謹賀新年

明けましておめでとうございます。

今年が皆さまにとってよい年でありますように。

私事ですが、懸案だった小説を昨年末に脱稿し、今春には刊行できる予定です。

前作『永遠の旅行者』から8年も経ってしまいましたが、ようやく肩の荷が下りた感じです。

昨年は私としては慌しい日々でしたが、今年はもうすこし腰を落ち着けて仕事をしたいと考えています。

今年もよろしくお願いいたします。

2014年元日 橘 玲

sahara
Sunrise@Sahara

第38回 来年も「良くも悪くもない」年か(橘玲の世界は損得勘定)

今回の原稿が今年の最終回なので、この1年を振り返ってみたい。

去年の今ごろは、アメリカの話題は「財政の崖」だった。民主・共和両党が合意できなければ1.2兆ドルもの歳出が強制削減されて、景気は崖から転落するように悪化していくと大騒ぎしていた。

この問題はオバマケア(医療保険制度改革)をめぐって再燃し、今年10月には政府機関閉鎖という異常事態を招いたが、心配されていた市場への影響はなく米国株は史上最高値を更新した。

ヨーロッパはギリシャ危機があとを引き、ユーロ解体論は沈静化したものの、誰もが暗い見通しを語っていた。

3月にはユーロ加盟国であるキプロスが金融機関の不良債権で財政破綻し、EUの支援と引き換えに大口預金者の資産が没収された。このとき、ドイツの株価が史上最高値を更新し、1ユーロ=140円を超えるユーロ高になると予想できたひとはほとんどいなかっただろう。イタリアやスペインの政治・経済は相変わらず不安定だが、ECB(ヨーロッパ中央銀行)がユーロの守護神となったことで国債価格は安定した。

中国は昨年11月に習近平政権が発足したものの、経済の減速が明らかになって、不動産バブル崩壊が危惧されていた。今年6月には短期金利が13%台まで跳ね上がり、「影の銀行(シャドーバンキング)」に世界の注目が集まった。

中国の地方政府が高金利で集めた資金を不動産開発に投入して債務を膨張させていることも、「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンが全国各地にできていることも間違いないが、大規模なクラッシュは起きず、今年も7.5%程度の経済成長を維持できた模様だ。

日本はというと、安倍バブルで右肩上がりに上昇した株価は1万5600円を超えたところで暴落し、6月には1万2000円台まで下がってしまった。これを見て「バブル崩壊」を囃す声もあったが、けっきょくは半年かけて1万5800円台まで達した。

こうして見ると、恐れていたヒドいことは起きなかったが、だからといって投資家にとってよい年だったともいえない。米株も日本株も年の後半には上昇が止まってしまった。金や原油などの商品にもかつての勢いはなく、投資家は仕方なしに国債を買っている(だから金利も低いままだ)。

長期で見ても事情は同じだ。

米国株は1980年から2000年までの20年間で10倍以上になったが、その後は13年かけて1.6倍にしか上がらない。年利回りで3.7%で、その間にリーマンショックがあったことを考えると、損はしないまでもけっして割のいい投資とはいえない。

もっとも、リーマンショックの直後には「グローバル資本主義は終わった」と叫ぶひとがたくさんいた。それがたった5年で回復したのだから、市場は強靭だったともいえる。

これからもしばらくは、「良くも悪くもない」こんな日々が続くんじゃないだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.38:『日経ヴェリタス』2013年12月22日号掲載
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今年の更新はこれが最後です。みなさまもよいお年をお迎えください。

ヨーロッパからの機上にて 橘玲

メディアによる“世論操作”も危険だ  週刊プレイボーイ連載(129)

日曜に繁華街を歩いていたら、鉦や太鼓の騒々しい音が聞こえてきました。なにごとかと思って見に行くと、特定秘密保護法に反対するひとたちのデモでした。といっても、拡声器や鳴り物で音は大きいものの参加者は50~60人ほどしかおらず、街はひとで溢れていましたが誰もが無関心に通りすぎていくだけです。原発事故直後の大規模なデモとは雲泥の差で、秘密保護法への国民の関心の程度がわかります。

そもそもこの法律は、安全保障にかかわる国家機密を漏洩した公務員への罰則を強化するためのものです。しかしこれではほとんどのひとにはどうでもいい話になってしまいますから、法案に反対するひとたちは、戦前の治安維持法を引き合いに出して、「あなたの生活が危険に晒されている」と主張しています。

新聞やテレビでは、「高校時代の同級生と居酒屋で酒を飲んだら特定秘密の話題が出て逮捕された」などの“想定事例”が紹介されていますが、ここまで拡大解釈するならば、警察や自衛隊も「国民を弾圧する可能性がある」として全否定しなくてはならなくなります。極端なネガティブキャンペーンの氾濫が冷静な議論を妨げているのはとても残念です。

朝日新聞は秘密保護法についての世論調査を実施し、「賛成21%、反対51%」と一面で報じました(12月8日朝刊)。記事にはアンケートの詳細が出ていますが、質問は次のようになっています。

「特定秘密保護法は、国の外交や安全保障に関する秘密を漏らした人や不正に取得した人への罰則を強化し、秘密の情報が漏れるのを防ぐことを目的としています。一方、この法律で、政府に都合の悪い情報が隠され、国民の知る権利が侵害される恐れがあるとの指摘もあります。特定秘密保護法に賛成ですか。反対ですか。」

この質問では、秘密保護法の意義を前段で紹介し、後段で反対派の主張を述べています。一見すると両論を併記しているようですが、これは自分の都合のいいように回答を誘導する典型的な手法です。

その理由は、質問の構成を逆にしてみればすぐにわかるでしょう。ひとは無意識のうちに前段を弱い(偽の)主張、後段を強い(正の)主張ととらえ、質問者の意図に添った回答をするのです。

同じの世論調査には、「この法律は、衆議院に続いて参議院の委員会でも与党が採決を強行しました。特定秘密保護法について与党が採決の強行を繰り返したことは問題だと思いますか。」のように、明らかに中立性に欠ける質問がほかにもあります。こうした手法は統計学者などから繰り返し批判されており、関係者には周知の事実でしょうから、これでは「見識」を疑われても仕方ありません。

秘密保護法についての世論を知りたいのなら、余計な注釈は付けず、「賛成ですか、反対ですか」と聞けばいいだけです。しかしそうすると反対が減って「よくわからない」という回答が増えてしまうので、こうした形式を採用したのでしょう。

反対派は秘密保護法が危険だと声を大にして主張しますが、メディアによるこうした“世論操作”も同じように危険なのです。

 『週刊プレイボーイ』2013年12月24日発売号
禁・無断転載