プレゼンテーションで他人を支配するのはかんたん? 週刊プレイボーイ連載(236)

民法の報道情報番組のメインキャスターに抜擢された“国際派経営コンサルタント”が学歴・経歴を詐称していた問題が波紋を広げています。所属事務所の社長が20年ほど前に、その特徴的な低音ボイスにほれ込んでDJとして契約したのがメディア業界で活動するきっかけとのことですから、声は天性のもので間違いないでしょうが、それ以外は生まれから容姿まで疑惑のオンパレードです。

この出来事を理解する興味深い心理実験があります。

アメリカの大学で、学生が短期間に教師の質を判断できるかを調べたところ、初日の授業の評価は学期末の平均的な評価とほぼ一致していました。学生は1回の授業だけで教師の優秀さを正確に見抜くことができる――というのが、この結果のもっともわかりやすい説明でしょう。

次に研究者は、授業体験をどこまで短くすると学生が判断できなくなるかを調べてみました。

人文科学、社会科学、自然科学の授業を録画し、それを各授業につき30秒(授業のはじまりと中ほどと終わりの部分をそれぞれ10秒ずつ)にまとめたところ、学生はその映像だけで有能な教授と無能な教授を見分けました。この映像から音声を取り去っても結果は同じでした。

研究者はさらに、各パート2秒の合計6秒の音声のない映像で試してみましたが、驚いたことに、この断片だけの映像から下した評価も学期末の(別の学生による)評価と一致していたのです。こうなってくると、学生がそもそも授業内容を正しく理解しているかもあやしくなってきます。この課題に挑戦したのが行動科学者のスティーブン・セシでした。

セシは、秋学期と春学期のあいだにプレゼンテーション・スタイルの研修を受けることにしました。そして周到な準備をして、(プレゼンテーション技術の低い)秋学期で教える内容と、身振り手振りや声の質・高低などのプレゼンテーションスキルを学んだ春学期の内容を、話す言葉から時間割、OHPのフィルムまですべて同じにしたのです。

各学期の終了後に学生が授業評価を行なったところ、秋学期のセシの授業は5段階評価で2.5と標準的でしたが、春学期ではいきなり4の高評価に変わりました。授業内容はまったく同じにもかかわらず、学生たちはプレゼンテーションのちがいだけで、セシに対して「熱意と知識を有し、他者の見解に寛容で、親近感があり、より整然としている」という印象を抱いたのです。

現在ではさまざまな心理実験によって、ひとが第一印象に強く拘束され、それをかんたんに修正できないことがわかっています。テレビのような映像メディアでは、“見た目”によって視聴者の評価をかんたんに操作できるのです。そう考えれば、生来の低音ボイスにハーフのような容姿、ハーヴァードのMBA、国際ビジネスマンの経歴を加えるというのは、きわめて効果的なプレゼンテーション戦略です。

ちなみに、セシが学期末のテストの成績を比較したところ、秋学期と春学期で両者に差はありませんでした。〝熱意あふれるセシ教授〟に教えられた学生は満足したかもしれませんが、それは「多くのことを学んだ」と感じただけだったのです。

参考:マシュー・ハーテンステイン『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』

『週刊プレイボーイ』2016年3月28日発売号
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理屈をいう前に、まずは保育園の送り迎えから 週刊プレイボーイ連載(235)

子育てをしたのはだいぶ前のことですが、ゼロ歳のときから共働きで、月~金のうち2日は私が保育園に迎えにいくことになっていました。公立の保育園は9時から5時までで、前後に1時間延長が認められていました(*)。朝8時に子どもを預けると、5時に迎えにいくためには4時過ぎに会社を出なくてはなりません。これでは正社員の勤務は無理なので、子どもが小学校に上がるまではフリーランスで働いていました。

日本では共働きでも夫が正社員、妻がパートがほとんどで、その保育園では父親が迎えに来るのは私だけでした。「保育園落ちた日本死ね」のブログをきっかけに政治家や識者がいろんなことをいってますが、違和感があるのは、このひとたちのほとんどが保育園を利用した経験がないからでしょう。

待機児童の解消が重要なのは当然ですが、保育園の数を増やしただけでは問題は解決しません。当時、いちばん困ったのは子どもが頻繁に発熱することでした。ほとんどは些細なことですが、保育園では園児の健康に責任がもてないので、37度5分を超えると親に連絡して引き取ってもらうことになっていました。この「お迎えコール」はきわめて厳格で、仕事が忙しいから早引けできない、というのは許されません。私はポケベルをつけて(当時はまだ携帯がなかったのです)、それが鳴ると5分以内に折り返し電話をかけ、「子どもが熱を出したので帰ります」といって駅まで走りました。こうした事情はいまでも変わっていないでしょう。

