ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2013年6月公開の記事です。(一部改変)

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アジアの交通事情はさまざまだが、旅行者にとってもっとも難易度の高い都市のひとつがベトナムのホーチミンであることは間違いない。
ベトナム戦争で都市開発が遅れたため、いまでも信号機のない場所が多く、ハチの大群のように押し寄せるバイクのあいだをすり抜けるように道を渡るしかない。高齢の旅行者のなかには歩いてホテルから出ることができず、旅のあいだじゅうずっとホテルの玄関からタクシーに乗っていた、というひともいるという。
初心者がホーチミンで道を渡るこつは、地元のひとの後をぴったりついていくことだ。ベトナムは右側通行なので、バイクの群れは左手から押し寄せてくる。そこで最初は通行人の右側に立ち、彼らを盾として道路の中央まで行く。そこで素早く左側に移動して道路を渡り切るのだ。
すこし慣れてくると、自分ひとりでも道を渡れるようになる。ポイントは、バイクの運転手が予測可能な動きをすることだ。
バイクの運転手は、歩行者が一定のスピードで道を渡ると予測する。たいていは歩行者より先に通過するか、歩行者の背後に回り込み、接触しそうなときだけクラクションを鳴らす。逆にいえば、クラクションを鳴らされなければそのまま歩いても構わない、ということだ。
この原則を拡張して、「道を渡るのが怖ければ目と閉じて歩けばいい。バイクの方でよけてくれるから」と“アドバイス”するベトナム人もいる。たしかにそうかもしれないが、私は度胸がないのでまだやったことがない。
ホーチミンの交通事情が悪化するのは、公共交通機関がほとんど存在せず、バイクがなければ生活できないというやむにやまれぬ理由がある。中心部の道路の多くはフランス植民地時代のままの片道1車線で、交差点は信号のないラウンドアバウト(円形交差点)だ。
さらにこのところの経済発展でより快適な自動車を利用するひとが増えており、このままでは交通渋滞で都市全体が機能不全に陥ることは必至だ。政府は周辺に新都心を開発して車の流れを分散しようとしているが、交通渋滞が緩和する気配はない。
もちろん旅行者の誰もがベトナム流の道の渡り方に習熟できるわけもなく、時に悲惨な事故も起きる。何年か前には、ホーチミンで開かれた国際的な学会の最中、アメリカ人の高名な学者がバイクにひかれて死亡した。
彼は、横断歩道では車は止まるものだと信じ込んでいた。ところがバイクが自分に向かって突っ込んでくるので、道の真ん中で立ち止まってしまった。驚いたのはバイクの運転手も同じで、真っ直ぐ歩き続けると思っていた歩行者がいきなり止まったので、避けきれずに衝突してしまったのだ。
この事故をきっかけに、ベトナムでも交通ルールを守るべきだとの議論が起こったが、けっきょくなにも変わらないまま現在に至っている(信号機の数はすこし増えた)。
中国で道を渡るのは右側のほうが安全
道を渡る難易度の高さでは、中国もベトナムとひけをとらない。
文化大革命後の中国では、90年代はじめまで自動車に乗っているのは共産党幹部などの権力者だけで、“人民”の大半は自転車を使っていた。それが爆発的な経済成長でいきなり四輪車の時代になったため、「(権力の象徴である)車は歩行者を蹴散らして当たり前」という“車優先”の奇妙な文化ができあがってしまった。
日本人にとって中国での道路の横断をさらに危険なものにしているのが、右側通行と左側通行のちがいだ。
左側通行の日本では、私たちは「右を見て、左を見て」道路を渡るように教育されている。ところが中国は右側通行なので、車はまず左方向からやってくる。だから、「左を見て、右を見て」道を渡らなくてはならない。
もうひとつ日本の交通ルールとの大きな違いは、車は赤信号でも右折が許されていることだ。同じルールはアメリカなどにもあり、交通量が少ない道路で右折(左側通行の日本では左折に相当)のために信号が変わるのを待つのは無駄、という合理的な理由によるものだ。
もちろんアメリカでは、赤信号での右折は車や歩行者がいないことを確認したうえでの“絶対安全”が条件となる。ところが中国では、青信号で左から直進してくる車には道を譲るものの、歩行者を無視して右折するのが当たり前とされている。
中国で道を渡る場合は、道路の左側を歩くか、右側を歩くかで危険ゾーンが異なる。
道路の左側を歩いている場合は、青信号で横断歩道を渡ろうとした瞬間に、左から右折の車が突っ込んでくる。これはかなり危険なので、どのような場合でも、車道に足を踏み出す前は必ず左方向を確認しなければならない。
無事に道路の真ん中までいくと、今度は正面からクラクションを鳴らして車が右折してくる。もっともこれは、歩行者とドライバーがお互いの位置を確認しているからそれほど問題はない。危ないのは右後方から左折の車が突っ込んでくることだ。
私たちは、横断歩道を渡っている時に自分の後ろ側まで気を配るような訓練を受けていない。しかし中国のドライバーは、歩行者が車に道を譲るのが当たり前だと考えているので、横断歩道の真ん中でいきなり後ろからクラクションを鳴らされて驚くことになる。
道路の右側を歩く方が、左側よりすこし簡単だ。
この場合は、正面左手から左折の車が入ってくる可能性があるが、これはかんたんに視認できる。道路を渡り切るあたりで赤信号を右折する車に遭遇するが、その状況は道を渡っている最中に把握できる。唯一危険なのは、道を渡り始めるときに左後方から右折の車が突っ込んでくることだ。
