マリファナも売春も合法化が進んでいる 週刊プレイボーイ連載(124)

アムステルダムに泊まったとき、部屋に置いてあった観光客向けのガイドブックに仰天したことがあります。そこは一流ホテルだったにもかかわらず、ガイドブックには「売春の仕方」や「マリファナの買い方」が載っていたからです。

よく知られているように、オランダでは売春とマリファナが合法化されています。

マリファナはコーヒーショップと呼ばれる専門店で購入でき、ヨーロッパじゅうから度胸試しの若者たちが集まってきます。とはいえマリファナの栽培や製造・販売がすべて合法化されているわけではなく、治安の悪化を懸念する声もあって試行錯誤が続いているようです(アメリカでも医療用大麻の合法化は進んでいますが、娯楽としての使用については意見が割れています)。

それに対して売春は世界的に合法化されつつあり、ドイツ、オランダ、デンマーク、ベルギー、スイス、オーストリアなどでは売春斡旋業(置屋)も認可制です。

売春合法化は女性の人権団体からも支持されています。国家が売春を犯罪化すると、反社会的集団にビジネスの余地が生まれ、売春婦(セックスワーカー)の労働環境が劣悪なものになってしまうからです。

売春合法化の流れは、90年代のエイズの蔓延で決定的なものになりました。禁止しようがしまいがセックスを金銭でやり取りするひとはいるわけですから、それなら認可制にして衛生管理やコンドームの使用を義務づけたほうが、当事者だけでなく社会全体の利益もずっと大きくなるのです。

もっとも売春をどこまで認めるかは国ごとに異なります。オランダでは赤線地帯に「飾り窓」と呼ばれる売春宿が並んでおり、顧客と直接、料金交渉をするシステムです(アムステルダムの飾り窓は観光客でものすごい賑わいです)。デンマークではサロンやマッサージ店で売春が行なわれ、オーストリアでは街娼にも営業免許が交付されます(売春を目的とした移民には「売春ビザ」が発行されます)。

スイスのチューリッヒでは街娼への苦情が増えたため、今夏から「売春ドライブイン」の実験が始まりました。道路脇の空き地を柵で囲んでセックスボックを並べ、警備員を常駐させて車に乗っているのが一人かどうかを確認するほか、売春婦が危険を感じたら警報ボタンで知らせることもできます。施設には医師や社会福祉士も常駐するといいます。

なかなかよく考えられた仕組みのように思えますが、当の売春婦は売上げの減少を恐れて利用を躊躇しているとのことで、みんなを納得させる売春制度というのはなかなか難しいようです。しかし世論調査でも、「売春は本人の自由で禁止はできない」と考えるひとが圧倒的で、政府や自治体も過度な規制をするつもりはないと述べています。

日本では大麻所持は覚醒剤と同様の犯罪で、売春も建前上は違法とされています。日本人はこれをまるで普遍的なルールのように思っていますが、暴力団の下で働かされている売春婦や、大麻でしか鎮痛作用を得られない患者の存在は無視されたままです。

世界の流れについていけずにガラパゴス化するのは、携帯電話だけではないようです。

  『週刊プレイボーイ』2013年11月18日発売号
禁・無断転載

そもそもメニューを信じる方がおかしい 週刊プレイボーイ連載(123)

 

食材偽装問題で阪急阪神ホテルズの社長が辞任を表明しました。当初は勘違いによる誤表示と説明していたものの、再調査によって従業員が虚偽表示と認識していたケースが見つかったのが理由です。

トビコ(トビオウの卵)をレッドキャビア(マスの卵)、体長200ミリを超えるバナメイエビを150ミリほどの芝エビと表示するなど、当初から「プロの料理人が間違えるはずはない」との疑問の声が出ていました。ホテル側の再調査は、食材の偽装表示が確信犯であったことを示しています。

この問題を受けて、ホテル側はメニューを正しい表示に変更しました。「鮮魚と六甲山ホテル自家製菜園野菜の天婦羅」が「海の幸と季節の野菜の天婦羅」に変わり、レトワール風オードブル ホテル菜園の無農薬サラダを添えて」がたんなる「レトワール風オードブル」になったのは、一部の魚が冷凍もので、菜園の野菜だけでは間に合わないときに市販のものを使用していたからだそうです。

変更前と変更後のメニューを見比べると、なぜ食材を偽装せざるを得なかったのかがよくわかります。「海の幸と季節の野菜の天婦羅」では近所の定食屋のようです。「レトワール風オードブル」はたんに店の名前を冠しただけですから、なんの説明にもなっていません。これでは高いお金を払っても、なんの有り難味もないのです。

