第10回 面倒な配当金 嫌がらせ?

もう10年くらい前の話だけれど、株を買ったら配当金領収書というのが送られてきた。指定された証券会社で現金化できるのだという。今でも覚えているけれど、配当金額は538円だ。

証券会社の窓口にいたのは、ずいぶんと疲れた感じのおじさんだった。

「これ、うちで買った株ですか」

僕が差し出した配当金領収書を見て、おじさんは訊いた。その株は、オンライン証券会社で購入したものだった。

「うちのお客さんじゃないと、手続きできないんですよね」

ぞんざいな口調で、おじさんは言った。

「だったら、この配当はどうやって受け取ればいいんですか」

僕は困惑した。配当金の受取金融機関に指定されていたのは、僕の街にはその証券会社しかなかったからだ。

「ちょっと待っててください」

苦虫を噛み潰したような顔でそういうと、おじさんは奥で上司と相談しはじめた。たっぷり10分は待たされた挙句、小銭を入れたキャッシュトレイが投げ出すように乱暴に置かれた。

おじさんが苛立つのもわからないわけじゃない。客でもない人間に538円渡すために、面倒な事務処理をさせられたのではたまらない。でも僕にだって言い分はある。好きでおじさんのところに来たんじゃなくて、ほかに選択肢がなかったのだ。

同じようなトラブルがあちこちで起きたのだろう、その後、配当は銀行や郵便局で受け取れるようになった。でもここでも、別の問題に巻き込まれた。

法人名義で株を買い、配当金を受け取りに近所の郵便局(ゆうちょ銀行)に行った。ところがここで現金と引き換えに配当金領収書を渡してしまうと、配当の記録がどこにもなくなってしまう。郵便局が配当を払うわけではないから、支払明細は出せないのだという。

法人の決算には、受取配当金を計上しなくてはならない。不思議に思って税理士に聞くと、「それはコピーをとっとかないとダメですね」という。法人の場合、受取配当の益金不算入というのがあって、源泉徴収された税額の一部が戻ってくる。でも配当金領収書のコピーがないと、その手続きはできないのだという。でもこれは、ずいぶん理不尽な話じゃないだろうか。

僕は98年にアメリカのオンライン証券会社に口座を開いて、生まれてはじめて買った株はマイクロソフトだった。米株取引では、なにもしなくても配当は証券口座に振り込まれた。それが当たり前だと思っていたので、日本の配当金制度はほんとうにびっくりした。こんなに面倒臭いんじゃ、支払う方も受け取る方も大変だ。なにかの嫌がらせなのだろうか。

日本でも去年から、配当を証券口座に自動振込できるようになった。配当金領収書とは別に計算書も付いてくるから、わざわざコピーをとる必要もない。

大丈夫、日本の金融制度だってちゃんと進歩してるんだ。たとえカメみたいなスピードだとしても。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.10:『日経ヴェリタス』2010年4月18日号掲載
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