中国の大都市の交通渋滞は悪化の一途をたどり、車が傍若無人に振る舞うため、バイクが歩道に押し出されるという現象もあちこちで起きている。中国の都市は歩道を広くとっているが、そこを歩いていると、前や後ろからクラクションを鳴らしながらバイクが走ってくる。これも日本では考えられないことで、帰国してもしばらくのあいだ、後ろからバイクが来る感覚が消えない。
上海などの大都市では、欧米人の歩行者には遠慮するドライバーもいるが、私たち日本人にはなんの容赦もない。これはもちろん「反日」とはなんの関係もなく、中国人と日本人の区別がつかないからだ。
こうした“中国式交通ルール”が分かっていても、横断歩道の真ん中でクラクションを鳴らされ、窓越しに罵声を浴びせられるとさすがに頭にくる。いくらなんでももうちょっとなんとかならないものだろか。
変わりつつある中国の交通マナー
中国独自の“交通ルール”は世界じゅうの観光客から悪評を浴びており、北京オリンピックや上海万博などの重要な国際行事があるたびに運転マナーの改善を命ずる政府の施策が講じられてきた。
もっともお上の指導に人民がおとなしく従うようなら、この巨大な国の統治に苦労はいらない。こうした時にいきなり極端になるのもこの国の常で、すべての交差点に交通指導員を配置しても改善しない状況に業を煮やし、車でひとをはねて死なせた場合はドライバーは問答無用で死刑、という法律に変えてしまった。
しかし、中国で交通ルールを守らないのはドライバーだけではない。地方都市では、ついこのあいだまで信号機はおろか横断歩道もなかったから、歩行者には「道路は横断歩道で渡る」とか、「歩行者用信号が赤の場合は青に変わるまで待つ」という基本的な約束ごとが理解されていない。横断歩道のないところでいきなり歩行者が車道を渡りはじめるのはどこでも見られる光景だ。
私が中国に滞在していたときに大きなニュースになっていたのが、歩行者をはねたタクシー運転手の話だ。彼はこれまで無事故無違反の優良ドライバーだったが、制限スピードを守って走っているときに、いきなり車道に飛び出してきた歩行者をはねて死亡させてしまった。運転手にはなんの過失もなく、妻と幼い子どもがいるにもかかわらず、新しい法律では彼は死刑になってしまうのだ(その後どうなったのかは知らない)。
ところがこんな中国の交通事情にも、すこしずつ変化の兆しが見られるようになった。
今回中国を訪れたときに、杭州で横断歩道を渡ろうとしたら車が止まってくれた。こんなことはこれまで経験したことがなかったのでほんとうにびっくりしたのだが、すこし観察していると、歩行者を見て止まるのはバスとタクシーだけのようだ。一時停車せずに通報されると罰則が科せられることになっているのだろう。
だがこうしたルールは一般車には適用されないから、かえって危険でもある。タクシーが止まって道を渡ろうとすると、その右側を猛スピードで一般車が走り抜けていくからだ。もっとも、タクシーが停車しているのに横断歩道に突っ込んでいくのはやはり躊躇するらしく、何回かに1回は一般車も停車している。こうやってすこしずつ新しいルールが定着していくのだろう。
運転手に過失がなくても歩行者を死なせたら死刑
広東省の深圳は改革解放後になにもない漁村から開発された新興都市で、香港からは電車やバスで1時間ほどの距離だ。香港はイギリス流の運転マナーで歩行者優先が徹底されている。そんな「文明世界」から、国境を渡ったとたんにいきなり「車優先」の傍若無人な世界に変わるのはかなりの衝撃だ。
深圳は都市計画によって、すべての道路が余裕をもってつくられている。それはいいのだが、その結果、歩行者用の信号が赤から青に変わるまでものすごく時間がかかる。そのうえ信号機同士の連絡がうまくいっていないからか、左右の信号が赤で車が1台も来ないのに歩行者用の信号も赤のまま、ということがしばしば起こる。これではあまりにも馬鹿馬鹿しいので、歩行者は勝手に道を渡りはじめる。
ところがこの深圳でも、今回、変化の兆を感じることができた。
午前9時頃の通勤時間帯に、深圳の中心部のカフェでコーヒーを飲んでいたのだが、そこから見ていると、歩行者のおよそ半分が、車がまったく来ないのに、歩行者用の信号が青に変わるまで待っている。彼らは警察官や交通指導員がいないにもかかわらず、自主的に交通ルールを守っていたのだ。やはりこれまでの中国では考えられない光景で、かなり驚いた。
その後の新聞報道で、一部の省で、歩行者用信号を守らない場合にも罰金刑が課せられるようになったことを知った。もっとも違反者の全員を検挙するわけにもいかず、交通指導員が最初に渡りはじめた歩行者を特定して罰金の支払を命ずるのだという。いかにも中国らしい混乱必至の方法だが、それでも交通ルールを守ろうとする歩行者が増えてきたことは間違いない。
台北も私がはじめて訪れた20年ほど前は歩道をバイクが走り回っていたが、いまではすっかり「先進国標準」の交通ルールになった。いちど出来上がった既得権を打破するのはどんな時でも大変だが、それでもあと何年かしたら、すくなくとも北京や上海、深圳などの大都市では、外国人旅行者も安心して道路を渡れるようになっているかもしれない。
【後記】
10年以上前の記事ですが、ベトナム(ホーチミン)の交通事情は2025年6月に訪れたときもほとんど変わっていませんでした。同じ時期に深圳も訪れましたが、こちらは歩行者はみな横断歩道で歩行者用信号が青に変わるのを待ち、車も歩行者がいれば停止するようになっていました。ただ、歩道をバイクが走るのは以前と同じでした。
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