そしてみんな「いいひと」になった(週刊プレイボーイ連載670)

新年早々、栃木県内の高校で、男子生徒がトイレで無抵抗の男子を拳で殴り、後頭部を蹴る様子を撮影した動画がSNSに投稿され、たちまち拡散して県の教育委員会や高校に抗議の電話が殺到、栃木県知事が新年の記者会見で「絶句した」とコメントし、警察が暴行容疑で捜査を開始する事態になりました。

その後、大分市の中学校で、男子生徒が別の生徒の頭を蹴ったり、馬乗りになって殴ったりする動画が投稿され、次いで熊本県でも、私服姿の少年が別の生徒の顔を蹴ったり、首を絞めたりする動画が拡散し、傷害容疑で中学生が逮捕されました。

一連の事件は、日本の中学・高校でいまだに陰惨ないじめが行なわれている現実を突きつけました。その一方で、加害生徒の実名や自宅住所、きょうだいの名前や通っている学校、親の職業や会社まで、詳細な個人情報がSNSにアップされたことが問題になっています。

わたしたちはみな、正義が実現される社会を望んでいます。その一方で、法律や司法機関にはさまざまな制約があり、すべての悪が罰せられるわけではないことも知っています。だからこそドラマやマンガなどで、「闇の仕置き人」が悪人を処刑し、正義を回復する物語が繰り返されるのです。

ところがSNSによって、このフィクションが現実のものになりました。いまでは誰もが悪を成敗する“祭り”に参加し、一瞬だけでも「ヒーロー」になれるのです。わたしたちは、不適切な言動をいつ誰が録音、撮影、スクショしているかわからない世界に放り込まれてしまったのです。

1990年代半ばにeBayがインターネットでオークションを始めたとき、「失敗するに決まっている」と笑われました。相手が誰なのかわからないのですから、お金を払っても商品が届かなかったり、偽物や壊れた物が送られてきたりするだけだというのです。

ところが驚いたことに、eBayは大成功し、ネットオークションは巨大なビジネスに成長します。その理由は、買い手が売り手を「監視」し「評価」する仕組みにありました。

買い手は、約束を守るきちんとした業者には高い評価を、ウソをついたり騙したりする業者には最低の評価をつけます。ユーザーはこの評価を参考に、誰と取引するかを決めますから、本人がどういう人間かにかかわらず、すべての売り手は「いいひと」を演じるしかないのです。

さて、この2つの話はどうつながるのでしょうか。それは、中学生や高校生の子どもをもつ親が、暴行動画事件にどう反応するかを考えればわかります。

中高生の男の子はいまごろ、「デジタルタトゥーは一生消えないから、こんな動画をさらされたらまともな会社は雇ってくれないし、結婚もできない」「わたしたちだって仕事を辞めなくてはならなくなるし、この家にも住んでいられない」と、親から口をすっぱくして説教されているでしょう。

そうなればネットオークションと同じく、社会は「いいひと」ばかりになるかもしれません。この「一億総監視社会」がよいことか、悪いことかはわかりませんが。

『週刊プレイボーイ』2026年1月26日発売号 禁・無断転載