世の中に食通を自慢するひとはたくさんいますが、私たちの味覚はけっこういい加減で、微妙な味の違いを判別することはできません。フランスワインの大がかりな偽装事件では、チリやアルゼンチンから安価な新世界ワインを仕入れ、ボルドーやブルゴーニュの有名シャトーのラベルをボトルに貼って大儲けしていた事件の主犯が、裁判の席で「ボルドーワインと新世界ワインの違いなんて誰にもわからない」と証言してしまいました。ソムリエはワインの味ではなくラベルによってグレードを評価していたのです。

一人数万円もする料理は、ミシュランの星のようなブランドと豪華な雰囲気、アワビやフォアグラなどの高級食材で正当化されます。とはいえ食材が高いのは稀少だからで、それが必ずしも美味しいとは限りません。いまの時期に高級日本料理店に行くと、松茸の吸い物、松茸の天婦羅、松茸ご飯などが次々と出てきますが、安くて美味しいキノコはほかにいくらでもあります。

プロの料理人は誰でも、味覚がイメージによって操作できることを知っています。そこでもっとも安価で効果的な方法として、「メニューを美味しそうに書く」ということが広まっていったのでしょう。

こうした戦略は軍拡競争と同じで、歯止めがきかないという特徴があります。いまでは居酒屋ですら、食材の産地や無農薬をアピールするようになりました。だったら高級レストランは、価格に見合ったより満足度の高いメニューをつくらなければなりません。

こうしてメニューの書き換えが日常化していったのだとすると、今回のトラブルが必然だったことがわかります。連日のように同様の食材偽装が明らかになっていますが、こんなことは当たり前で、「そもそもメニューを信用するほうがおかしい」ということなのでしょう。

  『週刊プレイボーイ』2013年10月11日発売号
禁・無断転載

理想は常に現実の前に敗れていく 週刊プレイボーイ連載(122)

 

11月22日から発売される年末ジャンボ宝くじの1等と前後賞を合わせた賞金が、これまでの6億円から7億円に引き上げられることになりました。宝くじの売上げが2005年度の約1兆1000億円をピークに頭打ちになり、このままでは自治体に十分な分配ができなくなるというのが理由です。

とはいえ賞金額が引き上げられても、売上げの5割という胴元の法外な取り分を減らすわけではないので、必然的に当せん確率は低くなります。いまですら宝くじで1等が当たる確率は交通事故で死ぬ確率より低いのですから、まともに考えればこんなものは買うだけ無駄です。こうした批判を意識してか、賞金額を10分の1にする代わりに当せん確率を10倍にした「ジャンボミニ」も発売するそうですが、売上増のためならなりふりかまっていられないという宝くじ関係者の気持ちが伝わってきます。

宝くじの売上げが低迷するのは、新興のサッカーくじに追い上げられているからです。

そのサッカーくじは、東京五輪開催決定を受け、競技場新設とスポーツ振興の掛け声のもとに、1等7億5000万円、当選者がいない場合のキャリーオーバーは最高15億円になることが決まりました。

日本の宝くじは期待値が5割以下で、世界でもっとも割の悪いギャンブルです。そのため経済学者はこれを「愚か者に課せられた税金」と呼んでいますが、この国では自治体関係者とスポーツ関係者が“愚か者”の財布を奪い合っているのです。

サッカーくじは今年12月から、Jリーグなどの国内リーグだけでなく、イングランド・プレミアリーグなど海外の試合も賭けられるようになります。これまでは3月から11月ごろまでしか発売できなかったものが、これによって通年販売が可能になり、売上げ1000億円を目指すのだそうです。

サッカーくじはファンが試合結果を予想して楽しむためのもので、ヨーロッパでは広く親しまれてきました。Jリーグが発足すると、「日本にサッカー文化を育成する」という大義名分で2001年からtotoの発売が開始されましたが、当初は売上げがまったく伸びませんでした。「試合結果を予想する」という仕組みが、一般の宝くじ愛好家にとってはただ面倒くさいだけだったからです。

そのためサッカーくじを運営する日本スポーツ振興センターは、03年に1等当せん金の最高額を6億円に引き上げたBIGを発売します。BIGはtotoと違ってコンピュータがランダムに試合結果を予想するので、買い手はなにもする必要がないのが特徴です。

BIGによってサッカーくじの売上げは大きく伸びましたが、「サッカー文化の育成」という当初の理念はどうなったのでしょうか。サッカーが好きなひとはtotoを選ぶでしょから、BIGを買うひとはJリーグにもヨーロッパサッカーにもなんの興味もなく、賞金額の大きさに射幸心を煽られているだけです。

宝くじの当せん金引き上げ競争は、いったんお金が入り既得権ができあがると、当初の高邁な理想などどうでもよくなることをよく示しています。もっとも“被害者”は愚か者だけなので、ほとんどのひとにとってはどうでもいいことでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2013年11月5日発売号
禁・無断転載