モーニングスター社インタビュー(3)財政問題はさらに深刻化、被災免れた層が既得権を手放すべき

<震災がきっかけで目を背けていた問題が浮上>

――日本人の雇用や住宅などの人生設計のあり方について、今回の震災が改めて考えさせる機会になったということか。

「その通りだ。統計学的には、今回の地震は『ブラックスワン(まれに起こる予測不能な事象のこと)』と呼ばれるものだ。だが、日本では98年の金融危機の際にも、倒産するはずのない山一證券や北海道拓殖銀行などが次々とつぶれるブラックスワン現象が起きている。この言わば『見えない大震災』をきっかけに、それまで年間2万2000-2万4000人程度だった自殺者が3万人を超え、日本はロシアなど旧社会主義圏と並ぶ世界有数の『自殺大国』になってしまった。今回の震災の死者・行方不明者の合計は3万人に近づいている。一方、98年の金融危機以降、それまで命を絶つ必要のなかった人が毎年8000人死亡し、それが12年続いているから、『見えない大震災』の死者はおよそ10万人になる」

「98年以降に増えた自殺者は40代、50代の男性が中心だ。日本の不況はこれまで若者の非正規雇用やニートを中心に語られてきたが、一番大きなしわ寄せは中高年の男性に来ている。40代を過ぎて倒産やリストラで仕事を失うと、人的資本も一緒になくしてしまうため、借金に依存しないと生活できなくなる。問題の本質は年功序列や終身雇用といった閉鎖的な日本の労働慣行にあるのだから、金利規制で消費者金融を経営破たんに追い込んでも何も解決しないのは当たり前だ。安定した会社で定年まで勤め上げるという、戦後の高度成長で最も理想的な人生設計とされてきたものが根底から崩壊してしまった。震災をきっかけに日本の社会が変わっていくのではなく、今まで目を背けていた問題がいよいよ水面下から浮上してくる」

<税金を多く払っても日本の社会制度は変わらない>

――復興のための財政支出拡大により、財政健全化を達成することがより難しくなるとの見方がある。

「高齢化にともなって財政問題がこれからますます厳しくなるのは避けられない。増税をするにしても国債を増発するにしても、これまでの既得権をすべて守ったまま被災者を援助することが果たして可能なのか。幸いにも被災しなかった人達が少しずつ既得権を手放すことの方が、日本の社会にとって好ましく、より『正義』にかなうと思う」

「復興のために国民が税金を余分に払うのもよいが、それによって震災前に顕在化していた財政危機が解決するわけではない。日本の社会保障制度の最大の問題は、若者から高齢者に莫大な所得移転が行われていることだ。この世代間格差はどのような理屈でも正当化できないから、被災者を支援しながら財政を維持するには、社会保障制度や雇用制度などこの国の根幹をなすシステムを抜本的に変えていかなくてはならない。年金制度を維持するには受給年齢の引き上げは不可避だろうが、それ以前に物価水準に合わせて年金支給額を減額すべきだ。さらには米国のように定年制を禁止し、ヨーロッパ諸国のように同一労働・同一賃金を法で定め、金銭解雇を可能にすれば、今よりもずっと風通しのよい社会になるだろう」

<次なるブラックスワンに備え、「マイクロ法人」は有力な選択肢>

――震災後に一個人としてすべきことは何か。

「被災者のために何かをするのも大事だが、自分自身がいかにリスクから自由になれるかを考えるのも重要だ。日本のような流動性のない労働市場を前提にすれば、会社にしがみつくことが最適戦略になることは理解できる。だが、今回の大震災で明らかになったように未来はあまりにも不確実なのだから、今の仕事や会社がなくなっても自分と家族の生活を守るための戦略を立てておかなくてはならない。一人ひとりがリスク耐性を高めていくことが、いずれやってくる次のブラックスワンに対して、この社会を守ることにつながるのではないだろうか」

――会社に雇われない個人事業主のような生き方が1つの選択肢となるか。

「自営業になれば必ず成功するわけではないが、日本で最も裕福な人達が成功した自営業者であるのは間違いない。会社法の改正で法人化が容易になったのだから、自分1人で株式会社を設立・運営する『マイクロ法人』も有力な選択肢の1つだ」

「また、サラリーマンであってもスペシャリスト(専門家)としての経験や能力があれば、会社組織を離れて生きていくことができる。以前書いた本で日本の閉鎖的なムラ社会を『伽藍』、それとは対照的なオープン社会を『バザール』と表現したが、伽藍の世界のなかにもバザール空間はある。ITや金融などの業種に能力が高い人材が集ってくるのは、バザール空間の方が自由で生きやすいことに人々が気づき始めているからだろう」

インタビュー/構成:坂本浩明

モーニングスター社(2011/04/20配信)
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