アメリカへの憧れが消えて「すごいぞニッポン!」が増えた? 週刊プレイボーイ連載(309)


安倍首相が総選挙に踏み切り、民進党(衆院)が希望の党に吸収されて日本じゅうが大騒ぎしている頃、たまたま海外にいましたが、アメリカのニュース番組はプエルトリコを襲ったハリケーン「マリア」の話題ばかりでした。

9月20日に巨大台風に直撃されたカリブの島では全土が停電し、自家発電の燃料を使い果たした病院で患者がつぎつぎと死亡し、島民は動物の死骸に汚染された川の水を飲まざるを得なくなりました。首都サンファンの女性市長は涙ながらに救援の遅れを訴え、アメリカ政府と本土の市民に対して“We are dying and you are killing us.(私たちは死にかけていて、あなたたちが私たちを殺している)”と批判しました。プエルトリコは米国の自治領で、現代の先進国の出来事とはとうてい信じられません。

10月1日には観光地ラスベガスで、ミュージックフェスティバル会場の群集に向けてホテルの高層階から自動小銃が乱射され、約60人が死亡、500人ちかくが負傷する大惨事が起きました。容疑者は64歳の退職した白人男性で、事件後の捜査で47丁もの重火器を所有していたことが判明しました。

アメリカで銃撃事件が頻発するのは、憲法で「市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」としているからです。そのため社会には銃が広く行き渡り、これを規制しようとすると「善良な市民だけが銃を放棄し、武装した犯罪者の餌食になる」との批判が噴出して身動きがとれなくなってしまうのです。

しかしこれは、日本のような「銃のない社会」から見れば、ものすごくバカバカしい話です。そんなおかしな憲法はさっさと改正しておけばよかったのですが、市民の武装権はアメリカ建国の理念とされていて、「不磨の大典」に触れることは許されないのです。

日本で総選挙が決まったときに、この2つの事件がアメリカで起きたのは象徴的です。

太平洋戦争に敗北した日本は米軍に占領・統治され、民主政国家へと「改造」されました。戦後日本の歴史には、アメリカへの憧れと反発の複雑な心理が深く刻印されています。

1970年代まではアメリカは「きらきら輝く夢の国」でしたが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれるようになった80年代からすこしずつ印象が変わっていきます。それがよくわかるのが音楽で、かつての若者は海の向こうのヒットソングを知るためにラジオにかじりついていましたが、いまではJポップのファンは洋楽になんの興味もありません。「同じような曲が日本語で楽しめるのにわざわざ英語の歌を聴く必要などない」と考える彼らに、もはやアメリカへの憧れはないのでしょう。

しかしなんといっても、決定的なのは昨年末の米大統領選です。「民主主義の教科書」だった国に世界じゅうから笑い者にされる大統領が誕生したことで、多くの日本人の「アメリカ幻想」がはがれ落ちました。プエルトリコやラスベガスのニュースを見ても、驚くというよりは「あんな国に生まれなくてよかった」と思うだけでしょう。

日本人が“保守化”し「すごいぞニッポン!」が増殖するのは、「あそこよりはマシ」な国がどんどん増えているからなのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2017年10月23日発売号 禁・無断転載

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7件のコメント

  1. >アメリカで銃撃事件が頻発するのは、憲法で「市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」としているからです。そのため社会には銃が広く行き渡り、これを規制しようとすると「善良な市民だけが銃を放棄し、武装した犯罪者の餌食になる」との批判が噴出して身動きがとれなくなってしまうのです。

    ここがリバタリアンを自称する橘さんの論説の矛盾点なのですが、

    「リバタリアン」であるならば、
    こういった事件が起こることを

    当然として受け入れなければ
    ならないのです。

    >日本人が“保守化”し「すごいぞニッポン!」が増殖するのは、
    >「あそこよりはマシ」な国がどんどん増えているからなのかもしれません。

    かつて、日本人にとってアメリカが憧れの国であったときは、
    「アメリカ横断ウルトラクイズ」
    とかでアメリカへの憧れを増幅させるような番組が
    ありましたが、

