友だちレンタルやAIロボットで癒しと性愛は得られるか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2022年1月27日公開の「世界的なリベラル化が「孤独」を増殖し、 20年後にはロボットに癒しや性愛を求めるようになる」です(一部改変)。

******************************************************************************************

2018年1月、イギリスのテリーザ・メイ首相(当時)は「孤独は現代の公衆衛生上、もっとも大きな課題の一つ」として、世界初の「孤独担当大臣」を任命した。21年2月、菅義偉(前)首相が英国に次いで世界で2番目となる孤独・孤立対策担当大臣を任命し、内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」が設置された。ほとんど話題にならなかったものの、21年6月には坂本哲志孤独・孤立対策担当大臣が、イギリスのダイアナ・バラン孤独担当大臣とオンラインで会合を行ない、孤独対策に関する二国間協力を推進する日英共同メッセージを出している。

先進国を中心に、孤独が大きな社会問題になっている。いったい何が起きているのか、それを知りたくてノリーナ・ハーツの『The Lonely Century なぜ私たちは「孤独」なのか』(藤原朝子訳、ダイヤモンド社)を手に取ってみた。

著者のハーツは1967年生まれの経済学者で、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授。3歳から学校に通い始めたという早熟の天才(ギフテッド)で、19歳で大学を卒業、23歳でペンシルバニア大学ウォートン校でMBAを取得、世界銀行などに勤務したあと、ケンブリッジ大学で経済学と経営学の博士号を取得している。2001年には“The Silent Takeover(静かなる買収)”で、グローバル資本主義を批判する「左派(レフト)の女性経済学者」としてデビューした(邦訳は『巨大企業が民主主義を滅ぼす』 鈴木淑美訳、早川書房)。

ノーツはその後、発展途上国の債務問題、意思決定のノウハウ本(『情報を捨てるセンス 選ぶ技術』中西真雄美訳、講談社)、「ジェネレーションK」と名づけた13歳から20歳までの若者の研究など、話題のテーマを次々と扱っている。これを「才気煥発」と評する者も、「流行りものに片っ端から手を出しているだけ」と批判する者もいるようだ。

本書でハーツは、先進国で孤独が蔓延している原因は、新自由主義(ネオリベ)のイデオロギーが「現実離れした自助努力と、小さな政府、そして残酷なほど激しい競争を追求し、地域社会や集団の利益よりも個人の利益を上に位置づけ」たからだという。だが私は、日本でもよく聞くこうした安直な解釈には懐疑的だ。

ひとびとはなぜ孤独になったのか。その主な理由は、わたしたちの社会がますます「リベラル」になっているからだろう。私はリベラル化を「自分らしく自由に生きたい」という価値観と定義しているが、そうなればひとびとはばらばらに(自分らしく)生きるようになり、教会や町内会、PTAなどの中間共同体は解体していく。

新自由主義がもてはやされたのは、こうした時代の価値観(私は私、あなたはあなた)をもっともよく反映しているからだ。イデオロギーが現実をつくったのではなく、現実に合ったイデオロギーが選ばれたのだ。

だがそれを除けば、本書は孤独についての最新の研究が手際よくまとめられており、面白く読めた。ここではそのなかから、興味深い箇所をいくつか紹介してみたい。 続きを読む →

不死のテクノロジーを目指すトランスヒューマニズムとは

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年6月7日公開の「テクノロジーの進化で「不死」を実現できると考える
トランスヒューマニストたちの思想とは?」です(一部改変)。

******************************************************************************************

すべての物語はわれわれの終わりから始まる。われわれが物語を考え出すのは、自分が死ぬからだ。

アイルランド生まれのジャーナリスト、マーク・オコネルは『トランスヒューマニズム 人間強化の欲望から不死の夢まで』(松浦俊輔訳、作品社)をこう書き出した。オコネルは本書で、テクノロジーのちからで肉体の(あるいは動物としての)制約から「人間」を解放しようとするトランスヒューマニストたちを取材している。その意図は原題“To Be a Machine : Adventures Among Cyborgs, Utopians, Hackers, and the Futurists Solving the Modest Problem of Death (マシンになる 死という“ささやかな問題”を解決しようとするサイボーグ、ユートピアン、ハッカー、フューチャリストたちをめぐる冒険)”によく表われている。

