「お知らせメール」登録をバージョンアップしました

こんにちは。

新刊が出たときに登録者の方にメールでお知らせする「お知らせメール」をバージョンアップしました。

お知らせメール登録

これまでは、個人情報ということもあり、メールアドレスのみを登録していただいていたのですが、メールをお送りする以上、やはりお名前を入れるのが礼儀ではないかと思い直し、「お名前」欄を追加しました(ペンネーム可、空欄でも構いません)。

すでにメールアドレスを登録していただいている方で、今後は名前入りのお知らせメールを受け取りたい方は、ご面倒ですが、お名前を記入の上、再度、メールアドレスを登録してください(重複したアドレスは自動削除されます)。

よろしくお願いします。

PS ソフトの入れ替えにともない、一時、コメントが書き込めない状態になっていました。現在は不具合は解消しています。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。

第21回 手厚い看護サービスの代償 (橘玲の世界は損得勘定)

母が狭心症で入院した。たいした自覚症状はなかったのだが、掛かりつけの医者に勧められて検査したところ、心臓の血管が詰まっていることがわかって、カテーテルとバルーンで拡げることになったのだ。

医師の説明では、1時間半ほどの簡単な手術で、前後を入れて3日の入院で済むはずだった。ところが実際にやってみるとカテーテルがうまく入らず、血管が破れて出血したり、血栓ができたり、けっこう大変なことになって手術が終わるまで4時間近くかかった。手術室から出てきた母はモルヒネで眠っていたが、最初のうちは部分麻酔で、血管に穴が開くところもモニタで見ていたというから、かなり怖い思いをしたらしい。

手術後は念のためにICU(集中治療室)に入ることになった。私は病院にほとんど縁がないのでICUもはじめてだが、10床のベッドは深夜や早朝に救急車で運ばれてくる患者で常にいっぱいだ。

当初はICUに1泊して一般病棟に移ることになっていたが、個室はもちろん相部屋にも空きがなく、けっきょくそこで3泊することになった。おかげで至れり尽くせりの完全看護をしてもらえたのだが、その間、病院は救急の患者を受け入れることができないのだから申し訳ないような気にもなった。

病院のスタッフと話していてわかったのは、いまやどれほどお金を持っていても個室に入るのはほぼ不可能ということだった。個室は1泊1万円から3万円まであるが、どこも順番待ちで、ほとんどの患者は相部屋で我慢するしかない。高齢の患者のなかには年金や保険でお金に不自由しないひとも多く、高い個室から埋まっていくのだ。

手術中に予想外のことが起きたからだろうが、医師は丁寧に経過を説明してくれて、看護士もみな気を使ってくれた。そんな医師や看護士が急患に声をかけながら廊下を走るのを見ると、日本の医療現場は大変だとつくづく思う。

私は日本の医療従事者の善意を疑うものではないが、しかしこうしたサービスが医療保険制度に支えられていることも間違いない。70歳以上の高齢者は医療費1割負担で、なおかつ一定額を超える高額療養費は国が支払ってくれる。だったら、できるだけ親切丁寧な医療をした方が病院も患者もハッピーだ。

アメリカでは、短時間の手術なら、その日の朝に入院して夕方には自宅に戻る。医療費の高騰で、安易な入院を保険会社が認めないからだ。

そんな「利益優先」の医療に比べれば、日本的な手厚い看護の方がずっといいと誰もが思うだろう。だがサービスの質を上げすぎたために、医療従事者の仕事が過重になっていることはないだろうか。

退院のときに、領収書をもらった。計7日間の入院で、自己負担は6万8000円。それに対して、病院に支払われる医療費の総額は200万円だった。

母を大切に扱ってくれた病院にはなんの不満もないが、このような制度がいつまで続けられるのか、正直、不安になった。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.21:『日経ヴェリタス』2012年9月30日号掲載
禁・無断転載

日本はスピリチュアル社会になっていく? 週刊プレイボーイ連載(69)

まず、次の3つの質問に答えてください。

  • A 悪いことをしたらバチが当たると思いますか?
  • B 良い行ないをしたときも、悪い行ないをしたときも、神や仏はこれを知っていると思いますか?
  • C 悪いことをすれば、たとえその人に何事もなかったとしても、その子や孫に必ず報いがあるという言い伝えがあります。あなたはそう思いますか?

おそらくあなたは、いくつかの質問に「いいえ」と答えたでしょう。

次にこの質問を、1976年と2005年の日本人に訊いたとしたら、どのような結果になるか想像してください。

世代が変わるにつれて、「はい」と答えるひとの比率は少なくなると思ったのではないでしょうか。76年にこの調査を行なった研究者たちも同じです。「お天道様が見ている」と信じる素朴な道徳感情は、お金がすべてのドライな世の中では廃れていくにちがいないからです。

ところが30年後に同じ質問をしてみると、驚いたことに、「古いタイプの日本人」が急激に増えていることがわかりました。

76年と05年でそれぞれの質問に「はい」と答えた割合は、質問Aが6割と8割、質問Bが4割と6割、質問Cが3割と4割です。今では日本人の8割は、「悪いことをしたらバチが当たる」と考えているのです。

それ以外にも、この調査では法の融通性と厳罰志向について調べています。

法の融通性とは、「立入禁止の国有林で雑木を刈ってもいい」など、ケース・バイ・ケースで法を柔軟に適用すべきだという意見です。これも社会が「近代化(法化)」するにつれてルール重視に変わっていくとされていたのですが、実際には昔も今も日本人は、「契約は最初に厳密に決めておくほうがいい」ものの、「実情に合わなくなったらその契約は守らなくてもすむようにしてほしい」と考えています。

厳罰志向についての変化はより顕著で、76年には刑罰の厳しさが「ちょうど適当」と答えたひとが3割いましたが05年には1割に減り、代わりに「ややゆるすぎる」「ゆるすぎる」との回答が合わせて7割弱に増加しました。

1970年代にはパソコンもネットもありませんでした。世界がグローバル化してテクノロジーが進歩したにもかかわらず、神や仏を信じるひとが大幅に増えているのはおかしな気がします。

しかしこの謎は、かんたんに解くことができます。昔も今も、最初の3つの質問に若者は「いいえ」と答え、高齢者は「はい」と回答します。30年間の比率の変化は、日本の高齢化とまったく同じです。むかしは「合理的」だった若者も年をとると「素朴な道徳」を好むようになり、厳罰が当然だと主張するのです。

日本はこれから人類史上未曾有の高齢化社会に突入し、2050年には国民の4割が65歳以上になります。それがどのような世の中なのかは、この研究が教えてくれます。

高齢化社会とは、他人に厳しい「スピリチュアル社会」なのです。

参考資料:木下麻奈子「私たちの法への態度は、どのように変わったか」(2007)

 『週刊プレイボーイ』2012年10月1日発売号
禁・無断転載