第76回 教育無償化、お金の配り方に注意(橘玲の世界は損得勘定)


「教育を無償化すればみんなが幸福になる」という通説の背後には、「教育は無条件によきもの」という信念がある。私はこれを疑わしいと思っているが、それは本題ではない。

自由経済で格差が生じるのは当然と考えるひとも、「貧しさのために教育機会を得られないのは正義に反する」との意見には同意するだろう。一流大学に入学する学生のほとんどが裕福な家庭出身なのは、欧米でも日本でも変わらない。貧しい家庭の所得を増やせば、教育を介して子どもはゆたかさを手にし、社会も好影響を受けるのだ。

だが、この主張はどこまで正しいのだろうか。

複雑な人種問題を抱えるアメリカでは、黒人貧困層に福祉の重点が置かれたため、白人保守派から「逆差別」との批判を受けることになった。これに反論するには、所得支援の効果を証拠(エビデンス)によって証明しなければならなない。

母子家庭の世帯所得を増やすには、行政からの生活保護、父親(別れた夫)からの養育費、母親が働いて得た所得などが考えられる。所得の増加が教育効果に直結するなら、生活保護と養育費は同等で、労働所得はもっとも効果が低いはずだ。母親が働けば、子どもの世話をする時間がそれだけ減るのだから。

だが実際には、成績や学習態度(中退率)でみて教育効果が高いのは養育費で、次いで労働所得、生活保護の順になっている。同じ不労所得なのに生活保護の効果がきわだって低いのは、母親の(ひいては子どもの)自尊心を低下させるからのようだ。

日本では「子どもがいじめられる」との理由で多くの母子家庭が生活保護の受給を躊躇しているが、「税金」を受け取ることへの蔑視はアメリカも同じらしい。それに対して養育費は、正当な権利として周囲にも堂々といえるので、子どもへの教育効果も高いのだ。

子どもが10代のときに年収が増えた家庭と、ずっと貧しくて、子どもが成人してから年収が同じだけ増えた家庭の比較も行なわれた。所得と教育効果の関係が一方的なら、事後的に所得が増えてもなんの効果もないはずだが、実際には両者に大きな差はなかった。これは、教育効果をもたらすのは所得そのものではなく、所得を増やすなんらかの要因(母親の能力や勤勉さなど)がかかわっていることを示唆している。

それ以外でも、増えた所得を親がなにに使うのか(子どもの教育投資より食費や家の修繕、車の買い替えなどに充てられた)や、子育て支援の充実した州は、そうでない州よりも教育効果が高いのか(あまり変わらなかった)なども調べられている。

誤解のないようにいっておくと、これは貧しい家庭への金銭支援が無意味だということではない。アメリカの研究が示すのは、漫然とお金と配るだけでは思ったような効果は得られそうにないということだ。

だったらどうすればいいのか。じつは日本には、それを議論するための基礎的なデータすらない。こんな状態で、教育無償化の議論は行なわれているのだ。

参考:Susan E. Mayer (1998)”What Money Can’t Buy Family Income and Children’s Life Chances” Harvard University Press

橘玲の世界は損得勘定 Vol.75『日経ヴェリタス』2018年5月12日号掲載
禁・無断転載

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6件のコメント

  1. だから、「教育問題」になると、橘さんはやたらと

    「教育が社会におよぼすマクロな問題」

    を話題にしますね。

    ほとんどの親や子どもの「教育問題」は、

    「自分およびその子どもが如何にして
    就職その他に有利になる学歴を取得するか?」

    というミクロな問題なのです。

    この「合成の誤謬」について
    もう一度最初から考えてみませんか???

  2. 小梨は教育問題に熱心なんだよね。
    能梨は子供作る相手もいないのに。

  3. 日本の加計森友は氷山の一角。
    近年私立の教育環境はとてつもない勢いで向上してる。
    一方公立は40年何も変わってない。
    母校へ行けば分かるはず。
    本当に何も変わっていない。
    せいぜい耐震補強が施されている程度だ・・・。

  4. >近年私立の教育環境はとてつもない勢いで向上してる。
    >一方公立は40年何も変わってない。

    私学の教育環境が向上しているのは
    結局「資本主義の競争原理」によるから
    であって、モリカケ問題は関係ないでしょ。

    かつて日本の初等教育は成功し
    高等教育はダメでしたが、

    そもそも
    高等教育自体が現実には不必要なのです。
    (読み書きソロバンは実生活では重要ですが、
    三角関数が必要だったことあります?)

  5. このご時世、中卒では仕事の選択肢があまりありません。
    高卒になれば中卒よりは選択肢が増えます。現実にこうなっている以上、
    高等教育が不必要とまでは言えないでしょう。
    それとこれは私の私見ですが、教養は人生を豊かにします。
    学んだ内容が直接金にならないまでも、何も学ばないよりは人生のプラスになりますよ。

  6. お金の配り方に問題があるんじゃないかな?って事です。
    まあ無能な公務員教師に湯水のごとく吸収されて、
    公教育は本当に酷い有様です。
    でも私立も競争原理で勝ち取った充実した施設じゃ無いんですよ。
    それはモリカケ問題が象徴しております。
    また、公教育現場でも、子供の数が少ない地域は、なぜかきわめて充実した
    環境が与えられてもいます。
    都市部の公立教育の環境があまりに酷いのです。
    ただ教育の中身は、文科省の縛りと受験偏重体制が変わりないため、
    一貫校を除けば、昔と変わらず時代錯誤なまんまです。
    親も子供を塾に行かせてより偏差値の高い学校に入れることしか頭にありません。
    むしろその風潮は強くなる一方だったりもします。
    まさかここまで酷いとは当事者になるまで分かりませんでした。
    ただその方針を改めるべき政治は、そんなことに構っている余裕も無いようで。
    そこにつけ込む輩に身包み剥がされそうになってるのが今の自公政治でもある。

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