女性差別より「先輩に逆らえない」体育会系文化? 週刊プレイボーイ連載(466)

すこし前の話ですが、都内の有名私立大学でバレーボールのサークルに入っている女の子がアルバイトにやってきたので、みんなで歓迎会をすることになりました。

最近の学生事情などを教えてもらいながら楽しくおしゃべりして、私のワイングラスが空くと、その女の子がボトルをもって注ごうとしました。びっくりして「そんなホステスみたいなことしなくていいよ」といったのですが、きょとんとした顔をしています。

話を聞いてみると、大学の体育会系サークルでは後輩が先輩にお酌をする決まりになっていて、どこでもそうするのが当たり前だと思っていたといいます。「それっておかしいと思わないの?」と訊くと、「わたしはヘンだなと思ってたんですけど……」とのことです。

彼女は3年生で、4年生は就活で抜けるので、今年からサークルの最上級生です。そこで、「こんな封建時代みたいなことは自分たちの代でやめようって提案したらどう?」と訊くと、真顔で「そんなことぜったいできません」といいます。同級生はみんな2年間の下積み(召使い扱い)に耐えて、ようやく自分たちが「主人」に昇格できたのに、その既得権を放棄しろなどといったら仲間外れにされ、サークルにいられなくなるというのです。

サークルの飲み会は男女一緒のことも多いというので、「だったら男の先輩にもお酌するの?」と訊いたら、「それはないです」とのことで、男子サークルでは男の後輩が先輩の世話をするのだそうです。さすがに「一流大学」では、この程度まで男女平等が浸透してきたのでしょう。

そのとき思ったのは、日本社会の問題は「男性中心主義」というより(もちろんその影響が根強く残っているのはたしかですが)、「先輩―後輩の身分制」ではないかということです。

「リベラル」とされる新聞社や出版社のひとたちと話をする機会がたまにありますが、そんなときいつも不思議に思うのは、「彼/彼女とは同期で」とか、「2コ上/下で」という会話が当たり前のように出てくることです。

リベラリズムの原則は、「人種や性別、性的志向のような(本人には変えることのできない)属性で評価してはならない」です。年齢ももちろん、毎年1歳ずつ“強制的に”増えていく属性です。そのため欧米では、年齢での人事評価は「差別」とされ、応募書類には顔写真を貼るところも生年月日を記載する欄もありません。会社では、職階が同じなら20歳と若者と40代、50代のシニアは対等です(それが行き過ぎて、上司と部下も友だち言葉で話すようになりました)。

「同期の桜」という軍歌があるように、先輩―後輩の厳格な身分制は軍隊の階層社会の根幹でした。それにもかかわらず日本では、「軍国主義に反対する」はずのリベラルなひとたちですら、自分たちの組織の「軍国主義」を当然のように受け入れています。

オリンピック組織委員会の会長問題で日本社会のジェンダーギャップの大きさがあらためて浮き彫りにされましたが、その背景には、「先輩に逆らえない」という強固な体育会系文化があるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2021年3月1日発売号 禁・無断転載

格差問題を語る前に「公平」と「平等」を再定義しよう 週刊プレイボーイ連載(465)

新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に失業率が上昇しているにもかかわらず、金融市場は大賑わいで、GAFAなどプラットフォーマーが軒並み最高益を更新し、新興ゲーム会社の株価がSNSの投稿で乱高下し、イーロン・マスクのテスラが購入したビットコインなど仮想通貨の価格も上昇しています。その結果、経済格差はさらに拡大しており、今後、政治的な争点になるのは間違いありません。

ところで、格差の問題を考えるとき、いたずらに議論を混乱させるのは「公平(機会平等)」と「平等(結果平等)」がごっちゃになっていることです。ここではそれを50m競走で説明してみましょう。

「公平」とは、子どもたちが全員同じスタートラインに立ち、同時に走り始めることです。しかし足の速さには違いがあるので、順位がついて結果は「平等」になりません。

それに対して、足の遅い子どもを前から、速い子どもを後ろからスタートさせて全員が同時にゴールすれば結果は「平等」になりますが、「公平」ではなくなります。

ここからわかるように、能力(足の速さ)に差がある場合、「公平」と「平等」は原理的に両立しません。

このようなとき、5歳の子どもであっても、(足の速い子が1等になる)不平等を容認するのに対し、(足の遅い子が優遇される)不公平は「ずるい」と感じることがわかっています。人が理不尽だと思うのは「不平等」ではなく「不公平」なのです。

