ハシズムとネオリベ 週刊プレイボーイ連載(44)

橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」が、次期衆議院選挙の事実上の公約となる「維新八策」で、不動産を含む遺産の全額徴収を検討しています。私たちは、この「相続税100パーセント」をどのように考えればいいのでしょうか。

「維新の会」とは逆に、世界には相続税のない国がたくさんあり、先進国のなかではカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどがよく知られています。これらの国が相続税を廃止したのは、それが不公平な二重課税とされたからです。

私たちは働いて得た収入から所得税を払い、預金や株式投資、不動産賃貸などの利益にも税金がかかります。相続税の課税対象になるのは、これらの税金を納めたあとに手元に残った財産です。

税制の基本は、「いちど課税した所得に再び課税することはできない」という二重課税の禁止です。これが、納税後の資産に相続税を課すことのできない根拠とされています。

相続税に反対するひとたちは、「財産を放蕩で使い果たせば課税せず、子孫に残そうとすると高率の税を課すのは、国家が家族を愛することに懲罰を加えているのと同じだ」と主張しています。実際に相続税を廃止する国があるように、この批判はかなりの説得力を持っています。

それに対して、北朝鮮など特殊な例を除けば、国民の財産を没収する国家は存在しません。しかしそれでも、「維新の会」の主張にはそれなりの理屈があります。それは、「権利と義務は個人にのみ帰属する」という究極の個人主義です。そうであれば、持ち主が死んでしまえば財産権も消滅しますから、遺産は国家に回収されるのが当然、ということになります。

「維新の会」が遺産の全額徴収という過激な政策を掲げるのは、「高齢者がお金を貯め込むのがデフレの原因」と考えているからでしょう。「生きているあいだに全財産を使い切れば景気はよくなる」との理屈です。

これが“デフレ対策”になるかどうかは別として、興味深いのは、「遺産没収」の公約に思ったほど反対の声が上がらないことです。「ただの話題づくり」というのもあるでしょうが、じつは高齢者自身が、「維新の会」の主張にどこか共感しているのかもしれません。

高齢者が資産を手放さないのは、年金制度が破綻して一文無しで街に放り出されることを恐れているからです。老後の不安がなくなれば、子どもや孫に残すより、人生を思い切り楽しむことに使いたい、というのが本音ではないでしょうか。

もちろん現実には、遺産の没収などできるはずはありません。中小企業の経営者なら、財産の大半は工場や店舗の不動産か自社株ですから、これを取り上げてしまうと会社が倒産して従業員が路頭に迷ってしまいます。そうかといって適用除外をつくれば、誰もが節税に血眼になって大混乱になるでしょう。

「維新八策」は実現可能な公約というよりも、日本人の政治意識のリトマス試験紙のようなものです。

橋下市長の政策の基本は、市場原理に基づく自由主義(ネオリベ)です。それが圧倒的な人気を博するのは、日本人がもともとネオリベ的な個人主義にきわめて親和性が高いからなのかもしれません。

 『週刊プレイボーイ』2012年3月26日発売号
禁・無断転載