消費税引き上げを延期しても家計が苦しくなる理由 週刊プレイボーイ連載(242)

2017年4月から消費税を10%に引き上げるかどうかが議論になっています。ここで、消費税が2%上がることと、それ以外の税・社会保険料のコストをざっと計算してみましょう。

年収300万円でかつかつの生活をしている若者で考えてみます。貯蓄の余裕はまったくないでしょうが、家賃には消費税はかかりません。アパート代を年80万円(月額約6万5000円)とすると、残りの220万円が消費に当てられます。税率8%なら消費できるお金は約204万円、税金は約16万円です。これが10%に上がると200万円+税20万円ですから年間4万円の増税になります(食品等には軽減税率が適用されます)。

それに対して所得税は、サラリーマンの場合、給与所得控除など各種控除を差し引いた課税所得約120万円に5%の所得税率が課されて6万円、住民税は東京都区部で約4万円で計10万円です。自営業者は仕事に必要な経費を差し引いて自分で課税所得を計算するのですが、ここでは同じ税額としましょう。

この若者がアルバイトなどで生計を立てていると、国民年金の保険料は月額1万6260円(平成28年度)なので、年19万5120円です。

国民健康保険は医療分・支援分・介護分(40~64歳)に分かれ、さらに均等割と所得割があって複雑なのですが、東京都区部の1人世帯では、概算で39歳以下なら年約18万円(40歳以上で約22万円)になります。ざっくりいうと、国民年金と国民健康保険で約37万円(40歳以上で約41万円)が徴収されるのです。

この負担をもういちど整理してみましょう。

年収300万円の自営業の場合、消費税負担が約16万円、所得税・住民税が約10万円、社会保険料(年金+健康保険)が約37万円(39歳以下)です。これをすべて足すと約63万円で、総収入(300万円)に対する負担率は21%。年収300万円のフリーターでも月約5万円を税・社会保険料として支払い、実際に生活費として使えるのは月額20万円弱しかないことになります。

こうして見ると、家計を圧迫しているのは「税金」以上に、年金・健康保険料なのは明らかです。そしてこの社会保険料は、気づかないうちにどんどん値上げされているのです。

国民年金は10年のあいだに17%以上も引き上げられました。国民健康保険は計算方法が複雑に変わっていますが、1990年代に比べてほぼ2倍になっています。こんなに負担が重くては、年金や健康保険料の滞納が増えるのも当然です。そのうえこの引き上げは、厚生労働省や自治体が国会などの審議なしに勝手に決めているのです。

だったら低所得者層の負担を減らせばいいのでしょうか。実はそうもいきません。高齢化で社会保障費用がどんどん膨らんで、日本の財政はにっちもさっちもいかなくなっているからです。ここでは自営業者を例にあげましたが、負担はサラリーマンの方がさらに重く、健保組合の保険料は9年連続の引き上げで負担増は5万円を超え、2020年にはさらに15万円増えると経団連は試算しています。

ひとびとは2%の消費税引き上げで大騒ぎしますが、不思議なことに、それよりさらに金額の大きな社会保険料についてはなにもいいません。たとえ消費税率を据え置いたとしても、社会保険料で毎年「増税」しているのでは、家計は苦しくなるばかりで景気がよくなるはずもないのです。

『週刊プレイボーイ』2016年5月16日発売号
禁・無断転載

いまでは恋愛は家族のイベント? 週刊プレイボーイ連載(241)

近所のレストランに行ったら、隣の席で家族連れらしき4人が食事をしていました。よくしゃべるお母さんがいて、その向かいに物静かなお父さん、10代後半の女の子と大学生のお兄さん、という組み合わせだと思ったのですが、聞くともなく話を聞いていると(というか、お母さんの声が大きいのでイヤでも聞こえてしまうのです)、食事を勧められている若者が「緊張してもう食べられません」としきりに謝っています。兄妹だと思ったらじつはカップルで、大学に入学したばかりの娘が、新しくできたカレシを両親に紹介していたのです。

いまの若いひとには珍しくないかもしれませんが、私の世代にとってこれは驚くべきことです。「恋愛は二人の関係」というのは常識以前の話で、結婚の約束をしたわけでもないのに親に会ってくれといわたら、絶句して即座に関係を解消したでしょう。

このエピソードを書いたのは、後日、さらに信じがたい話を聞いたからです。

ある母親(知人の知り合い)が、社会人になって3年目の娘から、「結婚を前提に交際しているカレがいるから紹介したい」といわれました。ところがその後、どういう理由かわかりませんがうまくいかなくなって、「別れたから会ってくれなくてもいい」となったそうです。ここまでならふつうの話ですが、それから2週間ほどして、母親のところに娘の元カレからメールが送られてきたといいます。

