「きれいごと」はなぜうさんくさいのか? 週刊プレイボーイ連載(346)


「きれいごとはうさんくさい」と、多くのひとは内心思っているでしょう。現代の心理学は、これを「道徳の貯金」理論で説明します。

アメリカの一流大学の白人学生に、企業の採用担当者になったつもりになって、5人の応募者を評価させました。履歴書の内容はどれも同じで、いずれのグループも有名大学で経済学を専攻し、優秀な成績で卒業した4番目の応募者がもっともすぐれていました。異なるのはこの“スター応募者”の属性で、第一グループは白人女性、第二グループは黒人男性、第三グループ(対照群)は白人男性です。ほとんどの被験者が、この“スター応募者”をもっとも高く評価しました。

次の課題では、被験者は地方の町の警察署長になります。住民のほとんどが白人で、警察内部でも人種的なジョークが口にされ、何年か前に黒人の巡査を採用したことがあるのですが、職場でのいやがらせを理由に1年で辞めてしまいました。あなたはこうした状況を変えたいと思っていますが、その一方で、警察本来の仕事を優先するには警官たちに不安を生じさせるようなことをしたくはありません。今年の新人を採用するにあたって、あなたは人種を考慮すべきしょうか?

被験者はランダムに3つのグループに分けられたのですから、「黒人だという理由で採用しないのは差別だ」という回答と、「この状況では白人警官を選ぶのもしかたない」との回答はほぼ同じになるはずです。

しかし実際は、グループのあいだにはっきりとしたちがいがありました。第一の課題(企業の採用担当者)で“スター応募者”が白人だった学生は「人種を考慮すべきではない」とこたえ、“スター応募者”が黒人だった学生は「しかたない」とこたえることが多かったのです。

研究者はこれを、「道徳は貯金のようなもので、増えたり減ったりする」からだと説明します。

企業の採用担当として黒人の応募者を選んだ学生は、「自分は人種差別主義者ではない」と自信をもってアピールできたので、警察署長になったときに白人を優先する「人種差別」ができます。それに対して白人の応募募者を採用した学生は、道徳の貯金ができなかったので、警察署長の課題では「人種を考慮してはならない」とこたえるのです。

この実験の結論をわかりやすくいうと、次のようになります。「きれいごとをいうひとは、道徳の貯金箱がプラスになったように(無意識に)思っているので、現実には差別的になる」のです。

興味深いのは、企業の採用担当のときに“スター応募者”が女性だった場合でも、白人警官を選ぶ割合が高くなることです。これは、「自分は女性差別をしない」というアピールが、人種差別を正当化するための「貯金」になったことを示しています。「きれいごと」はなんにでも使えるのです。

「だからきれいごとをいう人間は……」

おっと、これ以上いうと「道徳の貯金」がプラスになって、差別的になってしまうかもしれないので、これくらいでやめておきましょう。

出典:Benoit Monin and Dale T. Miller (2001) Moral Credentials and the Expression of Prejudice. Journal of Personality and Social Psychology 近刊『朝日ぎらい』(朝日新書)でより詳しい説明をしています。

『週刊プレイボーイ』2018年7月23日発売号 禁・無断転載

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6件のコメント

  1. こんな小難しいことを言わなくても「キレイな大義名分を掲げて自分の利にしようとしているから」で十分説明できるのではありませんか。オッカムのカミソリって橘先生以前取り上げてたような…

    キレイゴトが胡散臭いのは賛同します。
    昨今、正規非正規の差別解消とか同一労働同一賃金とかいうキレイゴトを掲げて(実際は同一労働でなかったりして違うのに)正規労働者、ひいては全労働者の賃金を引き下げようという輩も多いですからね!そういった論には「ウサンクセェ!!」と叫ぶことにしております。

  2. 最近はニュースもバラエティもドラマも、きれいごとばかりな気がする。
    だからつまらないのかなぁ。
    他人の不倫くらいいいじゃん。
    したい人がすればいいじゃん。

  3. これも「メンタル・アカウンティング」の一種と考えれば
    説明は終わりです。

    24時間TVのうさんくささもおなじですな。

    やっぱりファスト&スロー読めばそれでたくさんだと思ってしまうなあ。

  4. とても興味がある内容なのですが、実験の意味がわかりませんでした。
    どなたか噛み砕いて説明して頂けないでしょうか?

    ・グループというのは5人の応募者をグループ分けしたものなのでしょうか?

    ・4番目の応募者 = スター応募者 = 第三グループ(対照群??)の白人男性 なのでしょうか?

    ・被験者はランダムに3つのグループに分けられたとありますが、だとすれば白人学生(白人学生)がグループ分けされたのでしょうか?

    完全に混乱してしまっています。
    わかったのは「この実験の結論をわかりやすくいうと~」の一文位で、興味はあるのにもどかしく感じます。
    どなたかよろしくお願いします。

  5. この実験からこの結論を導くには、どのような条件の実験をすればよいかを推論すれば良いと思います。

    確かに、わかりにくい文章ですね。
    私も企業の採用担当者に関する部分を最初に何度か読み返しましたが、
    はっきりしないので、全部を読んで逆算的に理解しました。

    グループというのは被験者(白人一流大学生)たちのことです。
    別の視点から見れば、(5人からなる)応募者集団です。
    これは対になっています。

    つまり、第一(被験者)グループは白人女性、第二(被験者)グループは黒人男性、第三(被験者)グループは白人男性・・・のスター応募者が含まれる5人からなる(それぞれ別々の)応募者集団をあてがわれたのです。

    よく読めば解ると思います。

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