そもそもメニューを信じる方がおかしい 週刊プレイボーイ連載(123)

 

食材偽装問題で阪急阪神ホテルズの社長が辞任を表明しました。当初は勘違いによる誤表示と説明していたものの、再調査によって従業員が虚偽表示と認識していたケースが見つかったのが理由です。

トビコ(トビオウの卵)をレッドキャビア(マスの卵)、体長200ミリを超えるバナメイエビを150ミリほどの芝エビと表示するなど、当初から「プロの料理人が間違えるはずはない」との疑問の声が出ていました。ホテル側の再調査は、食材の偽装表示が確信犯であったことを示しています。

この問題を受けて、ホテル側はメニューを正しい表示に変更しました。「鮮魚と六甲山ホテル自家製菜園野菜の天婦羅」が「海の幸と季節の野菜の天婦羅」に変わり、レトワール風オードブル ホテル菜園の無農薬サラダを添えて」がたんなる「レトワール風オードブル」になったのは、一部の魚が冷凍もので、菜園の野菜だけでは間に合わないときに市販のものを使用していたからだそうです。

変更前と変更後のメニューを見比べると、なぜ食材を偽装せざるを得なかったのかがよくわかります。「海の幸と季節の野菜の天婦羅」では近所の定食屋のようです。「レトワール風オードブル」はたんに店の名前を冠しただけですから、なんの説明にもなっていません。これでは高いお金を払っても、なんの有り難味もないのです。

世の中に食通を自慢するひとはたくさんいますが、私たちの味覚はけっこういい加減で、微妙な味の違いを判別することはできません。フランスワインの大がかりな偽装事件では、チリやアルゼンチンから安価な新世界ワインを仕入れ、ボルドーやブルゴーニュの有名シャトーのラベルをボトルに貼って大儲けしていた事件の主犯が、裁判の席で「ボルドーワインと新世界ワインの違いなんて誰にもわからない」と証言してしまいました。ソムリエはワインの味ではなくラベルによってグレードを評価していたのです。

一人数万円もする料理は、ミシュランの星のようなブランドと豪華な雰囲気、アワビやフォアグラなどの高級食材で正当化されます。とはいえ食材が高いのは稀少だからで、それが必ずしも美味しいとは限りません。いまの時期に高級日本料理店に行くと、松茸の吸い物、松茸の天婦羅、松茸ご飯などが次々と出てきますが、安くて美味しいキノコはほかにいくらでもあります。

プロの料理人は誰でも、味覚がイメージによって操作できることを知っています。そこでもっとも安価で効果的な方法として、「メニューを美味しそうに書く」ということが広まっていったのでしょう。

こうした戦略は軍拡競争と同じで、歯止めがきかないという特徴があります。いまでは居酒屋ですら、食材の産地や無農薬をアピールするようになりました。だったら高級レストランは、価格に見合ったより満足度の高いメニューをつくらなければなりません。

こうしてメニューの書き換えが日常化していったのだとすると、今回のトラブルが必然だったことがわかります。連日のように同様の食材偽装が明らかになっていますが、こんなことは当たり前で、「そもそもメニューを信用するほうがおかしい」ということなのでしょう。

  『週刊プレイボーイ』2013年10月11日発売号
禁・無断転載

理想は常に現実の前に敗れていく 週刊プレイボーイ連載(122)

 

11月22日から発売される年末ジャンボ宝くじの1等と前後賞を合わせた賞金が、これまでの6億円から7億円に引き上げられることになりました。宝くじの売上げが2005年度の約1兆1000億円をピークに頭打ちになり、このままでは自治体に十分な分配ができなくなるというのが理由です。

とはいえ賞金額が引き上げられても、売上げの5割という胴元の法外な取り分を減らすわけではないので、必然的に当せん確率は低くなります。いまですら宝くじで1等が当たる確率は交通事故で死ぬ確率より低いのですから、まともに考えればこんなものは買うだけ無駄です。こうした批判を意識してか、賞金額を10分の1にする代わりに当せん確率を10倍にした「ジャンボミニ」も発売するそうですが、売上増のためならなりふりかまっていられないという宝くじ関係者の気持ちが伝わってきます。

宝くじの売上げが低迷するのは、新興のサッカーくじに追い上げられているからです。

そのサッカーくじは、東京五輪開催決定を受け、競技場新設とスポーツ振興の掛け声のもとに、1等7億5000万円、当選者がいない場合のキャリーオーバーは最高15億円になることが決まりました。

日本の宝くじは期待値が5割以下で、世界でもっとも割の悪いギャンブルです。そのため経済学者はこれを「愚か者に課せられた税金」と呼んでいますが、この国では自治体関係者とスポーツ関係者が“愚か者”の財布を奪い合っているのです。