それはきわめて丁重な文面で、「娘さんと交際していましたが、自分の不徳で結婚にはいたりませんでした」とこれまでの経緯を述べたあと、最後に次のような文章が書かれていたといいます。

「今後、娘さんにつきまとったり、ストーカー行為をはたらくようなことはぜったいにありませんので、ご安心ください」

これにはさすがに仰天するのではないでしょうか。

なぜこんなことになったかというと、両親が娘に、「いちど決めた結婚の約束を解消するのだから、相手との関係をちゃんと清算しておきなさい」といったからのようです。社内恋愛とのことですから、これからも元カレに会社で会うわけで、親が心配をするのはわかります。

予想外なのは、娘と元カレの行動です。

親から説教された娘は、それをそのまま元カレに伝えます。「ちゃんとしてよ」といわれた元カレは、別れたカノジョの(会ったこともない)母親に当てて長文の謝罪と誓約(今後、ご迷惑はおかけしません)を書いたのです。

ここでもういちど私の世代の話をすると、つき合っているカレシやカノジョのことを親に話すなどということはあり得ないし、仮に親になにかいわれたとしても、それを相手に伝えるなど考えられません。ましてや、相手の親に手紙を書くなど想像をはるかに超えています。

これを聞いて思ったのは、日本の社会(の一部)では、恋愛は個人的なものから家族と共有する体験に変わっているのではないか、ということです。

いまでは大学の入学式に親が参加するのは当たり前で、新卒採用で保護者の意向を確認する「オヤカク」が企業のあいだで広がっているといいます。「個人からイエへ」という流れは恋愛だけでなく、日本社会は前近代へと回帰しているのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2016年5月9日発売号
禁・無断転載

女性はなぜあの時に声を出すのか? 週刊プレイボーイ連載(240)

近年では、さまざまな人間の行動を進化の産物として説明することが当たり前になりました。

私たちの祖先が生きてきた旧石器時代は糖がきわめて貴重で、幸運にも甘いもの(ハチミツなど)を見つけたら限界まで食べるよう進化してきました。ところがこれは、糖質の多いファストフードが容易に手に入る飽食の時代には破滅的な結果をもたらします。こうしてアメリカでは、貧困層の肥満が社会問題になる皮肉な事態が起きたのです。

このように進化論は強い説得力を持ちますが、ときにきわめて不都合な結論を導き出します。

哺乳類では、オスとメスの生殖のコストが大きく異なります。ヒトの場合、女性は妊娠から出産まで10カ月ちかくかかり、出産後も長期にわたって授乳させないと子どもは生きていけません。このような制約から、一生のあいだに産める子どもの数はおのずから決まってきます。

それに対して男性は、生殖にほとんどコストがかかりません。これがチンギス・ハーンから大奥まで、洋の東西を問わず権力者がハーレムをつくってきた理由で、子どもの数には物理的な限界がありません。

こうした生殖の非対称性から、進化論者は「オスはメスとの稀少な生殖機会をめぐってはげしい競争をしている」と考えます。この競争にはさまざまな方法がありますが(ゾウアザラシのオスは骨格の限界まで身体を巨大化させる)、ヒトの場合、権力闘争に勝ったオスが好みの(複数の)メスを手に入れる、との説が一般的でした。たしかにこれは、人間社会における男性の行動をとてもよく説明しています。

しかしこれでは、競争から敗れたオスは子どもをつくることができません。進化の狡猾なプログラムは「手段を問わず子孫(遺伝子のコピー)を残せ」と命じるのですから、すごすごとあきらめてしまうようでは40億年の生命の歴史を生き延びられなかったでしょう。

だとしたら、弱いオスはどうやって子孫を残してきたのでしょうか。その合理的な戦略のひとつがレイプです――ここであわてていっておきますが、これは私の意見ではなく進化心理学の標準的な学説です。そしてこれが、進化論が「陰鬱な学問」として評判が悪い理由になっています。

しかしここで、「ヒトのオスがレイプするように進化したというのはほんとうなのか」と疑問を持った研究者がいました。もしそうなら、女性にとって重要なのはレイプから身を守ることで、性行為に快感を覚える理由がないからです。

しかし実際には、男性の快感は射精とともに短時間で終わるのに、女性の快感は長くつづきます。これは「レイプ説」ではうまく説明できません。

さらなる不可解は、性行為のときに女性が声をあげることです。これは人類が長い期間を過ごした旧石器時代の環境を考えると、きわめて不合理です。当時は肉食獣がうようよしていたのですから、これではわざわざ「獲物はここにいる」と教えるようなものです。

それではなぜ、女性は生命の危険を犯してまでオルガスムで声を出すように進化したのか。ここから研究者は驚くべき仮説を提示しました……というような話を集めて、『言ってはいけない 残酷すぎる真実 』を出しました。興味を持ったら、つづきは本編でどうぞ。

『週刊プレイボーイ』2016年4月25日発売号
禁・無断転載