    現在は普通の人でもアメリカぐらいなら旅行できるようになり、
    実際に行ってみると、物価やサービスが品質のわりに
    日本より割高(チップもいる)なので、

    日本のように身近にコンビニやファーストフードがあったほうが
    安くて便利だということが一般にも認知されてきたからでもあります。

    個人的な話をすると、この前、バンコクに行ってきたのですが、
    フードコートでランチをしていると、前に座った現地の若い女性が
    「日本語の勉強」をしていました。

    東南アジアや香港、台湾の人たちにとって、
    「日本」は
    まだ憧れの国なのです。

  2. >民主政国家へと「改造」されました。
    あの~日本は戦前から民主政ですよ。
    戦時中にも選挙がおこなわれたぐらい民主政ですよ。

  3. > 憲法で「市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」としているからです。そのため社会には銃が広く行き渡り、これを規制しようとすると「善良な市民だけが銃を放棄し、武装した犯罪者の餌食になる」との批判が噴出して身動きがとれなくなってしまうのです。

    それもありますが、もうひとつ重要な視点として、市民には「連邦政府に対し」武装して身を守る権利があるって話なんですよね。
    自由の国アメリカの根本的な発想がここにある。
    犯罪者の餌食になる論も確かにありますが、政府の餌食になるって視点がある以上、政府の側からその権利を剥奪するってのはものすごくデリケートな問題なのですねー

  4. だから、
    「憧れの国」って、

    実はテレビや映画などのマスコミが作り出した
    「幻想の国」

    に過ぎないのです。

    私が若い頃は、テレビや映画などで、
    アメコミ(ポパイやスーパーマン、トムとジェリーなど)、
    アメリカンドラマ(奥様は魔女とかナイトライダーとか)

    が放映されており、それらがアメリカへの憧れを駆り立てていました。
    それの頂点が、「アメリカ横断ウルトラクイズ」でしたね。

    コレと同様なことが、アジアの国で起こっているから、
    訪日外国人の増加に影響しているのです。

    現在アジアの街を歩けば、日本のマンガなどの影響が
    そこかしこに見られます。

    数年前に香港に行ったとき、現地のセブン・イレブンで
    日本の30年前のアニメ、Dr.スランプ(香港ではIQ博士という)
    のキャンペーンをやっていてびっくりした覚えがあります。

  5. >Jポップのファンは洋楽になんの興味もありません。
    これは違うと思います。70年代の洋楽人気は知りませんが、今でも洋楽とJポップではレベルが全然違いますし、今ではインターネットを通して手軽に洋楽を聴くことができます。CDを買わず、ネットで気に入った曲をitunes等で購入して聴いているので、分かりにくいだけでしょう。現にアイドル系以外のJpopはあまり売れていません。

  6. >これは違うと思います。70年代の洋楽人気は知りませんが、
    >今でも洋楽とJポップではレベルが全然違いますし、
    >今ではインターネットを通して手軽に洋楽を聴くことができます。

    というより、かつては「洋楽」や「ハリウッド映画」というものが、

    「自分たちより進んだ文化」

    という

    「記号で消費」されていたからです。

    かつての日本では、学問から芸術、文化、ブランド品、時計、パソコン、自動車に至るまで

    「舶来品」こそ「ありがたいもの」であり、

    「国産」や「伝統・土着」のものはイマイチ

    と思われてきました。

    象徴的なのが、徳大寺有恒さんで、
    「メルセデス→メルツェデス」とか「ジャガー→ジャグァー」
    「肉じゃが→肉ジャグァー」

    とか読んでいましたね。

    ところが、普通の人でもハワイや欧米に行けるようになり、

    逆にそこでの生活が日本と比べて???

    ということを体験してしまうと・・・というわけです。

    >現にアイドル系以外のJpopはあまり売れていません。
    AKB系以外で売れているCDってアニメ声優CDぐらいですよ。

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