第19回 レジ袋代2円払うのは嫌 (橘玲の世界は損得勘定)

スーパーにはあまり買い物に行かないのだけれど、ずいぶん前からエコバッグ・キャンペーンをやっていることは知っていた。会計のときに「レジ袋は不要です」というと、代金から2円引いてくれるのだ。

私はたいてい買ったものをバックパックに放り込んでしまうのだが、見ているとエコバッグを持参しているのはごく少数で、大半のひとは当然のようにレジ袋を使っていた。わずか2円を節約するために特別なことをしようなどとは思わないのだ。

ところが先日、久しぶりにスーパーに行って驚いた。レジに並んでいるほぼ全員が、エコバッグを持っていたのだ。いったいなにが起きたのだろう?

顧客にエコバッグを持参させるもっともかんたんな方法は、レジ袋の代金を値上げすることだ。レジ袋を1枚100円にすれば、お金を払ってまで買うひとはいなくなる。しかしこれでは、顧客からの反発は避けられないだろう。

スーパーは、レジ袋の代金を2円のままにして、ちょっとした工夫で“奇跡”を実現した。レジの手前に袋を置き、必要なひとは自分で買い物カゴに入れてもらうことにしたのだ。

会計のときは、レジ袋1枚につき2円を加算する。袋をもらえなくて戸惑っているひとには、「1枚2円になりますけどよろしいですか?」と訊く。そうするとほとんどのひとが、しばらく逡巡したあと、「それならいいです」とこたえ、品物をバッグに詰め込むのだ。

よく考えると、この行動は経済合理性では説明できない。これまでレジ袋代2円を引いてもらう機会を無視していたのだから、2円を追加で払ったとしても同じことだ。ところが、「2円得する」ことにまったく興味のなかったひとが、「2円損する」と気づいたとたん、行動が変わってしまう。

このような不思議なことが起こるのは、ヒトが得よりも損に敏感に反応するよう「設計」されているからだ。私たちの祖先は、ライオンの前でのんびり日光浴をする「楽観論者」ではなく、いつも最悪の事態を予想して不安げにあたりを見回す「悲観論者」だった。

1年間に100回スーパーに行くとしても、レジ袋代は200円にしかならない。年200円の節約のためにブランドもののエコバッグを買うのは経済学的には不合理だが、目の前のわずかな損失を回避しようと努力するのは“進化論的”にはきわめて合理的なのだ。

スーパーの実験は、ほんのすこしの工夫でひとびとの行動を変えられることを示している。

エコバッグを持参したひとは、「2円の損失を回避する」という自分の判断を正しいと感じて満足するだろう。自分がスーパーに“操られた”などとは思いもしないはずだ。

同様のささやかな工夫によって、私たちはこの社会をほんのすこし暮らしやすくできるかもしれない。それはすべての問題を解決する魔法の鍵ではないけれど、もっとも現実的な「希望」なのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.19:『日経ヴェリタス』2012年8月19日号掲載
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