作家・橘玲(たちばなあきら)の公式サイトです。はじめての方は、最初にこちらの「ご挨拶」をご覧ください。また、自己紹介を兼ねた「橘玲 6つのQ&A」はこちらをご覧ください。
現役世代を救うのは消費税増税? 週刊プレイボーイ連載(642)
7月の参院選挙に向けて、多くの政党が消費税減税を掲げています。ところで、消費税の税率を下げるとなにかよいことがあるのでしょうか。
話の前提として、国家が国民に行政サービスを提供するにはお金が必要だということを確認しておきましょう。国家はそれを税や社会保険料で徴収していて、消費税はその財源のひとつです。
超高齢社会の日本では、国家予算の6割が社会保障費と国債の利払いで占められています。人口構成から、今後20年にわたって年金と医療・介護保険の社会保障費が膨張していくことは確実です。行政改革は必要ですが、歳出削減は焼け石に水で、現在の行政サービスを維持したいのであれば、減らした財源を別のなにかで補わなければなりません。
所得税や社会保険料は収入を基準にしているので、年金以外に収入がない高齢者は負担が軽くなり、収入が多くても子育てなどで家計が苦しい現役世代の負担が重くなります。この数年の物価高と実質賃金の下落によって、この理不尽な制度に対する不満が噴出したのが現在の状況だと理解できるでしょう。
日本の社会保障制度は、現役世代から高齢者への「仕送り」によって支えらえてきました。ところが急速な少子高齢化によって、この仕組みはもはや持続可能ではありません。1950年には65歳以上1人に対して15~64歳人口が12.1人でしたが、いまから40年後の2065年にはそれが1.3人になり、1人の現役世代が、子育てと親の介護をしながら、さらに高齢者1人を支えなければならなくなるのです。
現役世代から高齢者への所得移転が限界なら、あとは高齢世代内で分配するしかありません。富裕な高齢者に応分な負担を求め、貧しい高齢者の生活を支えるのです。日本の金融資産のおよそ7割は高齢者が保有しており、資産課税は高齢者から現役世代への所得移転にもなります。
ところが日本の場合、高齢者の資産の多くが不動産(マイホーム)で占められているため、金融資産のみへの課税は効果がありません。時価数億円の土地に住んでいても、金融資産をほとんどもっていない高齢者がたくさんいるのです。
保有する不動産を担保に金融機関から融資を受け、同じ家にそのまま住みつづけながら現金化するリバースモーゲージという手法があるものの(本人が死亡したときに不動産を売却して、金融機関が貸金を回収する)、これを納得させるのは難しいでしょう。
このようにして、現役世代から高齢者への所得分配も、資産課税による高齢世代内での分配も不可能だとしましょう。そうなれば、残る選択肢は消費税しかありません。
収入は働いている現役世代に偏っていますが、高齢者でも消費はするので、消費額をベースにした徴収のほうがまだ公正です。すなわち、資産課税を拒否し、それでも現役世代の負担を減らそうとすれば消費税減税ではなく、増税を主張しなくてはならないのです。
「そんなことは認められない」というのなら、話は一周回って、社会保障を支える財源として、現役世代がさらにむしられることになるでしょう。
註:リバースモーゲージは不動産担保融資ですが、日本では、持ち家を売却後に賃貸で住みつづける「リースバック」が普及しています。ただし、高齢者にマイホームを安く売却させながら、賃貸契約を原則更新できない定期借家契約にして退去を迫るなどの消費者トラブルが急増しています。
『週刊プレイボーイ』2025年5月12日発売号 禁・無断転載
誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2014年7月3日公開の「拒食症とPTSDから分かる、 誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代」です(一部改変)

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前回はイータン・ウォッターズ『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出された』(阿部宏美薬/紀伊国屋書店)から、日本でうつ病が急増している背景に抗うつ剤SSRIを販売する大手製薬会社のマーケティングがあるということを述べた。これは陰謀のような話ではなく、グローバル化によって、わたしたちはみなアメリカ人と同じように心を病まなければならなくなったのだとウォッターズはいう。
