『上級国民/下級国民』をベルカーブとロングテールで説明する

新刊『上級国民/下級国民』が発売されたあと、後期近代において不可逆的に格差が拡大していく理由を「ベルカーブからロングテールへ」で説明できることに気づきました。以下にまとめておきますので、本を読んでいただいた方は参考にしてください(未読の方にもわかるように書いています)。

「ベルカーブ(正規分布)の世界」では、平均付近にもっとも多くのひとが集まり、極端にゆたかなひとや、極端に貧しいひとは少なくなります。下の図では平均から1標準偏差以内(偏差値では40~60)の範囲に全体の約7割(68.3%)が収まります。

これを「中間層」とするならば、平均から2標準偏差以上離れた「中流の上」(偏差値60~70)と「中流の下」(偏差値30~40)はそれぞれ1割強(13.55%)で、「(広い意味での)中流」=平均値の2標準偏差以内に全体の95.4%が収まります。まさに、昭和の「1億総中流時代」です。

それに対して「ロングテール(べき分布)」の世界では、ほとんどのことはショートヘッドに集まりますが、恐竜の尻尾のようにテールがどこまでも伸びていって、「とてつもなく極端なこと」が起こります。その典型がインターネットで、大半のホームページはたいしたアクセスがない一方、Yahoo!やGoogle、Facebookのような少数の「ロングテール」に膨大なアクセスが集中します。

下図では、ベルカーブの「中流」が崩壊して、ショートヘッドの「下級国民」とロングテールの「上級国民」に分断されています。これが「前期近代(ベルカーブ)」から「後期近代(ロングテール)」への移行です。

ここで重要なポイントは、ロングテールの世界では、「テール(尻尾)」が右に伸びれば伸びるほど「極端なこと」がたくさん起きるということです。

世界一の大富豪はアマゾン創業者のジェフ・ベゾスで、その純資産は1310億ドル(14兆4100億円)ですが、ロングテールの右端に1人だけぽつんといるわけではありません。2位は純資産965億ドル(10兆6150億円)のビル・ゲイツ、3位は840億ドル(9兆750億円)のウォーレン・バフェットで、ベルナール・アルノー(LVMH〈モエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループ〉会長)、カルロス・スリム・ヘル(メキシコのコングロマリット創業者)、アマンシオ・オルテガ(ZARA創業者)、ラリー・エリソン(オラクル創業者)、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)などが続きます。

日本では柳井正氏(146億ドル)、孫正義氏(117億ドル)がロングテールの右端で、滝崎武光氏(キーエンス名誉会長)、三木谷浩史氏(楽天創業者)、森章氏(森トラスト社長)らが続いています。

このように、グローバル世界が拡大し、とてつもない大富豪(ロングテール)が登場することによって「テール」は右に大きく伸び、「上級国民」全体の富は増えていきます。その結果、アメリカではおよそ10世帯に1世帯(10%)がミリオネア(金融資産100万ドル以上)となり、日本でもおよそ20世帯に1世帯(5%)が「億万長者」です。「上級国民」と「下級国民」の分断は、社会全体がゆたかになることの代償なのです。

ロングテールの世界(複雑系)を発見した数学者のブノワ・マンデルブロは、50年以上前に資産がベキ分布することを指摘していました。資産とは日々の収入を積み立て、運用した結果ですから、わずかな収入の差が何年、何十年と継続するうちに蓄積され、「格差」はどんどん開いていくのです。

私たちは無意識のうちに、「ベルカーブの世界」を正常、「ロングテールの世界」を異常と思っていますが、これはまちがいで、(マンデルブロがいうように)ロングテール(複雑系)こそが世界の根本法則です。

それではなぜ、戦後の日本に代表されるように、先進国はどこも(それなりに)ベルカーブの世界を実現できたのでしょうか。その理由を解き明かしたのが、アメリカの歴史学者ウォルター シャイデルの『暴力と不平等の人類史: 戦争・革命・崩壊・疫病』(東洋経済新報社)です。

シャイデルはこの大著で、人類史に「平等な世界」をもたらした4人の「騎士」を取り上げています。それは「戦争」「革命」「(統治の)崩壊」「疫病」です。二度の世界大戦やロシア革命、文化大革命、黒死病(ペスト)の蔓延のような「とてつもなくヒドいこと」が起きると、それまでの統治構造は崩壊し、権力者や富裕層は富を失い、「平等」が実現するのです。

そのように考えれば、戦前までは「格差社会」だった日本が戦後になって突如「1億総中流」になった理由がわかります。ひとびとが懐かしむ「平等な社会」は、敗戦によって300万人が死に、国土が焼け野原になり、アメリカ軍(GHQ)によって占領された「恩恵」だったのです。

シャイデルは、人類史において、「4人の騎士」がいなければ社会の格差は開く一方だといいます。私たちが目にしているロングテールの世界は、戦後の「とてつもなくゆたかで平和な時代」が生み出したものなのです。

「いかなる犠牲を払っても平等な世界を実現しなければならない」と主張するひとは、その前にまず社会全体を「破壊」しなければなりません。シャイデルによれば、そのもっとも効果的な手段は「核戦争」です。

たしかに映画『マッドマックス』の世界では、ひとびとはいまよりずっと「平等」でしょう。