「性行為には相手の同意が必要」というけれど 週刊プレイボーイ連載(481)

アメリカ西海岸の名門スタンフォード大学で、深夜、キャンパスを自転車で横切っていた2人の大学院生が、芝生の上で若い女の上に男が覆いかぶさっているのを見つけました。2人が近づいて「大丈夫ですか?」と声をかけると、男は立ち上がって逃げ出しました。

取り押さえられたのは水泳部に所属する1年生で、女性は最近大学を卒業したばかりでした。彼女のスカートは腰のあたりまでまくり上がり、下着を脱がされ、片方の乳房があらわになっていました。この2人は社交クラブのパーティで出会い、男が会場の外に連れ出し、芝生の上で性行為に及んだのです。裁判の結果、男は性的暴行によって6カ月の実刑を言い渡され、生涯にわたって性犯罪者として登録されることになりました。

日本でも、刑法の性犯罪規定の見直しを議論してきた法務省の検討会で、「相手の同意がない性行為を処罰すべきだ」と意見が一致したと報じられました。これは世界的な潮流で、欧米ではすでに「性行為には同意が必要」が徹底されています。ただし問題は、「同意のあるセックス」と「同意のないセックス」が明快に分けられるわけではないことです。

この事件がアメリカで論議を呼んだのは、当事者が2人とも泥酔していてほとんど記憶がなかったからです。女性はパーティに行く前にバーで友人たちと合流し、ウィスキーのショット4杯とシャンパン1杯を飲み、パーティ会場でウォッカのボトルを見つけ、3、4ショット分(150ミリリットル)をストレートで一気飲みしました。これを最後に彼女の記憶はなくなり、気づいたのは病院で、そこで警察から「性的暴行を受けた可能性がある」と告げられました。

男子学生も同様に大量の飲酒(ビンジドリンキング=暴飲)をしており、裁判では女性が同意したと主張しましたが、話は首尾一貫せず、陪審員を納得させることはできませんでした。心証を悪くしたのは声をかけられたときに逃げたからで、そのまま寝入っていれば無罪だったかもしれません。そのときなにが起きたのかは、誰にもわからないのですから。

これは極端なケースですが、2015年にアメリカの大学生1000人を対象に行なわれた調査では、同意の定義が個人によって大きく異なることがわかりました。「自分の服を脱ぐ」は、男女とも「同意」と「同意でない」がほぼ半々に分かれました。「キスや愛撫などの前戯をする」は、男が「同意」30%(「同意でない」66%)、女は「同意」15%(「同意でない」82%)とかなりの性差がありました。

より困惑するのは「両者が明確な同意をしていない場合の性行為を性的暴行だと思うか?」の質問で、男の42%、女の52%が「(性的暴行だと)思う」とこたえたものの、「はっきりとわからない」が男で50%、女で42%もありました。これでは、性行為が終わってから、それが合意なのか性的暴行なのかを恣意的に決められることになり、トラブルが頻発するのも当然です。

性暴力や望まない妊娠を減らすために、「性行為には同意が必要」の原則は必要でしょうが、先行するアメリカがこの状況だと、日本がこれからどうなるのか前途多難の予感しかしません。

参考:マルコム・グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』光文社

『週刊プレイボーイ』2021年6月21日発売号 禁・無断転載