第103回 富める者が富む支援金「ガチャ」(橘玲の世界は損得勘定)

知人から「支援金ガチャに当たって100万円もらった」というラインがきた。最初は意味がわからなかったが、今年1月に募集が始まった「事業復活支援金」のことだった。

事業の趣旨は、コロナによって売上が減った個人事業主や中小事業者などの「復活」を支援することだ。それがなぜガチャ(開けてみるまで景品がわからないゲーム)になるかというと、過去3年間の同月比で売上を比較し、その差が大きいほど支援金の額が増えるからだ。

具体的には、2021年11月~22年3月のいずれかの月の売上を対象として、これを2018年11月~21年3月の同じ月の売上と比較し、その減少額の5倍が給付額になる。

給付の上限は、売上高減少率がマイナス50%以上だった場合、個人事業主が50万円、売上高1億円以下の法人が100万円、1億~5億円以下が150万円、5億円超が250万円だ(減少率がマイナス30%以上50%未満の場合はそれぞれ30万円、60万円、90万円、150万円)。

彼女の場合は自営業者の法人成り(マイクロ法人)で売上1億円以下なので、売上が50%以上減っていて、なおかつ差額が20万円以上の月の組み合わせが見つかれば100万円が給付される。その過程が、ガチャに当たるか外れるかのようなドキドキ感だったという。

もちろん支援金は、誰でも申請すればもらえるわけではない。というか、コロナ給付金の不正受給が社会問題になったことで、支給を受けるまでのハードルはかなり高くなっている。

まず、売上の減少はコロナの影響でなくてはならない。だが奇妙なことに、このルールでは前後の月の売上が増えていても、期間内の1カ月の売上が減ってさえいれば支援の対象になる(「当月に予定されていたイベントがコロナで中止になった」といった理由でいい)。

今回のいちばんのポイントは、申請にあたって、事前に登録機関の確認が必要になったことだろう。登録確認機関は商工会や農協などのほか、税理士・公認会計士・行政書士・中小企業診断士などの士業が含まれるが、原則として、過去1年以上継続して組合員として加盟しているか、顧問先でなくてはならない。

登録確認機関と継続的な関係にない場合は、確定申告書の控えや帳簿書類(売上台帳、請求書、領収書等)、銀行通帳などを揃えたうえで、オンラインか対面での面接を受けなくてはならない。

これらの煩雑な手続きは、行政が不正受給の責任を逃れるためなのだろうが、逆にいうと、これまで税理士・会計士を通じて申告・納税していれば面倒な手続きを簡略化できる。彼女の場合、顧問の会計事務所に登録確認機関になってもらったことで、自分では簡単な書類を用意しただけだという。

彼女の名誉のために強調しておくが、ここにはなにひとつ不正はない。とはいえ、この話を聞いていて、「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」というマタイ伝の言葉が脳裏をよぎった。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.103『日経ヴェリタス』2022年6月11日号掲載
禁・無断転載

「強すぎる言葉の呪い」が社会を蝕んでいる 週刊プレイボーイ連載(525)

強すぎる主張には呪いがかけられています。

ロシアの国営メディアはウクライナのゼレンスキー政権を「ナチ」と呼び、東部のドンバス地方ではロシア系住民の「ジェノサイド」が行なわれていると非難してきました。しかしこれをあまりに長く言い続けていると、「ロシア人が殺されているのに、なぜ放置しているのか?」と国民が疑問に思いはじめるでしょう。

もちろんプーチン政権は、こうした強い言葉をたんなるレトリックとして使っていたのでしょう。言葉によって大衆の感情を煽るのは、もっとも安上がりに支持を獲得する方法です。「まもなく世界の終わりがやってくる。破滅から逃れる唯一の道は私を信じることだ」というのは、古来、教祖(カルト)の常套句でした。

しかし、どのような予言もいずれ事実によって反証されることになります。ほとんどの新興宗教は、この壁を超えることができずに消えていきます。そして新たな予言者や陰謀論者が現われ、強い言葉によって信者を集め、予言が外れて混乱に陥り……というサイクルを繰り返すのです。

「言霊」が大きな力をもつのは、それを口にした者を拘束し、社会(共同体)に対して責任を負わせるからです。国家の指導者が「国民が虐殺されている」といえば、言霊によって、虐殺を止めるためになんらかの行動を起こさざるを得なくなります。軍事・国際政治の専門家ですら(あるいは専門家だからこそ)ロシアのウクライナ侵攻を予測できなかったのは、戦略的にはいくら不合理でも、プーチンにはそれ以外の選択肢がなくなっていたことを見逃したからでしょう。

