【書評】職業としてのAV女優

コラムとして書いた原稿ですか、「面白いけど、うちではちょっと……」といわれてしまったので、BLOGにアップします。

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フリーライター中村淳彦氏の『職業としてのAV女優』は、アダルトビデオの現場で起きていることはすべて、需要と供給の市場原理で説明できることを教えてくれる。

21世紀に入ってからのAV業界の大きな変化は、供給の爆発的な増加だ。かつてAV女優になるのは、家庭などに複雑な事情のある女の子たちだった。それが今では、インターネットに「モデル募集」の広告を出すだけで、AV女優志願者がいくらでも集まるのだという。

自分の性を晒すことに抵抗がなくなったこともあるだろうが、中村氏は、いちばんの理由はデフレ不況だという。

最近のAV女優の典型は、地方から東京に出てきて、働きながら看護士などの資格を取ろうとする真面目な女の子だ。

時給900円のアルバイトでは家賃を払うと生活が成り立たない。かといってバイトの時間を増やすと学業と両立できない。こんな悩みを抱えた女の子が、短時間でできる仕事をネットで検索してAVに辿りつくのだ。

AV女優が真面目なのには、別の事情もある。

キャバクラなどの風俗店で働けば、もっと簡単にお金を稼ぐことができる。だったらなぜ、AV女優などという“汚れ仕事”をするのか不思議に思うだろうが、女の子のなかには、知らない男性とは話ができないというタイプがいる。製作側からしても、遊びなれた女の子より、男性経験の少ない素人っぽい女性の方が人気があるのだという。

AV女優志願者は、ごくふつうの主婦にも広がっている。

これもデフレ不況の影響で、夫の収入が減る一方で子どもの教育費がかさみ、生活費の不足から消費者金融でつい借金をしてしまう。その返済に困った主婦も、子育てと両立できる仕事を探していて、ネットで「モデル募集」の広告を見つけると続々と応募してくるのだ。

AV女優の供給過多の一方で、需要側の変化は市場の縮小とユーザーの高齢化だ。どんな作品でも売れた時代もあったが、今はネットに動画が溢れていて、若者はAVにお金を払おうとはしない。優良顧客は、一人暮らしの年金生活者だったりする。

高齢化した消費者が若い女性を好まないことで、需要と供給のミスマッチはさらに拡大する。こうしてAV女優の“品質”が上がると同時に価格(出演料)が大きく下がった。

デフレ不況のAV業界では、若くてかわいいだけでは相手にされない。時間や契約を守り、礼儀と常識をわきまえ、プロフェッショナルな仕事ができなければ生き残れないのだ。

中村氏によると、こうした真面目なAV女優のなかには、将来のために倹約と貯蓄に励む女の子も多い。引退後は看護士や介護士になったり、理解のある男性と結婚して幸福な家庭を築く女性も珍しくないのだという。

AV女優は、いまや平凡な“職業”のひとつなのだ。

「気分のいい嘘」と「不愉快な事実」 週刊プレイボーイ連載(77)

世の中には、目をそむけたくなるような話があります。といっても、背筋も凍るホラーや怪談の類ではありません。たんに不愉快なだけです。

有名大学の学生を調べると、裕福な家庭の子どもが多いことが知られています。そこから、「貧しい家に生まれると教育を受ける機会もなく、ニートや非正規になってしまう」とか、「金持ちの子どもだけが私立の進学校に進み、エリートになるのは不公平だ」などの批判が起こりました。自らも有名大学の出身である大学教授などは、「“教育格差”をなくすためにもっと公費(税金)を投入すべきだ」とか、「低学歴で就職できない若者には国が(税金で)教育支援すべきだ」などといっています。

ところで、「金持ちの家の子どもは有名大学に進学できる」という因果関係は正しいのでしょうか?

