ジョン・コラピントの『ブレンダと呼ばれた少年』が再刊されることになって解説を書いたのですが、版元の事情で刊行されなくなったため、もったいないのでブログにアップします。古書はネットで購入可能です。
この本を再刊したいという版元さんがあったら、この解説を使っていただいてかまいません。
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“完璧な作品”というのは、本書のことをいうのだろう。ここでの“完璧”とは、主人公はもちろん、その両親、一卵性双生児の弟、男性器を失った赤ん坊に“性転換”手術をさせた高名な性心理学者など、すべての関係者にインタビューし、心理療法の面接記録なども活用して、著者の想像を加えることなく事実を積み重ね、作品をつくり上げていることだ。
これは、ノンフィクションとして(とりわけ本書のような“悲劇”では)稀有なことだ。重要な人物(加害者や被害者)が証言を拒否することもあれば、そもそも当事者が死亡していることもある。多くのノンフィクション作家は、このような得難い事例に遭遇することなくキャリアを終えていくのだから、これが著者にとって最初の(そして現在まで唯一の)ノンフィクション作品というのは、信じがたい幸運というほかない。
だがこれは、著者のジョン・コラピントを貶めているわけではない。この幸運を逃さず、徹底した取材を行ない、男として生まれ、少女として育てられ、男に戻るというブレンダ/デイヴィッドの数奇な運命を見事に描き切ったことに、その傑出した才能がいかんなく示されている。
だがこの作品がいまも欧米で繰り返し参照され、今回、日本でも復刊されることになったのには、たんに「傑作ノンフィクション」という以上の意味がある。LGBTIQ+と総称される性的マイノリティのうち、本書はインターセックス(性分化疾患〈DSD〉)とトランスジェンダーについての議論に大きな示唆を与えているからだ。 続きを読む →