第15回 金融税制、あちこちに落とし穴

中学校の林間学校でちょっとしたいたずらをした。脇道に落とし穴を掘って、「近道はこちら」の札を立てておいたのだ。そしたら最初に引っかかったのが強面(こわもて)の体育教師で、ぼくたちは強烈は往復びんたをくらった。

なぜこんなことを思い出したかというと、日本国も金融税制で同じことをしていると気づいたからだ。

誰でも知っているように、日本の投資課税は複雑怪奇だ。

個人と法人は同じ「ひと」だが、金融所得に対する課税方法がぜんぜん違う。

法人は総合課税で、すべての損益を合算して税額が決まる。投資で儲かっても本業が大赤字なら税金はゼロで、おまけに損失は翌年度に繰り越せる。逆に本業で儲かっても、投資の含み損を実現すれば納税額は減る。

それに対して個人は、総合課税と分離課税が混在している。

預貯金の利子や債券の配当は20%の源泉分離で課税が完結する。一方、株式の配当は原則10%の源泉徴収課税だが、確定申告で総合課税にすることもでき、さらに申告分離課税で株式の譲渡損と損益通算してもいいのだという。

これだけでも頭がくらくらしてくるのに、投資商品の譲渡益(売却益)になるとさらにわけがわからなくなる。

国内証券会社で上場株式を取引すれば10%の申告分離課税だが、非上場の株式や海外証券会社の取引にはこの特例は適用されず税率は20%だ。さらには10%の軽減税率は2011年までで、その代わり日本版ISAという非課税口座が創設され、3年間で最大300万円までの元本に対する配当・譲渡益を10年を期限に非課税にするのだという。

国債など債券の譲渡益には税金がかからず、一見シンプルに思えるが、外国債の場合はそうはいかない。

1ドル=90円で外貨預金をして、1ドル=100円で解約すれば為替差益が雑所得として課税される。だがそれと同じときに米国債を購入し、売却して為替差益を得たとしても税金を払う必要はない。なぜなら債券の譲渡益は非課税で、為替差益も譲渡益の一部と見なされるからだ。ところが外国債を満期まで保有すると譲渡益はなくなって、為替差益に課税されてしまう……。

実はこれは個人に対する投資課税のほんの基本で、これに投資信託や生命保険、FX、日経225先物などのデリバティブ、海外での金融取引などが加わると話は輪をかけて混乱し、専門家でも戸惑うほどだ。ぼくがちゃんと理解できていないとしても、ぼくのせいではない。

いうまでもないことだけれど、投資家が自由な立場で金融商品を取引するためには、投資課税は中立でなくてはならない。ところが現実には、税制の歪みによって、あちこちに「近道はこちら」の札が立てられている。いまの制度は、明らかに株式・債券投資に有利にできている。財政赤字が拡大すれば、そのうち非課税国債のようなものが登場するかもしれない。

立て札にだまされて、穴に落ちなければいいのだけれど。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.15:『日経ヴェリタス』2010年8月22日号掲載
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