さらに事態をこじらせるのは、自分(たち)が「善」で相手を「悪」とし、善が悪を強い言葉で糾弾することで、悪は自らの過ちを認めて悔い改めるはずだと信じていることです。そんなことがあり得ないのは、自分が「悪」として批判されたとき、どう感じるかを想像してみればいいでしょう。

国際芸術祭をめぐる愛知県知事へのリコール運動では、右派・保守派は典型的な「善(愛国)vs悪(反日)」の構図をつくりましたが、思ったほど署名が集まらなかったことで窮地に陥りました。善が悪に負けることは許されないからです。こうして現場責任者が追い詰められ、不正に手を染めることになったのでしょう。

もちろんこれは、左派・リベラルも同じです。キャンセルカルチャーとは、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)の基準を絶対的な正義とし、それに反した(と感じられた)個人を「差別主義者」と糾弾し、社会的に葬り去る(キャンセルする)ことです。この過程はいっさいの公的手続きを無視しているので、誤解によってキャンセルされた者は自らの「冤罪」を晴らす方法がありません。

それにもかかわらず、なぜ日本でも世界でも「善vs悪」の構図ばかりつくられるのか。その理由は、善の立場で正義を振りかざし、悪を叩きつぶすことで脳の報酬系が活性化し、大きな快感が得られるとともに自尊心が高まるからです。

アイデンティティをめぐる争いは(ほぼ)すべてこれで説明できますが、言霊の呪いが怖ろしいのか、口にするひとはほとんどいません。

『週刊プレイボーイ』2022年6月13日発売号 禁・無断転載

進化論的・生物学的に正しい「モテ」がいま必要とされている 週刊プレイボーイ連載(524)

両性生殖の生き物は、成長すると「つがい行動(mating)」を始めます。ヒトも例外ではなく、思春期を迎えるとともに幸福な子ども時代は終わり、性愛を獲得するための過酷な戦いに放り込まれます。

この時期の困難は誰もが経験しているでしょうが、性愛における男女の非対称性によって、まずは男が競争し、女が選択します。その後で、ヒエラルキーの上位を獲得した「アルファの男」をめぐって女が熾烈な競争をするのです。

人類は旧石器時代から、この「つがい行動」を文化によって管理してきました。若い男たちが稀少な女をめぐって暴力的に争えば共同体は崩壊し、他の部族によって皆殺しにされてしまいます。身分によって結婚する相手が決まっているというのは、競争圧力を緩和して平和裏に性愛を分配する典型的な方法です。

ところが、社会がゆたかで平和になるにつれ、共同体による拘束が嫌われ、自由恋愛が当たり前になりました。現代では、もはや親や親戚が同世代のパートナーを見つけてきてはくれません。その代わり男たちは、富や権力によって若くて魅力的な女性たちの関心を惹こうとします。

しかしこの戦略は、思春期の男にはきわめて不利です。大金持ちや権力者の家に生まれたわけでもない男の子は、どうやって女の子にアプローチすればいいのでしょうか。

不幸なことに、男女平等を説く識者は掃いて捨てるほどいても、この重要なことを誰も(学校でも家庭でも)教えてくれません。その結果、気の弱い男の子たちは性愛から脱落し、スクールカーストの最上位にいるごく一部の人気者が、女の子たちの関心を独占するようになります。

これが「モテ/非モテ問題」ですが、日本だけでなく欧米でも深刻な事態になっています。北米では、非モテ(インセル)の若い男が銃を乱射する無差別殺人が繰り返し起きているのです。

こうした状況を改善するために、どうすればいいのでしょうか。それは若者に説教することではなく、ごくふつうの男の子が、どうすれば女の子に自分を魅力を伝えられるかを、具体的なノウハウとともに教えてあげることです。

進化心理学者のジェフリー・ミラーと人気作家のタッカー・マックスは、「女性の脳は男のどのような特性に惹かれるように進化してきたのか」という視点から、モテを科学的に解明しました。彼らによれば、身体的・精神的な健康や知性、意志力、やさしさと男らしさを身につけ、それを効果的にシグナリング(披露)することで、性愛の自由市場に自信をもって参加できるようになります。

日本では婚姻率が下がる以前に、パートナーのいない若者が増えています。「なぜ恋人をつくろうとしないのか?」との質問に、もっとも多い答が「断られて傷つくのが怖い」です。

そこでミラーとマックスのアドバイスを、『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた』(SBクリエイティブ)として翻訳しました。「リベラルな社会で認められるのは唯一、倫理的・道徳的なモテ戦略だけだ」と述べるこの本を、若い男性だけでなく、男の子をもつ親や教育関係者にも広く読んでほしいと思います。

『週刊プレイボーイ』2022年6月6日発売号 禁・無断転載