サッカーくじは今年12月から、Jリーグなどの国内リーグだけでなく、イングランド・プレミアリーグなど海外の試合も賭けられるようになります。これまでは3月から11月ごろまでしか発売できなかったものが、これによって通年販売が可能になり、売上げ1000億円を目指すのだそうです。

サッカーくじはファンが試合結果を予想して楽しむためのもので、ヨーロッパでは広く親しまれてきました。Jリーグが発足すると、「日本にサッカー文化を育成する」という大義名分で2001年からtotoの発売が開始されましたが、当初は売上げがまったく伸びませんでした。「試合結果を予想する」という仕組みが、一般の宝くじ愛好家にとってはただ面倒くさいだけだったからです。

そのためサッカーくじを運営する日本スポーツ振興センターは、03年に1等当せん金の最高額を6億円に引き上げたBIGを発売します。BIGはtotoと違ってコンピュータがランダムに試合結果を予想するので、買い手はなにもする必要がないのが特徴です。

BIGによってサッカーくじの売上げは大きく伸びましたが、「サッカー文化の育成」という当初の理念はどうなったのでしょうか。サッカーが好きなひとはtotoを選ぶでしょから、BIGを買うひとはJリーグにもヨーロッパサッカーにもなんの興味もなく、賞金額の大きさに射幸心を煽られているだけです。

宝くじの当せん金引き上げ競争は、いったんお金が入り既得権ができあがると、当初の高邁な理想などどうでもよくなることをよく示しています。もっとも“被害者”は愚か者だけなので、ほとんどのひとにとってはどうでもいいことでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2013年11月5日発売号
禁・無断転載

ティーパーティは“似非リバタリアン” 週刊プレイボーイ連載(121)

 

連邦債務上限引き上げをめぐる混乱で政府機関閉鎖という異常事態に陥ったアメリカは、ようやく民主・共和両党の合意が成立し、来年2月までの上限引き上げが決まりました。この混乱は、オバマケアと呼ばれる医療保険制度改革に反対する共和党強硬派が「米国債のデフォルト」を人質にとる危険な賭けに打って出たためで、この無謀な戦略は米国内でも厳しい批判を浴びました。

アメリカには国民皆保険制度がなく、自営業者や失業者など約5000万人が医療保険に加入していません。健康保険は主に企業を通じて加入するため、リストラなどで職を失ってしまうとたちまち医療費の支払いに窮するようになり、破産や家庭崩壊という悲劇を招くことがずっと問題視されてきました。

オバマケアは国民皆保険の導入を断念する代わりに民間保険会社に肩代わりさせるもので、今後はすべての国民に保険加入を義務付けると同時に、保険会社は持病を抱えているひとの加入申請を断わることができず、1年間の医療費の自己負担にも上限が定められました。制度改革に必要なコストは、製薬会社など医療関連業界への課税と保険料の引き上げによって賄われることになっています。

共和党がオバマケアに反対するのは、「アメリカ建国の理念は自助自立で、国民皆年金も国民皆保険も不要」という政治理念を掲げているからです。これがアメリカの保守思想ですが、もっとも強硬なティーパーティのひとたちは「リバタリアン」とも呼ばれています。

ティーパーティの名は独立戦争のきっかけをつくったボストン茶会事件に由来し、「建国の理念に帰れ」という主張を象徴しています。リバタリアンは「自由原理主義者」のことで、国家(連邦政府)は個人の生き方や地域社会にいっさい介入すべきではないという、かなり極端な政治的立場をいいます。

ティーパーティは草の根的な政治運動で、参加者の多くは白人の中産階級です。彼らは貧しいひとたちに国家が施しを与えることで、自分たちの負担が増えることに激しく反発しています。彼らが既得権を守ろうとする保守(現状維持)派であることは間違いありませんが、果たしてリバタリアンなのでしょうか。

本来のリバタリアンは「原理主義者」なので、国家の介入を否定すると同時にすべての自由を熱烈に擁護します。リバタリアンからすれば、同性愛は個人の自由で、中絶は女性の基本的な権利です。しかしティーパーティのなかで、こうした政治的主張に共感するひとはごく少数でしょう。

同様にリバタリアンは、移民の自由を全面的に認めます。とはいえ、中南米やアジア、アフリカ諸国からよりよい生活を求めて膨大な移民がアメリカに押し寄せてくると、国家が彼らに年金や健康保険、生活保護などの社会保障を提供することは不可能になります。だからこそ「リバタリアン国家」は、すべての社会保障を廃止しなければならないのです。

ティーパーティも共和党保守派も、移民規制の強化を声高に主張しています。このことだけで、彼らが“似非リバタリアン”であることがわかるのです。

 『週刊プレイボーイ』2013年10月28日発売号
禁・無断転載