オコネルによれば、「物語が語られるようになってこのかた、語られるのは、人間の生身の体から抜け出し、今の動物の形をした自分とは別の何かになりたいという欲求をめぐる話」だった。人類最古の物語であるシュメールのギルガメシュ叙事詩では、友人の死に狼狽したギルガメシュが、自分にも同じ運命が待ち受けていることを受け容れることができず、死からの救済を求めて世界の果てまで旅をする。

人類は5000年ちかく、おそらくはそれ以上にわたって「不死」を夢見てきたが、これまで誰一人として「動物」としての運命から逃れることはできなかった。だが強大なテクノロジーを手にしたいま、「人間」の限界を超えて死を克服できると考えるひとたちが登場した。これがトランスヒューマニスト、すなわち「超人」だ。 続きを読む →

第113回 日本への送金に見る金融行政(橘玲の世界は損得勘定)

何年も放置していた海外の証券会社の法人口座をようやく閉じることにした。残高は1万ドルほどで、送金額は日本円で150万円強。ポジションはないので、出金手続きはものすごく簡単だった。

出金先に指定できるのは同じ名義の銀行口座のみで、コルレス(中継銀行)は自動的に指定される。法人口座のある日本のネット銀行の口座番号を入力してクリックすれば終わりだ。

その後の経過はリアルタイムで表示され、その日のうちに送金元のコルレス(外資系銀行の東京支店)の円口座に送られた。翌日に受取側のコルレス(都銀)に着金、銀行の確認待ちになっていると表示された。

翌日、ネット銀行から「外貨送金お受取りに伴うお手続きのお願い」というメールが送られてきたので、所定のフォームで、証券口座の解約にともなう送金であることを伝えた。

するとその翌日、「必要書類提出のお願い」というメールが来て、資金の性質を確認できる書類をスキャンして提出せよという。そこで海外証券の直近のステイトメントと、残高全額を出金したことを示す画面のプリントアウトを指定のメールアドレスに送った。

ここまではそんなものかと思ったが、それからなんの連絡もなく、なかなか口座に入金されない。しかたがないので問合せフォームから質問すると、「外貨送金受取サービスでの口座へのご入金手続きは受付日時等にもよりますが、通常であれば、資料等の確認後、3~5営業日までに順次行わせていただいております」という返事が来て、その日の夕方に入金された。証券会社に出金指示を出してから入金まで6営業日、祝日があったので9日かかった。

私が疑問なのは、「海外から日本への送金になぜこんなに時間がかかるのか」だ。それも第三者からの送金ではなく、同一名義の法人口座から150万円送っただけなのに。

「資料の確認」というが、送金元が証券会社なのだから、その口座にある資金に決まっている。それをわざわざ「資料」で確認するのもどうかと思うが、それは百歩譲ったとして、入金まで1週間以上もかかるのはおかしいのではないか。資金繰りのために必要なお金なら、その間に倒産してしまうだろう。

とはいえ私は、このことで銀行を非難しようとは思わない。マネーロンダリング対策で定められた手順に則って処理した結果、このようなことになっているのだろうから。

だが、日本社会に特有の「重箱の隅をつつく」式のこのやり方はほんとうに有効なのだろうか。きびしい規制というわりには、特殊詐欺の犯人は、国内で稼いだ資金をせっせと海外に送っているではないか。

岸田政権は「資産立国」を目指すとして、外資系の資産運用会社の誘致に動いているようだが、資金を受け取るまでに1週間以上もかかるような国が相手にされるのか。

ビットコインなら10分強で送金が完了するのに、日本の金融行政はいつの時代で止まったままなのだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.113『日経ヴェリタス』2023年12月24日号掲載
禁・無断転載