なぜ誰も原発賠償請求の利益相反を問題にしないのか?

東京電力の原発事故賠償請求手続きが批判を浴びている。賠償請求の案内書だけで160ページもあり、専門用語満載で、弁護士出身の枝野経産大臣ですら「私でも無理」と評した。

なぜこんなことになってしまうかというと、東京電力に損害賠償手続きの経験がほとんどないからだろう。そこで法律の専門家に任せるほかなくなり、紛争を避けるために細部を詰めていくと、結果として誰も理解できないようなものが出来上がってしまった。

批判を受けた東京電力は、説明会に対応する人数を増やすほか、申請が滞る被災者には東電の担当者が戸別訪問して記入を手伝うなどの追加対策も検討しているという。

でもこれは、ちょっとおかしくないだろうか。

東京電力というのは福島原発事故の加害者だ。その加害企業が、自ら被害者のところに足を運んで、損害賠償請求のやり方を指導するのだという。いうまでもなく、これは典型的な利益相反だ。

被災者にとっての利益は、失った損失の全額を東京電力から補償されることだ。営利企業である東京電力にとっての利益は、損害賠償の請求額をできるだけ少なくすることだ。だったら、東京電力の社員である説明員は、どちらの側に立つのだろう。

私は、東京電力が意図的に過少請求を画策しているといいたいわけではない。だが利益相反の構図があまりにも明白である以上、被災者の不信感は解消しないだろう。実際、新聞には「だまされそう。安易に提出したくない」との被災者の声が掲載されている。

では、どうすればいいのだろうか。ここで今後の議論のために、私案(というか、思いつき)を述べてみたい。

被災者の大半はこれまで損害賠償請求などしたことのないひとたちで、高齢者も多い。どれほど懇切丁寧な説明を受けたとしても、その全員が、原発事故による実損害や逸失利益、精神的慰謝料などを正確に計算して請求できると考えるのはあまりにも現実離れしている。だからここで必要とされているのは、被災者の側に立って東京電力に賠償請求するプロの代理人だ。

そこで弁護士や司法書士、税理士、公認会計士、あるいは認定されたNPO団体などが、被災者の代理人として賠償請求を請け負えるようにする。報酬は着手金と成功報酬で、着手金(たとえば5万円)は、被災者が代理人契約を結んだ時点で東京電力(あるいは原子力損害賠償支援機構)から支払われるようにする。これなら被災者の負担はないから、誰でも気軽に利用できるだろう。成功報酬は、弁護士規定に基づいて、受け取る賠償額によって料率を決めておけばいい。

ところで、この方法で賠償請求が簡素になっても、もうひとつ大きな問題がある。現行の手続きでは、加害企業である東京電力が申請を査定・審査することになっているのだ。

このことから当然、次の2種類の混乱が予想される。

ひとつは、東京電力が損害賠償の金額を抑えるために審査や査定を厳しく行なう可能性。たとえ東京電力の担当者が(主観的には)公正に審査・査定したとしても、その可能性が誰にでもわかる以上、金額に不満をもつ請求者は容易には納得しないだろう。

その結果、紛争調停機関に持ち込まれる案件が増え、それでも解決しなければ裁判を起こすしかない。これは、被災者にとっても大きな負担だ。

もうひとつは逆に、加害企業ということで、東京電力の担当者が過大な請求を厳しくチェックできない可能性。それによって賠償金額が膨らめば、最終的には電気料金や税金のかたちで国民の負担になるのだから、「請求された分だけ払えばいい」とかんたんにいうわけにはいかない(それに、真面目に請求したひととのあいだの不公平感も深刻だ)。

この問題を解決するには、賠償請求の審査・査定を東京電力から切り離すしかない。日本の企業でこうした経験を持っているのは損害保険会社しかないのだから、原子力損害賠償紛争審査会のガイドラインに基づいて審査・査定の基準を明確にしたうえで、大手損害保険会社に業務をアウトソースするのはどうだろう。これなら、東京電力が賠償金額を決めるより、被災者の納得感はずっと高いはずだ(損害保険会社は自分のお金を払うわけではないから、請求額を減額するインセンティブは持たないが、明らかな過剰請求を認める理由もないから、マニュアルに沿って機械的に処理しようとするだろう)。

そもそも原発事故の賠償請求手続きというのは、東京電力の社内に中規模の損保会社を立ち上げるくらいの大きな仕事だ。電力会社の社員にはそんな仕事の経験は皆無で、さらにはリストラを迫られるなか人材を外部から補強することも禁じられている。これで、なんのトラブルもなく整然と賠償金が支払われると考えるほうがどうかしている。

被災者の賠償請求が本格化する前に、政府はこの利益相反をちゃんと解決すべきだ。