政治家という職業はなんの保証もない自営業で、選挙に落ちたら「ただのひと以下」です。誰もそんなことにはなりたくないので、任期途中での解散がある衆議院の場合、選挙に強い一部の有力者を除けば、議員の本音は「できるだけ長くいまの地位にとどまりたい」「選挙は再選できる可能性が高いときにやりたい」になります。このことを前提に、参院選の敗北から石破首相の退陣表明までを振り返ってみましょう。
2024年9月27日に自民党総裁に選出された石破茂氏は、10月27日の衆院選で50議席以上を減らし、与党で過半数割れの敗北を喫しました。翌25年7月の参院選でも改選前の52議席が39議席になる惨敗で、衆院につづいて少数与党になりました。
石破氏は自民党の傍流で、もともと弱かった政権基盤がこの連敗でさらに弱体化したことで、読売新聞と毎日新聞は「石破首相退陣へ」の号外まで出しました。ところがここから思わぬ粘り腰が発揮され、各社の世論調査で政権支持率が上昇する奇妙な現象が起きます。
石破氏は、選挙で負けたのは「裏金」問題などの政治不信が原因で、不祥事になんらかかわっていない自分が、「裏金議員」に辞任を求められるいわれはない、と思っていたのでしょう。この理屈はそれなりに筋が通っており、だからこそ「石破辞めるな」デモが首相官邸前で行なわれました。
この事態を選挙に強くない議員から見ると、自民党の支持率は低迷し国民民主や参政党に追い上げられる一方で、解散総選挙がなければ最長で2018年10月まで3年間、いまの地位にとどまれます。こうした事情は野党第一党の立憲民主も同じで、選挙になれば議席を失いそうな議員がたくさんいます。与党と野党で「選挙だけはなんとしても避けたい」という思惑が一致しているのだから、石破氏側に足元を見られたのも当然です。
ところが自民党の有力議員からすると、石破政権がつづいても党勢が退潮する一方なら、自らの政治生命にかかわります。そこで「国政選挙で2回も負けた以上、結果責任を取るべきだ」と、こちらもかなりの説得力がある理屈を持ち出しました。すると石破氏側は、「総裁選の前倒しを要求するなら署名・押印した書面を提出せよ」と圧力をかけ、総裁選前の解散をちらつかせたことで党内に動揺が広がります。――当初、これはたんなるブラフ(はったり)と見なされましたが、その後の報道で、首相がこの選択肢を真剣に検討していたことが明らかになりました。
そうなると、解散覚悟で総裁選の前倒しを求める議員と、いまの地位を失うくらいなら石破総裁でいいという議員のあいだで党が分裂してしまいます。このことに危機感を抱いた菅義偉元首相が小泉進次郎氏とともに官邸に駆けつけ、退陣を説得したというのが今回の経緯のようです。
今後、10月4日に総裁選が行なわれ、国会での首相指名は10月中旬以降になりそうです。多くの議員が怖れるのは、ここで混乱が生じ、新首相が信任を問うために解散総選挙に打って出ることでしょう。そのように考えると、野党と協調できる候補者に議員票が集まると予想しておきましょう。
参考:「退陣表明2日前 D案「→解散」」朝日新聞2025年9月11日
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