「子どもへの10万円給付」を不公平と批判するのは自分がもらえないから 週刊プレイボーイ連載(500)

自民・公明が衆院選で公約に掲げた「10万円給付」の評判がよくありません。当初、公明党が18歳以下への10万円相当の「一律給付」を強く求めたところ、「ばらまき」との批判が高まり、「年収960万円」の所得制限をかけましたが、「なぜ世帯合算ではないのか」とさらに批判が強まったのです。

もとをただせば、児童手当を含めて、日本の社会保障制度が「世帯主である夫が働き、妻が専業主婦で子供が2人」という「標準世帯」を前提にしている問題があります。共働きが当たり前になり、ひとり親家庭も増えてきて、「標準」世帯はいまや少数派になったものの、世帯主を基準にする仕組みは変わりません。

海外では、社会保障は「世帯単位から個人単位へ」が主流になりました。日本でもこのことはずっと指摘されてきましたが、現行制度が「専業主婦のいるサラリーマン家庭」に有利になっており、その既得権をいじりたくない(無用な反発を生みたくない)という政治的な理由でずっと放置されてきました。「世帯の所得を合算せよ」と主張するひとたちは、(たとえば)年金制度を個人単位に変えれば、専業主婦が追加負担なしで年金受給できる第3号被保険者制度が廃止なることもちゃんと言及すべきでしょう。

しかし、今回のメディアや“識者”の「ばらまき批判」への違和感は別のところにあります。安倍政権は昨年夏に、年齢や所得の制限のない「一律10万円給付」を行ないました。明らかな「ばらまき」ですが、そのときには今回のような騒動はまったく起きていません。だとしたらなぜ、「制限付きばらまき」だけがバッシングされるのでしょうか。

その理由は、与党の地方組織などに「なぜ子どもしかもらえないのか」という批判が殺到したという報道を見ればわかります。ひとびとの不満の理由は「夫婦ともに年収960万円のパワーカップルが給付金をもらえるのはおかしい」などという些末なことではなく、「自分がもらえないのはおかしい」なのです。

新聞もテレビも、いまや主な読者・視聴者は団塊の世代です。そのため、収入がまったく減らない年金受給者にまでばらまいた前回の「一律給付」に諸手をあげて大賛成し、「給付金が消費に回って経済が活性化する」と正当化しましたが、その後のさまざまなデータで、貧困層を除けば給付金は貯蓄に回ったことが明らかになりました。

驚くべきは、本来は「困窮世帯を手厚く支援せよ」と主張するはずの(自称)リベラルのメディアですら、一律給付のばらまきを支持したことです。「必要なひとに素早く支給するには一律しかなかった」などといわれますが、この主張は、公明党がひっくり返すまでは、安倍政権が減収世帯に30万円給付の準備をしていたという事実(ファクト)を無視しています。

ところが今回は、最初から年金世代が支給対象から外れたので、読者・視聴者に気兼ねせず気分よく政権批判ができるようになりました。とはいえ、さすがに「子どもだけがもらうのはおかしい」とはいえないので、「世帯所得」と「世帯主の所得」を持ち出して「ばらまき批判」を始めたと考えると、いま起きていることがすっきり理解できるでしょう。

【後記】その後、「子どもへの10万円給付」に対する批判は「クーポンの印刷費など事務経費が高すぎる」に変わりました。一方、岸田政権が補正予算に計上した「非課税世帯への10万円給付」は、18歳以下への給付を上回る1.4兆円が必要ですが、こちらは受給世帯の7割が65歳以上の年金受給者になると報じられています。「子どもへの給付」をさんざん批判した新聞やテレビが、自分たちの読者・視聴者が得をする「非課税世帯への10万円給付」を同じように「ばらまき」と批判できるかどうかで、ここで書いたことが正しいか間違っているかが検証できるでしょう。

参考:「10万円給付の住民税非課税世帯「65歳以上世帯が7割」の現実」

『週刊プレイボーイ』2021年11月29日発売号 禁・無断転載

イーロン・マスクの保有株売却は納税のため 週刊プレイボーイ連載(499)

資産30兆円と、人類史上未曾有の大富豪になったイーロン・マスクが、6000万人を超えるSNSのフォロワーに、自身が保有するテスラ株の10%を売却すべきかを問うアンケートを行ないました。結果は賛成57.9%、反対42.1%で、マスクは約束どおり保有株の売却を始めています。

背景には、「納税義務を果たしていない」との批判があります。それを、ウォーレン・バフェットとジェームズ・サイモンズという2人の投資家の比較で考えてみましょう。

バフェットはいわずと知れた「世界最高の投資家」で、割安な株を長期保有するバリュー投資で10兆円を超える資産を築きました。それに対してサイモンズは、投資会社ルネサンス・テクノロジーズに数学の天才たちを集め、“最強のヘッジファンド”メダリオンを生み出しました。

両者のパフォーマンスを比較すると、バフェットの運用会社バークシャー・ハサウェイは1965~2018年で年率平均20.5%という素晴らしい運用成績を達成しています。しかしルネサンス・テクノロジーズの平均リターンは、それを大きく上回る年率39.1%(1988~2018年)です。これによってサイモンズは大富豪になりましたが、その資産総額は200億ドル(約2兆2000億円)でバフェットの5分の1です。

