントロピーを減少させると考える。生き物は、乱雑な世界に秩序をつくりだしていく。より複雑な生き物がより多く秩序化できるのなら、進化はその結果にかかわらず、「よいこと」なのだ。

さらにここに、「生命とは情報である」というアイデアが接続された。コンピュータの登場でテクノロジーは情報科学に統合されたが、DNAの二重らせんが明らかにしたのは、生命も情報として記述できるということだ。

これは、情報こそが「アンチ・エントロピー」だということでもある。「情報はつねに何かと何かを関連させ、つながりを確立し、たがいを強く結びつける」。すなわちネットワークの中のノード(中継点)や複雑性が増せば増すほど、世界は散逸するのではなく秩序化されるのだ。

これがおそらく、ラケットとケーシーが、あらゆる検閲や規制を拒絶しネットに投入される情報量を最大化しようとする理由だろう。シンギュラリティ=分岐点を超えるためは、どんなことをしてでも「進化」を加速させなくてはならないのだ。

雑誌 Wired の設立者で編集長を務めたケビン・ケリーは『テクニウム テクノロジーはどこへ向かうのか? 』(服部桂訳/みすず書房)で、人間がテクノロジーを発展させているのではなく、テクノロジー生態系(テクニウム)が、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような天才を“ヴィークル”にして自らを「進化」させているのだと論じた。それと同様に、ラケットとケーシーは『ソーシャルメディアの生態系』で、インフォニウムともいうべき情報生態系が、人間をヴィークルにして、荒らしや炎上を含む膨大な情報を「オーガニズム(生命体)」に取り込みながら「進化」しているのだと主張する。

テクニウムとインフォニウムの「進化」が生命の進化と統合されたとき、人類(の一部)は不死のトランスヒューマンへと“最終進化”を遂げるのかもしれない。

禁・無断転載

なぜ減点、自分の信用スコアを調べてみた 日経ヴェリタス連載(122)

信用情報機関のCICはクレジットカードや消費者ローンの信用情報を収集し、業者間で共有している。新規のカードやローンの申し込みがあると、加盟会社はCICに信用情報を照会し、契約内容や支払状況、残債額などから諾否を判断している。

CICは新しい試みとして、昨年11月から信用力を指数化した「信用スコア」を個人に開示し、今年4月からはそのスコアを加盟約800社に提供しはじめた。信用情報がどのように登録されているかは個人でも確認でき、私も以前やってみたことがあるが、せっかくなので自分の信用スコアがどのくらいか調べてみることにした。

信用情報の確認にはインターネットと郵送の2つの方法があるが、現在はネット開示が休止中だったので、郵送で申し込むことにした。

手続きとしては、CICのサイトで信用情報開示申込書を作成して印刷し、住民票か印鑑登録証明書、およびマイナンバーカード、運転免許証などの本人確認書類のコピーを用意する。コンビニのマルチコピー機でチケット(JTBレジャーチケット)525円分(税込)を購入し、それらをまとめて郵送すると10日ほどで簡易書留が送られてきた。

私の場合、メインで利用しているクレジットカードは1枚で、それに加えて交通系カードや家電量販店などで使用するカード何枚かを使い分けている(財布に入っているカードは5枚だ)。ところがCICに登録されている情報は19件もあり、そのなかにはいつつくったのかまったく記憶にないものもあった。

登録されているクレジットカード情報は、氏名・住所・電話番号・生年月日・勤務先・運転免許証番号などの個人情報のほか、保有しているカードの極限度額やキャッシング枠、残債額や遅延の有無などで、過去2年間(24カ月)の入金状況が記号で示されている。請求額全額が入金されている場合は「$」マークで、一部入金や未入金の場合はケースごとに他の記号がつけられる。

肝心の信用スコアは200~800点で、私は637点だった。中央値は620~709点で、710点以上のハイスコアも約2割いる。

私は支払いのほぼすべてをクレジットカードで行ない、延滞したこともないので、正直、もっと高いスコアになると思っていた。「算出理由」として4つが挙げられているが、プラスの影響を与えているものばかりで、なぜ満点から140点以上も引かれたのかはわからない。

