日本人は世界一の“ネット消費者”

小林弘人『メディア化する企業はなぜ強いのか?』に興味深いデータが紹介されていたので、備忘録としてアップしておく。

デロイト「メディア・デモクラシーの現状」調査(デロイトトーマツコンサルティング)は、北米、欧州、日本などの14歳以上75歳以下のひとをターゲットにしたメディアに関しての意識調査だ。ネットインフラが充実した先進国のメディア状況を比較したものは稀で、この調査記録は貴重なものだという。

下図は、「日本版レポート2011年版」に掲載されたネットに対する国別の意識のちがいだ。これを見ると、日本のネット利用者の動向が他国と大きく異なっていることがわかる。

調査結果によれば、アメリカとカナダの北米2カ国のネットに対する意識はほとんど同じだ。フランスも、「インターネット広告は煩わしい」と感じる比率が際立って高いことを除けば、あとはよく似ている。

それに対してドイツ人の特徴は、ネットに対してきわめて保守的なことだ。彼らはオンライン・メデアを利用する気がなく、SNSを介した社交に興味を持たず、ネット上の広告に批判的だ(だからといって、新聞や雑誌などのオールドメディアを好んでいるわけでもない)

一方日本人は、「オンライン・メディアをもっと利用したい」「広告受取のために個人情報を提供してもよい」の2項目で肯定的な意見が際立って高く、「オフラインのメディア(新聞・雑誌等)をより好む」「インターネット広告は煩わしい」の2項目では否定的な意見が強い。すなわち、調査対象の5カ国のなかでネットにもっとも親和的だ(その結果として、当然、「SNS/ゲーム中に広告の影響を感じる」ことになる)。

日本人のもうひとつの際立った特徴は、「SNSを介した人間関係を重視する」という項目にYESとこたえた割合が、ネット利用にきわめて保守的なドイツ人よりも少ないことだ。

下図は同じ調査の「2010年版」で、質問項目と対象となる国が若干変わっている。

2010年版の調査では、アメリカとイギリスの動向がほぼ同じで、「オンライン・メディアをもっと利用したい」「オフラインのメディア(新聞・雑誌等)をより好む)に肯定的な割合が少ないことを除けば、他の項目ではドイツもほぼ同じだ。その分、日本のネットユーザーの特異性が際立っている。

ここでも、「オンライン・メディアをもっと利用したい」「広告受取のために個人情報を提供してもよい」などネットとの親和性が高い一方で、「SNSを介した人間関係を重視する」「自身で情報を加工・発信している」の2項目の割合がきわめて低い。

この調査結果は、小林のいうように、「日本人はオンライン上のメディアにおける個人消費については積極的であるが、ソーシャル(社交)活動については消極的」という傾向を示しているのだろう。

アメリカ、カナダ、イギリス(およびフランス)といった欧米各国は、ネットを社交のためのツールとして利用する一方で、ネット広告(とりわけ個人情報の提供)には抵抗感が強く、新聞・雑誌などのオールドメディアにもそれなりの信頼を置いている。

それに対して日本人は、広告を含め、ネットから情報を受け取ることにほとんど抵抗がなく、個人情報の提供にも積極的だ。その一方で、ネットでの社交や情報の発信にはあまり興味を持っていない。情報の送り手ではなく、あくまでも受け手としてネットを利用しているのだ。

この結果についてはさまざまな分析が可能だろうが、そのなかで新聞・雑誌関係者にとって衝撃なのは、「オフライン(新聞・雑誌等)のメディアをより好む」の項目にYESとこたえた比率がきわめて低いことにちがいない。

日本人は、(広告も含めた)ネットメディアと、新聞・雑誌などオールドメディアの情報をほとんど区別していない。ネット上の情報消費者としては、世界(すくなくとも先進国)のなかでもっとも貪欲だ。

しかしこれは、ネットによる意識操作や欲望の誘導がきわめて容易だということでもあり、それを考えるとちょっとコワい。

書評:『幸福の計算式』

前から読みたかった『幸福の計算式』を出版社のひとが送ってくれた。とても面白い本だったので、ここで紹介したい。

世の中には、幸福の値段を計算しようとする学者がいる。本書の著者のニック・ポータヴィーもその一人で、タイに生まれ、イギリスで学んだ経済学者だ。

「幸福の計算」と聞いただけで拒絶反応を示すひともいるかもしれないから、具体的なデータでこの研究の面白さを説明しよう。

下図は、イギリスにおける年齢別のうつ病発生率だ。これを見ると、40台半ばを頂点にして、うつ病になる割合が見事な山型になっていることがわかる。ひとは若いときは幸福で、中年になるにしたがってだんだん不幸になり、50歳くらいからはまた幸福になっていくのだ。

年齢による幸福度の推移は、誰でもその理由を推察できるだろう。

結婚して子どもが生まれると、経済的な負担も重くなって人生がキツくなってくる。会社でも中間管理職になり、上と下に挟まれていちばんストレスがたまる頃だろう。「中年の危機」は万国共通で、データにもはっきり現われているのだ。

ここを乗り切ると、50歳を過ぎる頃から子どもも自立し、住宅ローンも払い終わって、家計に余裕も出てくる。会社での地位も安定して、先が見えてしまうかもしれないが、逆にストレスもなくなるかもしれない。

