米名門大学の入学選考をめぐるやっかいな問題 週刊プレイボーイ連載(570)

誰もが公正(フェア)な世の中を実現したいと思っているにちがいありません。問題は、一人ひとり「フェア」の基準が異なることです。

アメリカでは、「奴隷制の負の遺産」によって黒人は劣悪な環境に置かれ、じゅうぶんな教育機会を得られなかったとして、それを補うために「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」が導入されました。この政策はその後、「アメリカ社会には暗黙の“白人支配”があり、それを打破するために人種多様性を重視しなければならない」と正当化されることになります。

差別によって苦しんでいるマイノリティに一定の優遇策を講じるのはよいことに思えますが、この制度に対しては、当の黒人からも強い反対がありました。その理由は、近所に白人の医師と黒人の医師がいたとして、自分の子どもが急病になったときにどちらの病院に行くかを考えればわかるでしょう。

白人の医師は優遇措置がないので、医学部の入学試験でも、医師国家試験でも、プロフェッショナルとして要求される水準を満たしていることは明らかです。黒人の医師も同様に優秀かもしれませんが、もしかしたら人種を理由に優遇を受け、本来であれば医師になれない成績でも合格したのかもしれません。

このようにしてアメリカでは、黒人でも黒人の医師を避けて白人の医師にかかるようになりました。子どもの生命がかかっているときに、「人種の平等」などといっている余裕はないのです。一部の黒人知識人は、弁護士や会計士などでも同様の事態が起きているとして、アファーマティブ・アクションは黒人の専門職の信用を崩壊させると危惧したのです。

しかしこうした主張は、「黒人保守派」「右翼」あるいは「アンクル・トム(白人に媚を売る黒人)」などといわれ、はげしい批判を浴びてきました。その後、名門大学を中心に「マイノリティ枠」が既得権になると、もはやこの優遇策に疑問を呈することすらタブーになりました。

ところがその後、アジア系の学生やその親が「アファーマティブ・アクションは不当だ」と訴訟を起こします。裁判に提出された資料では、アジア系の受験者がハーバード大学に合格するためには、2400点満点のSAT(大学進学適性試験)で白人より140点、ヒスパニックより270点、黒人より450点高い点数を取る必要があることが明らかになりました。これは、「人種多様性」の名を借りたアジア系への差別だというのです。

今年6月、米最高裁は人種を考慮した入学選考を違憲とする「歴史的判断」を下しました。この判決は「保守派」判事によるもので、民主党は強く反発していますが、だからといって「選考にあたって人種を考慮するな」という主張を「人種差別」とするのは困難です。

この混乱の背景には、白人によって「抑圧」されているはずの人種マイノリティのなかで、アジア系の学力だけが群を抜いて高いことがあります。しかしこの「事実(ファクト)」を追求するとものすごくやっかいなことになるので、大騒ぎしながらも、無意味な空理空論ばかりが飛び交うことになるのです。

参考:Thomas Sowell (2013)Intellectuals and Race, Basic Books

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