日本社会の歪みを象徴する「下級国民のテロリズム」 週刊プレイボーイ連載(396)


死者35人、負傷者33人という多くの被害者を出した「京都アニメーション放火事件」は、放火や殺人というよりまぎれもない「テロ」です。しかし犯人は、いったい何の目的で「テロ」を行なったのでしょうか。

報道によれば、容疑者はさいたま市在住の41歳の男性で、2006年に下着泥棒で逮捕され、2012年にコンビニ強盗で収監されたあとは、生活保護を受けながら家賃4万円のアパートで暮らしていたとされます。事件の4日前に起こした近隣住民とのトラブルでは、相手の胸ぐらと髪をつかんで「殺すぞ。こっちは余裕ねえんだ」と恫喝し、7年前の逮捕勾留時には、部屋の壁にハンマーで大きな穴が開けられていたとも報じられています。

身柄を確保されたとき、容疑者は「小説をパクリやがって」と叫んだとされます。アニメーション会社は、容疑者と同姓同名の応募があり、一次審査を形式面で通過しなかったと説明しています。

ここからなんらかの被害妄想にとらわれていたことが疑われますが、精神疾患と犯罪を安易に結びつけることはできません。これは「人権問題」ではなく、そもそも重度の統合失調症では妄想や幻聴によって頭のなかが大混乱しているので、今回のような犯罪を計画し、実行するだけの心理的なエネルギーが残っていないのです。欧米の研究でも、精神疾患がアルコールやドラッグの乱用に結びついて犯罪に至ることはあっても、病気そのものを理由とする犯罪は一般よりはるかに少ないことがわかっています。

じつは、あらゆるテロに共通する犯人の要件がひとつあります。それが、「若い男」です。IS(イスラム国)にしても、欧米で続発する銃撃事件にしても、女性や子ども、高齢者が大量殺人を犯すことはありません。

これは生理学的には、男性ホルモンであるテストステロンが攻撃性や暴力性と結びつくことで説明されます。思春期になると男はテストステロンの濃度が急激に上がり、20代前半で最高になって、それ以降は年齢とともに下がっています。欧米の銃撃事件の犯人の年齢は、ほとんどがこの頂点付近にかたまっています。

日本の「特殊性」は、川崎のスクールバス殺傷事件の犯人が51歳、今回の京アニ放火事件の容疑者が41歳、元農水省事務次官長男刺殺事件の被害者が44歳など、世間に衝撃を与えた事件の関係者の年齢が欧米よりかなり上がっていることです。さまざまな調査で、20代の若者の「生活の充実度」や「幸福度」がかなり高いことがわかっています。日々の暮らしに満足していれば、「社会に復讐する」理由はありません。

このように考えると、日本の社会の歪みが「就職氷河期」と呼ばれた1990年代半ばから2000年代はじめに成人した世代に集中していることがわかります。当時、正社員になることができず、その後も非正規や無職として貧困に喘ぐ彼らは、ネットの世界では自らを「下級国民」と呼んでいます。とりわけ低所得の男性は結婚もできず、社会からも性愛からも排除されてしまいます。

この国で続発するさまざまな事件は、「下級国民のテロリズム」なのかもしれません。そんな話を、新刊の『上級国民/下級国民』で書いています。

『週刊プレイボーイ』2019年8月19日発売号 禁・無断転載

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7件のコメント

  1. 時事問題などを扱う時の橘さんの切れの悪さは酷すぎますね。

    ロストジェネレーション問題と犯罪を結び付けることはマスメディアが既にやってますし

    >世間に衝撃を与えた事件の関係者の年齢が欧米よりかなり上がっていることです。
    アメリカのラスベガス銃乱射事件の犯人は64歳ですし
    アメリカのユダヤ教礼拝所で銃乱射事件の犯人は46歳ですし
    橘さんのピックアップの仕方で特殊性はなくなりますよ。