今回は同書から、拒食症とPTSD(心的外傷後ストレス障害)についての分析を紹介してみたい。
拒食症は文化的な病
ウォッターズは、拒食症がどのように生まれたのかを調べるために香港を訪れた。1980年代には拒食症は欧米人の病気だとされていて、日本や韓国で若い女性の症例が報告されていたものの、香港や中国ではまったく知れられていなかった。
香港が長くイギリスの統治下にあり、ひとびとは欧米の価値観に馴染んでいた。広告やファッション雑誌にはスリムなモデルが登場し、スリムなセレブがもてはやされてもいる。欧米で拒食症の原因とされる要因はすべて揃っていたが、それでも若い女性が拒食症にならないことが世界の研究者の注目を集めたのだ。
もちろん80年代の香港でも、食事を拒否して痩せるという症状はわずかながら報告されていた。だがその症例を詳細に調べると、欧米の拒食症とは大きく異なっていた。患者は地方出身の貧しい女性で、ダイエットやエクササイズに興味はなく、自分が痩せていることを正確に認識し、太りたいと口する。ただ、失恋などの出来事を期に食べることをやめてしまうのだ。 続きを読む →
第2の消えた年金問題 日経ヴェリタス連載(121)
いまから30年くらい前、30代半ばで独立を考えている頃に年金制度について調べてみた。
会社員が加入する厚生年金は、保険料の半分を会社が負担し、(当時は)1階が基礎年金、2階が厚生年金、3階が厚生年金基金とされていた。私の疑問は、厚生年金の基礎年金と、自営業者らが加入する国民年金のちがいだった。いろいろ調べてみたものの、その説明がどうしても見つからないのだ。
仕方がないので自分であれこれ考えて、基礎年金と国民年金が同じものだと気づいた。ではなぜ異なる名前がつけられているかというと、会社員が納めた基礎年金が国民年金の穴埋めに「流用」されているのを隠す必要があるからだろう。
私はこの“発見”を繰り返し本に書いた(そのなかにはよく読まれたものもある)が、誰からも相手にされなかった。
その後、「消えた年金問題」をきっかけに2009年から「ねんきん定期便」が郵送されるようになった。ところが会社員の定期便には、これまで納めた厚生年金保険料の累計額の欄に、「被保険者負担額」として本人が払った保険料しか記載されていない。会社負担分はどこかに消えてしまっているのだ。
なぜこんなことをするかというと、厚生年金には「不都合な事実」があるからだ。
定期便では、将来受け取ることのできる年金の概算が記載されている。会社員の場合、その額は納付総額のおよそ倍になっているはずだ。
ところがこの納付額は本人負担分だけで、会社負担を含めた「本当の」納付額はその倍になる。そうなると、新卒から定年まで年金保険料を納めても運用利回りはほぼゼロで、定年後に戻ってくるのは払った分だけということになる。これは要するに、社員の代わりに会社が負担した保険料が、年金制度を維持するために勝手に使われているということだ。
ところがメディアも年金の専門家も、定期便を見れば一目瞭然のこの“詐術”に触れようとはしなかった。私はこれを“ディープ・ステイト(暗黙の談合)”と呼んでいたのだが、数年前から、このことがSNSでしばしば話題になるようになった。会社負担分を記載しないのは、年金給付額を過大に見せるためではないかというのだ。
そしてとうとう、この4月から厚生労働省は、定期便に「事業主も加入者と同額の保険料を負担している旨を明記する」ことにした。
昨今、SNSはフェイクニュースの温床として評判がよくない。だがこの問題では、事実を“隠蔽”していたのは政府や既成のメディアで、SNSのちからによって“真実”が暴かれたのだ。
そもそも国家は、国民から徴収した社会保険料を半分に見せるような姑息なことをするべきではない。そしてメディアの役割は、こうした「国家の嘘」を報じることだろう。だが現実には30年以上、こうした自浄作用はまったく機能しなかった。
この小さな一歩によって、厚生年金保険料を収めているすべての現役世代が、国家からどれほど惜しみなく奪われているかを直視することを願っている。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.121『日経ヴェリタス』2025年4月26日号掲載
禁・無断転載