もしひとびとが富の分布の不均衡に反発しているのなら、20兆円を超える資産を持つイーロン・マスクは世界中から罵詈雑言を浴びているはずですが、4500万人を超えるツイッターのフォロワーの反応は圧倒的に賞賛と応援です。

これはひとびとが、「グローバル資本主義」の不平等を受け入れていることを示しています。だったら、格差の何が問題なのでしょうか。

ひとつは、競争の条件が公平ではないと感じているひとがいることです。

アメリカでは、奴隷制の負の遺産によって黒人に不公平な機会しか与えられていないとされる一方で、それを是正するためのアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)によって、白人労働者が不公平な競争を強いられていると主張するひとたちもいます。両者の意見は折り合わないでしょうが、自分たちが不公平の「犠牲者」ということでは一致しています。

もうひとつは、競争の結果は受け入れるとしても、その競争を強いられるのは理不尽だと考えるひとが声を上げはじめたこと。

私がテニスで錦織圭と、将棋で藤井聡太と競えば、100回やって100回とも負けるでしょう。私はその結果を不公平とは思いませんが、そのようなゲームを強いられたことはとてつもなく理不尽だと感じるでしょう。

このようにして、「資本主義」というゲームに同意なく参加させられることを不公平だとするひとたちが現われました。これが「レフト(左翼)」とか「ラディカルレフト(過激派)」と呼ばれるひとたちで、資本主義ではない「より人間らしい」経済制度を求めています。

このように整理すると、すくなくとも議論の第一歩にはなるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2021年2月22日発売号 禁・無断転載

わたしたちはステレオタイプなしで生きていくことはできない 週刊プレイボーイ連載(464)

新型コロナに翻弄される東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会ですが、こんどは森喜朗会長の「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」との発言に翻弄されています。翌日には「不適切な表現だった」と撤回・謝罪したものの、国際社会からも「女性蔑視」と見られており、オリンピック開催にさらなる暗雲が漂うことになりました(その後、森会長は辞任)。

発言の内容はたしかに問題ですが、すでにさんざん批判されているので、ここでは別の視点から考えてみましょう。

女性や移民・外国人、異なる人種や性的志向などの属性にネガティブなステレオタイプを当てはめることが「差別」です。森会長の発言は、「女性は話が長くて迷惑だ」と根拠を示さず(伝聞で)決めつけたのですから、差別・偏見と見なされてもしかたありません。

やっかいなのは、すべてのステレオタイプをなくせばいいわけではないことです。「リベラル」を自称するひとたちはそのように考えているかもしれませんが、もしそんなことになったら社会は大混乱に陥るでしょう。

多くのひとが集まる社会はとてつもなく複雑ですが、脳の認知能力には限界があります。人類が大半を過ごしてきた旧石器時代には、それにもかかわらず即座に判断・行動しないと生命にかかわるような場面がたくさんあったでしょう。そんなとき使われるのがステレオタイプ、すなわちパターン認識です。

奇声を発しながら近づいてくる見知らぬ男がいたとして、彼がどのような人物で、なにを意図してそのような行動をしているのかをじっくり観察していたら、あっという間に殺されてしまうかもしれません。そんなときはネガティブなステレオタイプをその男に当てはめ、即座に逃げ出した方が生存確率は高まります。

ところがその男は、友好的に交易を求めていて、異なる社会の言語で呼びかけていただけかもしれません。この場面を現代の価値観で判断すると、男を敵だと決めつけたのは「差別」で、じっくり話し合うのがPC(政治的に正しい)ということになるのでしょうが、人間はそんなふうに進化してきたわけでありません。

「俺たち」と異なる他者(奴ら)がどのような人物なのか(利益をもたらすのか、危険なのか)を短時間で判断するには、「型にはめる」以外にありません。このようにしてわたしたちは、乏しい認知能力の制約を補ってきたのです。

これが無意識の仕様であることは、森会長を批判するひとたちが、「老害」などといって高齢者へのネガティブなステレオタイプを平気で使っていることからも明らかでしょう。日常生活のほとんどはパターン認識で処理されているので、それなしには生きていくことすらできないのです。

だったらどうすればいいのか。それは上手に「空気」を読んで、ステレオタイプを当てはめてはならない場面で適切に振る舞うすべを学習することです(そもそも森会長は、「女は話が長い」などという話をする必要はまったくありませんでした)。これはますます「リベラル化」する現代社会に必須のスキルですが、83歳の老人にはいささかハードルが高かったようです。――おっと、これも典型的なステレオタイプですね。

『週刊プレイボーイ』2021年2月15日発売号 禁・無断転載