「人権」のためにたたかえなくなったら… 週刊プレイボーイ連載(413)

リベラルな社会では、「人権」こそがもっとも大切です。公民権運動からフェミニズムまで、リベラルな活動家は、人種や性別、国籍や宗教、身分による差別をなくし、世界じゅうのすべてのひとの人権を守るためにたたかってきました。

混迷をつづけるシリアの状況は、トランプ政権の事実上の承認を得てトルコ軍が北部に侵入し、少数民族クルド人の武装組織の掃討に乗り出したことでさらに悪化しました。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば、この混乱によって9万人ちかい子どもを含む20万人以上が住む家を失い、避難を強いられたといいます。

2011年に始まったシリア内戦では、国民の半数にあたる1200万人が家を追われ、560万人が周辺の国に逃れたとされます。多くのシリア難民はいま、劣悪な難民キャンプに閉じ込められ、未来になんの展望もないまま乏しい配給だけで暮らしています。まさに、生存の限界まで人権を侵害されたひとたちです。

ところが奇妙なことに、ヨーロッパのリベラルはもはや難民問題になんの関心もないようです。その理由は、難民を受け容れようとすると、彼らがもっとも忌み嫌う「極右」が台頭するからでしょう。

強権的な統治をつづけるトルコのエルドアン政権にも、リベラルは強い圧力をかけることができません。シリア北部の軍事作戦を批判したところ、「ドアを開けて360万人のシリア難民をあなたのところに送る」といわれたからです。トルコは欧州を目指す難民の防波堤になっており、国境が開放され難民たちが移動を始めたとたん、EUは大混乱に陥るでしょう。ヨーロッパのリベラルな社会は、難民の「人権」を無視することによって守られているのです。

そのトルコは、IS(イスラム国)の戦闘員を出身国に送還する方針も表明しました。これは国際法上の正当な権利行使ですが、パリやブリュッセルで起きたテロ事件の実行犯の多くがISの支配地域からの帰還者だったため、欧州諸国は戦々恐々としています。フランスは世界じゅうの死刑制度の廃止を目指していますが、なぜかフランス国籍のIS戦闘員を死刑制度のある国で裁くよう求めています。

リベラルの苦境は、トルコに対してだけではありません。中国はウイグル人の人権を抑圧していると批判されていますが、ドイツのメルケル政権はフォルクスワーゲンなど大手企業が中国市場から排除されることを恐れて沈黙をつづけています。ドイツはホロコーストの歴史を背負っているため、パレスチナ問題でイスラエルを批判することもできません。

こうしてヨーロッパのリベラルは、じょじょに人権のためにたたかうことができなくなってしまいました。しかし「活動家」は、なにかのためにたたかわなければ、自分たちの存在意義を失ってしまいます。

そんなとき、地球温暖化や環境破壊を力強く批判する、賢くて勇気のある(白人の)女の子が現われたらどうなるでしょう。ちょっと意地悪かもしれませんが、いま起きているのはようするにこういうことだと思います。

『週刊プレイボーイ』2019年12月23日発売号 禁・無断転載

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