教育無償化の”不都合な真実” 週刊プレイボーイ連載(307)


「人づくり革命」を打ち出した安倍首相は、消費税の増税分を教育無償化や社会保障制度の充実にあてるとして解散・総選挙に踏み切りました。「コンクリートから人へ」を掲げて高校無償化を実現したのは民主党政権で、「保守・伝統主義」であるはずの安倍政権はますますリベラル化して、もはやかつての民主党と区別がつかなくなっています。

ところで「教育無償化」は、アメリカの経済学者でノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンの研究を根拠にしているとされます。

1960年代に、3歳から4歳の子どもたちに就学前教育を行ない、その結果を40年にわたって追跡するという大規模な実験が行なわれました。ヘックマンはこの実験を詳細に検討し、教育支援を受けたグループは、高校卒業率や持ち家率、平均所得が高く、婚外子をもつ比率や生活保護受給率、逮捕者率が低いことを明らかにしました。社会全体の投資収益率は15~17%で、100万円の投資に対して15万円から17万円が返ってくるのですから、教育に投資することは公共投資と比べてもはるかにリターンが高いのです。

ここまでは素晴らしい話ですが、ヘックマンの議論をちゃんと読んでみると、すこしニュアンスが異なることがわかります。

ヘックマンは、どうしたら子どもたちに公平なチャンスを与えられるかを考え、子どもが小学校に入学する6歳の時点で、認知的到達度(学業成績)の格差はすでに明白だということに気づきます。こうして就学前教育に注目するのですが、それは逆にいえば、「小学校にあがってからでは遅い」ということです。

認知能力の発達について膨大な文献を渉猟したヘックマンは、誕生から5歳までの教育投資の重要性を説き、「認知的スキルは11歳ごろまでに基盤が固まる」といいます。すなわちヘックマンの議論では、中等教育や高等教育に税を投入することは、投資に対してプラスのリターンが見込めないため、政策としては正当化できないのです。

日本では「教育は無条件に素晴らしい」と信じられているため、このもっとも重要なポイントはほとんど言及されません。さらにもうひとつ、ヘックマンを引用するひとたちが(たぶん)意図的に無視しているのは、ベースとなった就学前教育の実験対象が黒人の貧困家庭の子どもたちだったことです。

1960年代のアメリカは人種差別がきびしく、階級格差というよりも国内に新興国(発展途上国)を抱えているようなものでした。途上国の子どもたちに教育投資を行なえば高い収益率が実現できることは中国や東南アジアの経済成長でも実証されていますから、この結果はなんの不思議もないともいえます。

このようにヘックマンは、「すべての幼児教育を無償化すべきだ」と主張しているわけではありません。いまの日本にあてはめるなら、政策として正当化できるのは、母子家庭など貧困層の子どもたちへの支援だけでしょう。

無駄な教育投資をやめれば消費税の増税分を財政再建に回すことができ、いいことだらけですが、なぜこのような真っ当な議論がないのでしょうか。それは……。ここから先は、いちいち説明する必要はありませんね。

参考:ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』
『週刊プレイボーイ』2017年10月10日発売号 禁・無断転載

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6件のコメント

  1. >無駄な教育投資をやめれば消費税の増税分を財政再建に回すことができ、いいことだらけですが、
    >なぜこのような真っ当な議論がないのでしょうか。それは……。
    >ここから先は、いちいち説明する必要はありませんね。

    「教育無償化」というのが、
    有権者でもある親やその親の世代に対して訴求力があるから、
    選挙の争点になるだけの話ですよ。

    これを批判するのなら、かつての民主党政権の高校無償化のときにも
    徹底的に批判しておかないと辻褄が合いません。

    現在であっても、大学などの高等教育を受けた経歴がなければなれない職種は
    多数あります。橘さんもそうであった「編集者」なんかまさにそうですね。

    「作家」がその才能だけでなれる職業なのに対し、
    「編集者」はある程度の知的能力を担保する学歴がないとなれないのです。

  2. 財政支出は、投資として効果があるかどうかだけで決められるわけではありません。

    老人福祉には、どのような投資効果がありますか?

    もし投資効果がなければ、老人福祉への財政支出は辞めるべきでしょうか?

    前にも書きましたが、マネーの影響力が大きくなっているので、

    子どもを産む方が、損だと考える人が多くなっているから、少子化が進んでいるのです。

    安倍政権は、財政支出を子どもにすることで、子どもを産むことによるマネーの損を少しだけ減らすことで少子化に歯止めをかけようとしているのです。

    によって少子化を食い止めようと

  3. 日本人の7割がいまの社会に満足しているのなら、
    むりに少子化を食い止めなくてもいいんじゃありません

  4. 既に産まれた餓鬼に金出しても、
    少子化対策の効果ほぼ無し。
    大多数の馬鹿餓鬼に金使っても、
    投資効果ほぼ無し。

    ピークの半分以下に激減してしまった
    初婚数増加の為に金を使い、
    優秀な餓鬼にだけ集中投資しろ。

    老い耄れに金を出す必要無し。
    滞留している死に金を吐き出させろ。
    綺麗さっぱり使い切ってから、
    国が面倒見てやればよし。

  5. 橘先生の、母子家庭に税金を、の考え方は理解できました。

    だけども、凡人のために、ひとりひとり出来ることの範囲が、

    つまりはインパクトの大きな行動が何か・・求める声が若者から

  6. 老人福祉でも投資効果がなければすべきではありません。
    そもそも財政は有限であるからこそ、優先順位をつけかければならず、それこそが政治の本質です。

    とはいえ老人福祉には投資効果がないわけではありません。老人福祉のない国では安心して現役世代も働けません。

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