『幸福の「資本」論』あとがき

新刊『幸福の「資本」論』から、出版社の許可を得て、「あとがき」をアップします。

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この本が生まれるきっかけは「幸福な人生」の土台についてライターの渡辺一朗さんからインタビューを受けたことで、それをもとに過去の著作をアップデートするかたちで一冊にまとめました。東日本大震災を受けて2011年7月に『大震災のあとで人生について語るということ』(『日本人というリスク』として講談社+α文庫に収録)を出版したときに「人生設計についてはすべて書きつくした」という気持ちがあったのですが、今回、「3つの資本=資産のポートフォリオ」という視点から「幸福論」をまとめてみるとまた新しい発見があったことに気づきました。人的資本と社会資本については新たな知見も加え、より詳細に論じられたのではないかと思っています。

かつて、「幸福」は神の専売特許でした。しかしダーウィン以降の私たちは、もはや神に頼ることはできません。幸福は主観的なものですが、だからこそ「自分の幸福」については自分で考えるしかないのです。

この本で書いたことはさまざまな研究によってエビデンス(証拠)が示されていますが、それでもあらゆる幸福論と同様に、私の個人的な体験に基づいていることは間違いありません。

40歳でフリーエージェントになったとき、人生をできるだけシンプルにしたいと考え、それ以来、日々の生活は本を読むことと文章を書くこと、そしてときどきサッカーを観ることだけで、ほとんどなんの変化もありません。テレビ出演などを引き受ければいろいろな刺激を受けられるかもしれませんが、「キャラ」が合わない気がするのでその気になりません。その代わり、1年のうち数カ月を旅にあてています。

経済的に独立した一介のもの書きとして、どんな組織にも所属せず、誰に遠慮する必要もなく好きなことを書き、(批判も含めた)読者の声を社会資本とし、誰も読んでくれなくなったらそれでお終いだと思っています。ささやかなものですが、私にとってはこれ以上望むもののない幸福な人生です。

もの書きになってからずっと、この仕事は「読者を探す旅」だと考えてきました。その一方で、読者もまた著者を探しているはずです。

あらゆるひとに適した、普遍的な「幸福の法則」はありません。この本もすべての読者が満足することはないでしょうが、それは仕方のないことでもあります。しかし心理学者は、どのようなアドバイスが有用なのかを明らかにしました。その原則はとてもシンプルです。

ひとは、自分と似ているひとからの助言がもっとも役に立つ。

この本が、「私に似た」あなたの人生になんらかの役に立てば幸いです。

2017年4月 橘 玲