「幸福の科学(宗教団体ではない)」では、こうしたさまざまなデータを集めて、幸福や不幸を客観的に評価しようとする。

それでは次に、アメリカにおける職業別の満足度のベスト10とワースト10を見てもらおう。左列の数字が4点満点の満足度で、右列が4点(非常に満足している)とこたえたひとの割合だ。

これを見るとわかるように、満足度の高い職業は教育関係や芸術家で、満足度が低いのはガテン系とマックジョブだ。

ここで注意すべきなのは、聖職者の満足度がいちばん高いからといって、不幸なひとを聖職者にすれば幸福になる、というわけではないことだ。聖職者の道を選ぶようなひとは、(どういう理由か知らないが)子どもの頃から宗教心が強く、神にわが身を捧げたいと思っていたのだろう。そんなひとが聖職者になれば、満足度が高くなるのは当たり前だ。

芸術家も同じで、絵が好きだったひとが画家になれたから幸福なのであって、画家という職業がひとを幸福にするわけではない。

それでも、医師ではなく(リハビリなどの指導をする)理学療法士が満足度2位で、弁護士や金融マンではなく消防士や教師が上位に入っているのは示唆的だ。ひとはお金をたくさん稼ぐよりも、社会的な評価が高かったり、顧客(患者や生徒)から感謝される仕事に高い満足感を覚えるのだ(アメリカの弁護士はあまり尊敬されない)。

ガテン系やマックジョブの満足度が低いのは、好きで選んだ仕事ではないのだから当たり前だろう。それでも、4点(非常に満足している)のひとが2~3割もいるということのほうが驚きだ。

それでは最後に、「幸福の計算」の一例を示してみよう。親しいひとが死んだとき、その悲しみはいくらに相当するのだろうか(原書の賠償額はポンド表示だが、円建てに修正した)。

あくまでも平均的にだが、イギリス人の場合、配偶者(夫や妻)と死別したときにこころの痛みは、子どもを失ったときよりも3倍ちかく大きい。配偶者や子どもとに比べれば、親の死はずっと受け入れやすい。兄弟姉妹との関係は友人よりも疎遠で、死別は10万円を失うほどの痛みでしかない。

どうですか? 「幸福の計算」にすこし興味が湧いてきたでしょう。

いったいどうやってこの金額を計算しているのか? それを知りたい方はぜひ手にとってみてください。

年金消滅は「素人社会」の宿命 週刊プレイボーイ連載(42)

企業年金運用会社のAIJ投資顧問が2100億円もの預かり資産の大半を消失させていたことが明らかになりました。なかには資金の過半を投資していた基金もあり、このままでは老後の年金がなくなってしまいそうです。

その後の調査によれば、AIJ投資顧問が販売したヘッジファンドは運用開始直後から損失を出しはじめ、それにもかかわらず運用成績を偽装して20%の成功報酬を徴収していたといいます。お金を預けた年金基金からすれば、大損したうえに総額で数百億円もの報酬まで払わされたのですから、泣きっ面に蜂とはこのことです。

今回の事件では、年金基金は被害者でもあり、加害者でもあるという微妙な立場に立たされています。彼らはAIJの嘘にだまされて大金を失ったわけですが、そのお金は他人(年金加入者)から預かったものだったからです。

金融の世界では、年金基金は「機関投資家」という金融の“プロ”であるとされています。彼らは運用の専門家として、年金加入者が毎月こつこつと積み立てた保険料を誠実に運用する義務を負っています。高い職業倫理に加え、プロフェッショナルとしての知識や経験があるからこそ、個人投資家への勧誘が許されないハイリスクのヘッジファンドにも自己責任で投資することが認められているのです。

プロであれば、外部監査も受けておらず、運用の実態もわからないファンドに大切な資金を投じることはありません。AIJの黒い噂は関係者ならみんな知っていた、というのですから、その責任は重大です。

もちろん中小の年金基金にも、同情すべき事情はあります。多くの年金基金は積み立て不足に喘いでいて、運用の利益で赤字を穴埋めしなければ、いずれ基金か母体企業が破綻してしまいます。そもそも、国債さえ買っておけばよかった時代の厚生年金の仕組みが現在までつづいていることが問題なのです。

しかしそれでも、彼らがまんまとだまされたのは、しょせんはひとごとだったからでしょう。被害にあった年金基金は、厚労省や社会保険庁から多数の天下りを受け入れていたといいますから、なにをかいわんやです。

ある基金の担当者は、取材に対し、「(AIJの社長と飲みにいったら)きさくで話題は豊富だったので、信頼した……」と説明しています。厚労省の調査によると、総合型の厚生年金基金の約8割に資産運用の経験のある専門家がいません。しかしこれは、おかしな話ではないでしょうか。

企業年金に加入するサラリーマンは、年金基金が「資産運用のプロ」だからこそ、生命の次に大切な老後の原資を預けています。それがふたを開ければ、天下りばかりいて専門家が一人もいないのでは、AIJではなくこちらのほうが詐欺同然です。

でもこんな話をしても、たぶんだれも驚いたりはしないでしょう。私たち日本人は、福島第一原発事故で、「専門家がじつは素人だった」という光景をいやというほど見せつけられたからです。

AIJ事件でいちばん怖いのは、ひとびとがこの「素人社会」を当たり前のこととして受け入れていることなのかもしれません。

 『週刊プレイボーイ』2012年3月12日発売号
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