「平均」の範囲に収まっていればとくに問題はないのだろうが、今後、こうした信用スコアはクレジットカードや消費者ローンの申込以外にも、住宅ローンや学生ローン、不動産の賃貸契約など広い用途で使われるようになる可能性がある(実際、アメリカではずいぶん前からそうなっている)。

自分の点数にちょっとがっかりしたというのもあるが、そんな未来を考えれば、どのような理由で減点されたのか、スコアを上げるにはどうすればいいのか、もうすこし詳しい説明があってもよいように思った。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.122『日経ヴェリタス』2025年6月28日号掲載
禁・無断転載

世界をバラ色の眼鏡で眺める者と、灰色の眼鏡で眺める者 週刊プレイボーイ連載(648)

あなたのまわりにも、何気ない言葉やささいな態度を自分に対する攻撃だと思い、過剰に反応してしまうひとがいるでしょう。こうした被害妄想が重度になると、精神医学では「パラノイア」と呼ばれます。

このひとたちは「精神疾患」と診断されますが、「政府の秘密組織が自分を殺そうとしている」というような妄想以外では、きわめて理知的に自分について語ることができます。

そのことに驚いたイギリスの心理学者は、パラノイアは「病気」ではなく、一般のひとがもっている心理的な傾向(性格)が極端になったものではないかと考えました。そして、この仮説を検証するための独創的な実験を思いつきます。

被験者はロンドンに住む100人の男性と100人の女性で、VR(仮想現実)のゴーグルを装着して「仮想の地下鉄」を体験します。超満員の車内にいる他の乗客はすべてアバターで、ごく自然に振る舞い、なにひとつ特別なことは起こらないようにプログラムされました。

参加者の多くは、当然のことながら、いつもの地下鉄と同じだと感じました。アバターはそのようにつくられているのです。

ところが研究者は、別の反応をする2つのグループがあることを発見します。ひとつはポジティブな反応で、「ひとりの男性は私をじっと見つめて、お世辞を言いました」「微笑みかけてくる人がいて、それはとても心地よかったです」などと答えました。

もうひとつはネガティブな反応をするグループで、「私が通り過ぎようとすると、座っていた女性が私を笑いました」「攻撃的な人がいました。私を脅して、不快にさせようとしました」などとこたえたのです。

もういちど確認しておくと、参加者は全員がまったく同じVRを体験しています。それでも感じ方に、これだけ大きなちがいが生じたのです。

この実験からわかるのは、わたしたちのうち4人(あるいは3人)に1人は世界をバラ色の眼鏡で眺めていて、その反対側には、世界を灰色の眼鏡で眺めているひとがやはり4人(あるいは3人)に1人いることです。

このようなばらつきが生じるのは、それが進化の適応だからでしょう。複雑な環境では、どのような性格なら生き残れるかを決めることができません。そのため「利己的な遺伝子」は、楽観から悲観までさまざまなパーソナリティを用意して生存確率を高めたのです。

ところが人類史上もっともゆたかで平和な時代が到来したことで、かつては役に立った「灰色の眼鏡」が人生の障害になってしまいます。学校でも会社でも、被害妄想的なひとは煙たがられ、排除され、ときにいじめの標的にされてしまうのです。

イギリスで行なわれた大規模な調査では、パラノイア傾向のひとたちが「新型コロナウイルスは国連が世界征服のために製造した」などの陰謀論を信じ、コロナワクチンに強い疑いをもっていることがわかりました。パラノイアの特徴が世界への不信であることを考えれば、この反応は不思議ではありません。

かつては社会の片隅に押し込められていたひとたちが、SNSによって連帯し、自分たちの被害感情を大きな声で主張できるようになったと考えれば、近年の社会の混乱のかなりの部分が説明できるのではないでしょうか。

ダニエル・フリーマン『パラノイア 極度の不信と不安への旅』高橋祥友訳/金剛出版

『週刊プレイボーイ』2025年6月30日発売号 禁・無断転載