なぜこんなことが起きるのかは、税制によって説明できます。

メダリオンはビッグデータから市場の歪みを瞬時に探り当て、小さな利益を積み上げていくクォンツ系ヘッジファンドの頂点です。いったん正しいアルゴリズムを(AIが)発見すれば、あとはなにもしなくても儲かるのですから、触れるものすべてを黄金に変えたギリシア神話のミダス王のようです。

しかしこのファンドには、じつは大きな制約があります。取引額が大きくなりすぎると、自分の注文で市場を動かしてしまうのです。そのためメダリオンの運用資産額は100億ドルで、これは10年ちかく変わっていません。

運用額に上限があることで、ヘッジファンドは利益をすべて市場に再投資することができず、投資家に返還しなくてはならなくなります。あまりに成功したメダリオンは、投資家をすべて追い出して、ファンドの保有者全員が社員という「秘密組織」になってしまいました。――その結果、サイモンズの個人資産(200億ドル)はファンドの運用総額(100億ドル)の倍になりました。

ヘッジファンドからは毎年、社員に巨額の配当が出ますが、それには税金がかかります。「年収10億円のヘッジファンドマネージャー」は強欲資本主義の象徴ですが、彼らは毎年、巨額の納税をしているのです。

それに対してバフェットは、株式を売却しないかぎり「含み益」に課税されないことを利用して、無税のまま複利で資産を運用できます。両者の「逆転現象」は税コストのちがいだったのです。

「資本主義のルールは公正ではない」とする左派(レフト)は、ようやくこのことに気づいて、「富裕層の含み益に課税すべきだ」と主張するようになりました。マスクはその批判にこたえ、保有株の一部を売却して納税することを選んだのです。

さて、他の大富豪たちはどうするのでしょうか。

参考:グレゴリー・ザッカーマン『最も賢い億万長者 数学者シモンズはいかにしてマーケットを解読したか』ダイヤモンド社

*ルネサンス・テクノロジーズの創業者James Simonsは日本では「シモンズ」と表記されていますが、彼の場合は「サイモンズ」の発音になるのでそれに合わせました。

『週刊プレイボーイ』2021年11月22日発売号 禁・無断転載

「自民は若者の党」「立民は高齢者の党」の不思議 週刊プレイボーイ連載(498)

コロナ禍のなかでの衆院選は、安倍―菅の「ネオリベ」路線から「新しい資本主義」へと看板を架け替えた自民党が、大物議員の落選はあったものの、単独で国会を安定的に運営できる「絶対安定多数」を確保しました。その一方で、議席増確実とされていた立憲民主党は逆に選挙前を下回り、敗北の責任をとって枝野代表が辞任しました。

出口調査からわかるのは、前回(17年)の選挙と比べて、立民が無党派層の投票を減らしたのに対し(30.9%から24.6%)、8.5%だった日本維新の会が20.9%へと無党派層から支持されたことです。選挙前は、「自助」を求める菅政権への反発から、(与党も含め)どの政党も「公助(分配)」を強調しましたが、こうした「ばらまき」から一線を画した維新が議席4倍増と躍進したのは示唆的です。

より興味深いのは年代別の投票傾向で、18~19歳は36.3%が自民に投票し、立民の17.2%の倍です。20代も36.7%が自民に投票しており、安倍政権以降、一貫して若者から安定した支持を得ていることがわかります。

それに対して立民は60代の31.4%、70代の35.6%が投票し、自民(60代30.5%、70代31.6%)を上回っていますが、10~30代ではいずれも20%に達しません。この結果をひと言でいうなら、「自民は若者の党」「立民は高齢者の党」になるでしょう。

保守主義は「今日は昨日と同じで、明日は今日と同じ」という思想で、「文化や伝統にはそれが生まれた必然(価値)があるのだから、むやみに変えてはならない」と考えます。それに対してリベラル(進歩主義)は、「今日は昨日よりもよく、明日は今日よりもっとよくならなければならない」という思想で、伝統を旧弊と否定し、大胆な改革によって「よりよい社会」「よりよい未来」を目指します。

歴史を振り返っても、既得権を守りたい高齢者は保守主義になり、失うもののない若者は改革を求めました。ところが日本では、「リベラル」を自称する政党が高齢者から支持され、「保守」とされる政党に若者が投票する逆転が起きています。若者にとっての「改革(リベラル)政党」は維新や自民であり、立民は「保守政党」 なのです。

この奇妙な現象は、日本社会における「リベラル」は高齢者の既得権を守ることだと考えるとすっきり理解できます。立民の支持母体である連合は労働者の団体ではなく、(中高年)正社員の「身分」を守るための組織です。だからこそ、正規と非正規の「身分格差」をなくそうとする「働き方改革」に頑強に抵抗し、「(正社員の)雇用を守れ」と大騒ぎしたのです。

いまや新聞・テレビの読者・視聴者の大半が団塊の世代の後期高齢者になりました。こうしたマスメディアが「リベラル」を自称し、「ネオリベ」的な改革に反対するのも、高齢者の利益に反する主張ができないからでしょう。

日本の政治における「保守」と「リベラル」の逆転は安倍政権の頃から指摘されてきましたが、いまだに自分を「リベラル」だと錯覚しているひとたちはこの事実を認めることができず、「リベラル政党」が若者から見捨てられている事実(ファクト)をなにかの「陰謀」だと信じているようです。

参考:「無党派層24%が立民」日本経済新聞2021年11月1日

『週刊プレイボーイ』2021年11月15日発売号 禁・無断転載