子どもが小学校にあがると学童保育で預かってもらいましたが、そこで感じたのは、日本の社会では専業主婦が“正常”で、「共働きは特別な事情がある家庭」と扱われていたことです。すでに欧米では共働きが常識になり、専業主婦は「障がいなどの理由で働けないひと」と思われていたのに。

会社も同じで、正社員を長時間拘束することで仕事が成り立っているため、午後4時になると「保育園に子どもを迎えにいきます」と帰ってしまう人間を「正規のメンバー」にすることはできません。私の場合は珍しがられていただけですが、女性の場合、この同調圧力ははるかに強いものがあるはずです。

安倍政権は「女性が輝く社会」を掲げていますが、そのためにはまず「正社員+専業主婦」という日本社会の根本構造を変えなくてはなりません。フルタイム(正社員)とパートタイム(非正規)で異なる待遇は、国際社会では「身分差別」として禁止されています。オランダなどでは労働者がライフステージに合わせて勤務形態を選ぶことができ、パートタイムも「正社員」と扱われます。これなら堂々と4時に退社できるし、子育てが一段落すればフルタイムに戻ればいいだけです(早引けするときは自宅作業にすればいいでしょう)。働き方の仕組みを変えるだけで、共働き家庭の状況は劇的に改善するのです。

待機児童問題の背後には、正社員中心の日本社会の差別的な構造があります。しかし「保育園を増やせ」と叫んで安倍政権を批判するひとたちも、その大半は家事・育児を専業主婦に丸投げしてきた中高年の男性で、自分たちの既得権を手放す気はありません。立派なことをいう前に、まずは子どもを保育園に預け、送り迎えをやったみたらどうでしょう。

(*)30年近く前のことなので、現在とは保育時間などは異なります。

『週刊プレイボーイ』2016年3月22日発売号
禁・無断転載

第57回 節税対策 そう甘くない(橘玲の世界は損得勘定)

すこし前の話だが、タワーマンションの上層階をかなりのお金を出して購入したひとに話を聞いたことがある。彼は子どもがまだ小学生なのに、相続のことを考えて決断したのだという。

私がぽかんとした顔をしていると、彼はそれがどれほど有利な節税法なのか懇切丁寧に教えてくれた。

湾岸などに建てられた超高層マンションは、眺望のいい上層階ほど価格が高い。それに対して低層階は人気がないため、価格は近隣の物件と比べても安めだ。ところが相続税の算定基準となる「評価額」は階層で差をつけず、マンション全体の評価額を各戸の所有者で均等に分割することになる。

「同じ広さで、2階が2000万円で50階が1億円だとするでしょう。でも相続税評価額は、1億2000万円を2等分した6000万円なんです。そうすると、子どもに1億円相当の不動産を相続させても、税金を40%も節約できるじゃないですか」

私は話をうまく理解できず、彼に訊いた。

「だったら2階を購入したひとは、2000万円相当の物件を6000万円で評価されることになるんですよね。なんでそんな取引をするんですか?」

こんどは彼がぽかんとした顔をする番だった。そして「バカだからじゃないですか」といった。

でもこれは、もうちょっと経済合理的に説明できる。2階の物件は相続税の割増分だけ値引きされていて、50階の物件は節税分が価格に上乗せされているのだ。

もっと不思議なのは、彼の年齢を考えれば相続が30~40年先の出来事だということだ。明日どうなるかすらわからないのに、なぜそんな遠い未来を心配するのだろう。日本人の平均寿命からすれば、相続は70歳過ぎてから考えればじゅうぶんなのだ。

案の定、総務省と国税庁が「タワマン節税」を封じる検討に入ったと報じられている。実際の物件価格に合わせ、階によって評価額を増減するよう計算方法を見直すのだという。

節税法の多くは、税法の本則ではなく通則や通達を根拠にしている。これらは税務当局の腹積もりでかんたんに変更されてしまうから、それが永続することを前提とした相続税対策はもともと矛盾しているのだ。

世紀の変わり目の頃に、海外生命保険を利用した節税法が富裕層に流行した。死亡保険金は相続財産として非課税枠の特例が認められているが、これが適用されるのは日本で免許を得ている保険会社の商品だけだ。海外生保の保険金は、税法の本則に戻って、一時所得として課税される。ふつうはこんなことをしても意味はないが、保険金が巨額になると、非課税枠を放棄しても税率の低い一時所得で課税された方が有利になるのだ。

当時、日系カナダ人の保険代理店から熱心にこの節税スキームを勧められたときも、私は同じ疑問を抱いた。そして案の定、海外の保険金も国内と同様に扱われることになって、この節税法はなんの意味もなくなってしまった。――海外生保に加入したひとがその後どうなったのかは知らない。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.57:『日経ヴェリタス』2016年3月13日号掲載
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