    結論が先にあった感じの本のようですね。

  2. 【コラム・談 尖沙咀】メディアを真に受ける悲劇~京アニ事件と人気作家の橘ナントカ君

    京アニ放火殺傷事件から数月余。人気作家、橘玲が事件を振り返って
    アッパレな書籍を出版していた。

    「上級国民、下級国民」だ。

    橘は言う。《メディアは単純な思考や情報を発信する。上級国民と下級国民の
    二分法もそうだ。「そんな誤ったメッセージを真に受けてしまうのは、なぜか」
    「一人でメディアに接触するときは情報に『直撃』されやすい」。

    身近に、お前はそんな話を真に受けているのかと言ってくれる人がいれば誤解は減る》

    全く同感だ。

    バブル以降の氷河期世代で、「非正規」が話題になり始めた時、
    それを面白おかしく煽(あお)るかのように取り上げて、

    日本はもうダメ、国内からの離脱を煽ったあげく、
    海外投資を行い、最終的には「PT:永遠の旅行者」となるべきと、

    日本からの脱出を煽ってメディアに毎回登場する編集者がいた。

    その編集者はきっとアーリーリタイアメントして海外脱出でもするのだろうと思って
    いたのだが、
    彼は一向に日本から出ずに、日本の読者向けに似たような本を出版し続けたあげく、

    あろうことか「できるだけ長く働くこと」「生涯現役」とか言い出した。

    いやはや、メディアの誤ったメッセージに直撃された人たちはえらい災難だった。

    その有名作家の名前は、橘ナントカと言ったが、失念した。

    今回、橘は「いい学校からいい会社へという古びた認識」と言っているが、
    昔から良識派のマスコミが垂れ流すこの古びたメッセージがどれほど欺瞞(ぎまん)的か。
    いわゆる一流企業や官公庁の安定感は増すばかりである。
    朝日新聞は全社員の学歴と偏差値と年収を公開してみたら
    どうだろう。むろん、フジテレビにも講談社にも、そして産経新聞にもやってもらいたい。

  3. もう1つはこの世代は人口が多いということですね。
    人口が多く、負け組の人も多い。
    負のエネルギーがタマっている人が多く、時に爆発してしまう。
    実際毎年のように起こる親殺しもこの世代が多いように思います。
    (グチグチ言ってくる高齢の親をグサっと一発やってしまうアレ)

  4. >あらゆるテロに共通する犯人の要件がひとつあります。それが、「若い男」ですIS(イスラム国)にしても、欧米で続発する銃撃事件にしても、女性や子ども、高齢者が大量殺人を犯すことはありません。

    テロでなく政治性もない単純な暴力はイメージ通り殆んど男によって引き起こされるかもしれないが、自爆テロの1/4は女で、子供も洗脳されて実行犯になることは多い

    「事実(ファクト)」より「本能」を重視して、「下級国民のテロリズム」というセンセーショナルな言葉を使ってるのは、橘先生が普段批判しているエビデンスに基づかない人の文章と同じでは?

  5. 男性ホルモンのテストステロンは既婚者より単身者で年齢を重ねていくと増えるそうですから別に特殊性ではありません。だから今20代の中から文に出ている彼らと同じ道を辿る者が出てくる可能性は十分あります。ただ疑問なのはこのコラムの結論を逆に言うと、既婚で正社員で生きていればまずテロリスト候補生にはならないと?…これではまるでイスラム教信仰者が自国や他国でテロ行為を多々起こすのでなぜか中東出身の移民や移住者を入国管理で止める、どこかの国の大統領の考え(偏見)と変わらない気がする。貧困と書いてますが、英国では富裕層に仲間入りした途端、テロ組織を起こさないか警戒され調査を受けた人物(音楽家)もいたと聞きましたし、実は生活水準ではなく日常会話やSNSで広げられる思想や思考の偏りに警戒すべきなんじゃないかな。あと元農水省事務次官の長男さんは何がテロ行為だったのですか?

  6. だから、
    「男性ホルモンの分泌量」
    みたいな
    「一見科学的な言説」を弄することの

    オカシさに気づかないといけませんよ。

    栗本慎一郎 の「太陽黒点論」とどこが違うのですか???

    科学的であると主張するのなら、

    統計的仮説検定
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/仮説検定

    ぐらいをやってからですな。

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