ハラスメントを訴えることがハラスメントとされる時代 週刊プレイボーイ連載(539)

近年、職場などでハラスメントの新しい事例が増えているといいます。パワハラ、モラハラ、カスハラくらいまではわかりますが、「テレハラ/リモハラ」はテレワークやリモートワークでプライベートなことを質問したり、業務時間外の対応を要求したりすることです。「エンハラ」は「エンジョイハラスメント」の略で、「楽しいだろ」などと無理に共感を求めることだそうです。

なかでも戸惑うのは「ロジハラ」で、「正論を突きつけて相手を追い詰めること」だとされますが、部下を指導したり、外部の業者に仕事を発注するときには、ロジカルでなければ混乱するだけでしょう。そうなると相手の受け取り方次第になり、あるときは効果的なアドバイスも、同じことを別の相手にしたら「ロジハラ」として問題にされた、ということが起こり得ます。

これでは、管理職は部下にどう話しかけたらいいか困惑するでしょう。現場では実際にこうしたトラブルが起きていて、「ハラハラ」と呼ばれます。「あなたの言動はハラスメントだ」と上司などを攻撃するハラスメントです。

ある研究で、会社での96組の同僚同士のやりとりをスナップ写真に撮ったあと、それらを切り取って白地に貼りつけたところ、被験者はまったく状況(文脈)がわからないにもかかわらず(2人が向かい合ってなにか話しているスナップだけで)、どちらのステイタスが高いかを正確に推測しました。見知らぬ集団に入ったとき、わたしたちが声やボディランゲージから支配側と服従側を瞬時に(43ミリ秒のうちに)見分けることもわかっています。

徹底的に社会的な動物であるヒトは、共同体のなかのヒエラルキーにきわめて敏感になるように進化してきました。わたしたちの脳は、自分のステイタスが上がる(ライバルのステイタスが下がる)ときに報酬系が活性化して大きな快感を得る一方で、自分のステイタスが下がる(ライバルのステイタスが上がる)ときに、殴られたり蹴られたりするのと同じ痛みを感じるように「設計」されています。

人類はその歴史の大半を150人程度の濃密な共同体で暮らしてきましたが、そこで生き延びて子どもを産み育てるためには、相手のステイタスを瞬時に判断して、地位の高い者にこびへつらうと同時に、相手を蹴落として自分がその地位に取って代わるという複雑なゲームに習熟しなくてはなりませんでした。当然、このような能力をもつのはあなただけでなく、すべてのメンバーが権謀術数を駆使しているのです。

現代の学校や職場においても、わたしたちは(無意識に)、あらゆる機会をとらえて自分のステイタスを上げようと死に物狂いの努力をしています。だとすれば、相手が自分のステイタスを下げようとしている(と感じた)ときに、ハラスメントだと告発して報復するのが効果的な戦略になっても不思議はありません。

もちろん、大半のハラスメントでは被害者の主張は正当なものでしょう。とはいえ、ヒトの本性であるステイタスへの執着を考えれば、「ひとはみな平等」という理想を高く掲げれば掲げるほど、それを悪用しようとする者が現われて、社会が混乱するのかもしれません。

ウィル・ストー『ステータス・ゲームの心理学 なぜ人は他者より優位に立ちたいのか』風早さとみ訳、原書房

『週刊プレイボーイ』2022年10月17日発売号 禁・無断転載