第74回 年金受給繰下げて生涯現役(橘玲の世界は損得勘定)


政府は、公的年金を受け取る年齢を70歳超まで先送りできる制度の検討を始めたという。現在は原則65歳が受給開始で、前後5年間の調整が認められている。これが年金受給の繰上げと繰下げだが、知りたいのは「どっちが得か?」だろう。

現行制度では、65歳より早く受給する場合は1カ月あたり0.5%ずつ減額され、遅く受給する場合は0.7%ずつ増額される。だがこれだけではすぐに損得はわからない。

そこでここでは、受給開始年齢を変えても受給総額が同じになる「理論的に平等な国民年金」を考えみよう。

国民年金の満額支給は現在月額6万4941円で、65歳の平均余命は男19.55年、女24.38年だから、生涯に受け取る年金の期待総額は男1524万円、女1900万円になる。60歳の平均余命は男23.67年(女28.91年)、70歳では男15.72年(女19.98年)だが、どちらを選んでも生涯で受け取る年金額を等しくするのだ。

この計算は表計算ソフトを使えばかんたんにできる。以下、論旨は変わらないので男のみを例に挙げる。厚生年金でも結論は同じだ。

年金を60歳で繰上げ受給し、総額が65歳受給と等しくなる受給額は月額5万3637円で17.4%減になる。一方、70歳まで繰下げた場合は8万763円で24.4%増だ。

それに対して現行制度では、受給を60歳に繰上げると月額4万5459円で30%減、70歳まで繰下げると9万2217円で42%増になる。このことからわかるように、「理論的に平等な受給額」に対して、繰上げはかなりのペナルティが課せられ、繰下げにはプレミアムが上乗せされている。そのうえ繰上げ需給には障害基礎年金を請求できないなどの制約があるから、(平均余命まで生きることを前提にすれば)受給開始を繰上げるのは損で、繰下げはかなり有利だ。

それでは、このまま受給を繰下げていったらどうなるだろう。現行の上乗せ率(0.7%)で試算すると、75歳で11万9493円、80歳で14万6769円になる。報道では70歳超の部分は上乗せ率をより高くするというから、実際はこれより多くなるだろう。

さらにこのまま受給開始を繰下げていくと85歳で17万4045円、90歳で20万1320円になる。だがこのあたりから理論値との逆転が起こり、90歳男性の平均余命4.28年で試算すると、受給額は月額30万円に達するはずだ。

年金の繰下げ受給の有利さが周知されれば、日本人の働き方に大きな変化が起きるだろう。超高齢社会でひとびとの不安は「長生きしすぎること」に変わったが、生涯現役ならそのぶん老後が短くなり、年金受給額が増える。そう考えれば、繰下げを80歳に止めるのではなく、90歳にしたっていいのではないか。

「その前に寿命がきたら無駄になる」というかもしれないが、死んだあとのことまで心配しても仕方がない。長く働き、たくさん年金をもらい、平均余命まで生きられなかった分は国庫に返納する。早晩、そんな人生設計が当たり前の時代がくるのではないだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.73『日経ヴェリタス』2018年2月11日号掲載
禁・無断転載

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8件のコメント

  1. >「その前に寿命がきたら無駄になる」というかもしれないが、死んだあとのことまで心配しても仕方がない。長く働き、たくさん年金をもらい、平均余命まで生きられなかった分は国庫に返納する。早晩、そんな人生設計が当たり前の時代がくるのではないだろうか。

    年金の繰り下げ受給が受益者にとって有利であるのならば、
    それを選択するインセンティブが働き、
    みんなそうしているはずですね。

    厚労省の役人もバカじゃないのですから、
    トータルとして、国庫からの支払額を如何に抑えるかに
    日夜頭をシボッているはずです。

    もし自分が年金受給者年齢になって、
    それを使わなくても良い状況なら、その年金分を

    自分が死ななければ勝ち、自分が死んだら負け
    というオプション取引にでも張ったほうが・・・

    まさに、
    「死体が三つ靴一つ」
    ですな。

    東一局五十二本場 (角川文庫 緑 459-61) 阿佐田 哲也 https://www.amazon.co.jp/dp/4041459613/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_5lnJAbQQM23HZ

  2. 年金制度の朝三暮四に気づけよってことですね。我々はサルより賢いのか?

  3. 厚労省の役人が考えていることは、

    如何に年金受給を繰り下げさせて、
    その間に逝ってもらって

    「親の総取り=カッパギ」

    をするか?ということなのです。

    年金をもらえるようになり、その時点で自分の資産と収入が十分あるのなら、
    それをどの程度のリスクをとって運用できるかが重要なのです。

    株や債権だけでなく、FXやオプション取引、
    果ては仮想通貨まである現在、

    安易に国に運用をまかすのは???ですな。

  4. 橘さんの記事なのにNPVに対する言及が無いなんて・・・
    私も気になって,年金の支給開始タイミングのことは計算したことがあります.
    年金を1円も使わずに全部投資して85才時点での資産を最大化するとするモデルだと(ダイナスティ仮説!),7.4%以上のリターンがあれば60才に繰り上げた方が有利です.
    60~85才の25年間ずっと7.4%はちょっときつい条件ですが,4%だとしても63才の繰り上げ支給の方が有利でした.

  5. 生涯現役は良いとして、80歳とか90歳になってからお金をどんなに貰っても、使い途があるのでしょうか?
    生きてはいるけれど、もう楽しむ事は出来ない、という状況は加齢と共に否応なく増えて行くと思います。
    貰える総額が多いより、日一日を余裕を持って暮らせた方が幸せな気がするのですが。
    その為には、働きながら、早期に年金を需給した方が得だと思います。
    昨日は過ぎ去り二度と帰らず、明日はまだ来ず、来るかどうかも定かではないのですから、今はまだ生きていて、楽しむ事が出来る今日という日を、最大限幸せに過ごすことが全てなのではないでしょうか?
    もちろん、その為にはお金が必要で、その金額は多い方が良い訳で。
    人生で重要なのは結果ではなく、過程であると思います。

  6. 『自分の子どもたちが、今後の厳しい世界でも幸せな人生を送ってくれことが、私の最大の希望です。』
    ダイナスティ仮説派のeeyoreでした。
    (お金さえあれば幸せ、という訳でもないですけどね)
    私は年を取る毎に、自分がライフサイクル仮説派からダイナスティ仮説派に移っていったように感じているのですが、みなさんはどうですか?

  7. 伏見一輝さんの意見に賛成ですね。
    私も90歳で貰う20万円よりも、
    60歳で貰う5万円の方がいいです。

    健康で動ける30年間の5万円の方が
    遥かに使い道があるでしょう。

    更に言えば、掛け金を大幅に引き下げて、
    平均寿命よりも長く生きた場合のみ、
    年金が需給できるというシステムに換えて欲しいです。

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