以前の回で述べたように、行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較から、知能における遺伝の影響が80%以上であることを明らかにしました。この結論は厳密な統計的手法から導かれており、現在に至るまで有力な反証はありませんから、“科学的真理”です。

行動遺伝学によれば、正しい因果関係は、「知能の高い両親から生まれた子どもは有名大学に進学する可能性が高い」というものです。知識社会では一般に、知能の高いひとが高収入を得ていますから、有名大学の学生を調べると結果的に「金持ちの家の子どもが多い」ということになるのです。

どうです? 目をそむけたくなるような話だと思いませんか。

「格差社会」の原因が親の収入にあるのなら、裕福なひとから税金を徴収し、貧しいひとに分配することで問題は解決します。これはきわめて簡単明瞭で、正義感情にもかなうので、とても人気のある主張です。

それに対して、経済(教育)格差の原因が遺伝である場合は、原理的に解決方法はありません。こちらは多くのひとの神経を逆なでしますから、「差別」として激しいバッシングにあいます。行動遺伝学の拠点はアメリカですが、研究者たちはリベラルな団体からの抗議と脅迫のなかで、その結論が科学的に証明されていることを示しつづけたのです。

このやっかいな問題をどのように考えるかは個人の自由ですが、ひとつだけ知っておかなければならないことがあります。

「教育格差」を批判するひとの多くは、大学の教員などの教育関係者です。このひとたちは、教育に公費(私たちが納めた税金)が投入されると得をする利害関係者でもあります。大学の授業料がタダになれば学生はいくらでも集まるでしょうし、再教育や職業訓練の費用が国の負担になれば教育市場は拡大して教員の生活は安泰でしょう。

このように、一見すると正しいものの、科学的には間違っている主張の背後には、「偽善」によって得をするひとが隠れています。

あなたは、「気分のいい嘘」と「不愉快な事実」のどちらを選びますか? もし後者なら、この連載をまとめた新刊『不愉快なことには理由がある』をきっと気に入ってもらえると思います。

 『週刊プレイボーイ』2012年11月25日発売号
禁・無断転載

第23回 調査会社、ワケありの情報力(橘玲の世界は損得勘定)

すこし前の話だが、暴力団の捜査をしていた県警幹部の個人情報を漏らしたとして、探偵業者と携帯電話会社の元店長が逮捕された。元店員や派遣社員も次々と捕まって、携帯電話の個人情報が広範に取引されている実態が明らかになった。

捜査のきっかけは、県警幹部の自宅や携帯電話に匿名の電話がかかってきて、「お前にも家族がいるだろう」などといわれたことだ。こんな卑劣なことをされたら、警察だって本気にならざるを得ないだろう。

調査会社を通じて個人情報が入手できるのは秘密でもなんでもなく、インターネットで「個人信用調査」「借金調査」などのキーワードを検索すると業者の名前がずらりと出てくる。なかには料金表を掲載しているところもあり、1件2~3万円が相場だ。

そのなかに、「銀行口座残高調査」というのがある。氏名・住所・生年月日などを伝えると、調査対象者の資産を調べてくれるのだという。

ほんとうにそんなことが可能なのか不思議に思って、試してみたことがある。といっても他人の秘密を覗き見するわけにはいかないので、自分で自分の銀行口座を調べてみたのだ。

やり方はものすごく簡単で、調査会社のホームページから電子メールで調査依頼を送り、調査料を銀行振込や現金書留で支払うと、1週間ほどで調査結果が送られてくる。そのときはランダムに3件の口座を調べてみたのだが、メガバンクを含め、口座残高まで正確に出てきたのにはびっくりした。

携帯電話の個人情報漏洩事件では、元店長は1件6,000円で調査会社の元締めに情報を売り、そこから1件1万5,000円で末端の探偵業者などに転売されていた。探偵業者はそれを1件2万5,000円~3万円で依頼主に販売するのだ。こうした情報の流れは、携帯電話番号も銀行の口座情報も同じだろう。内部に協力者がいなければ、こんなことができるはずがない。

ところで、いったい誰がお金を払ってまで他人の銀行口座を知ろうとするのだろうか。

銀行調査のいちばんの顧客は、貸金を回収したい債権者だ。銀行預金を差し押さえるには債務者の口座情報が必要だが、銀行は本人の同意がなければ顧客情報を教えてくれない。

tたとえば賃貸ビルの大家が、賃料を滞納しているテナントを裁判所に訴えて支払い命令が下ったとしても、債権を回収するのは容易ではない。税務署は個人や法人の資産情報を把握しているが、判決があっても、納税者の情報はいっさい提供してくれない。債権者は誰の助けも得られず、独力で資産の所在を突き止めなくてはならないのだ。こうして、調査会社の利用が暗黙のうちに認められているのではないだろうか。

しかしこれは、違法なビジネスを前提としているのだから、いくら情報の入手経路を知らないといっても無理がある。個人情報の保護だけでなく、開示のルールも決めておけば、国家が犯罪をそそのかすようなこともなくなるだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.23:『日経ヴェリタス』2012年11月18日号掲載
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