ゲーム理論で新車をもっとも安く買う方法 週刊プレイボーイ連載(99)

 

あれほど大騒ぎした北朝鮮情勢は、中距離弾道ミサイルが撤去され、「戦争」の挑発もなくなり、すっかり尻すぼみになってしまいました。その後、中国の大手国有銀行が当局の指導を受けて、北朝鮮向けの送金を止めていることが報じられました。水面下でどのような駆け引きがあったかはわかりませんが、アメリカの経済制裁に中国が同調したことが北朝鮮を追い詰め、ミサイル撤去に至ったと思われます。

アメリカでは、国際政治の交渉にゲーム理論を使うのが常識です。有名なのは冷戦時代の「相互確証破壊」で、アメリカとソ連が相手を一瞬で消滅させるだけの大量の核兵器を保有することが、平和のための最良の戦略だとされました。この論理はひとびとの神経を逆なでしましたが、それによって米ソの「世界最終戦争」が避けられたのも事実です。

ゲーム理論は、すべてのプレイヤーが自分の利益を最大化すべく合理的な選択をするという前提のもとに、いくつかの単純なルールで相手の行動を予測します。そんなものが役に立つのかと思うかもしれませんが、ゲームの参加者の数が限られていれば、巧妙な戦略で相手を完全にコントロールすることも可能です。核開発問題の当事者は、北朝鮮と米国、中国(および韓国)ですから、米中が協力すれば北朝鮮はなにもできなくなってしまうのです。

これほど強力なゲーム理論を日常生活に活用する方法はないのでしょうか? ここでは、新車をもっとも安く買う方法をご紹介します。

ゲームの必勝ルールは、自分の情報を相手に与えず、相手の情報だけを手に入れることです。したがって、自分からカーディーラーに行くのは最悪の方法です。ディーラーは自分の手の内を見せることなく、あなたの情報をなんなく手に入れて、予算の上限までふっかけることができるからです。

ところで、ディーラーにいっさい情報を与えずに車を買うことなどできるのでしょうか。次のような方法を使えば、不可能が可能になります。

まず、車雑誌やインターネットで調べて、どの車を買うかを、装備も含めてあらかじめすべて決めておきます(ディーラーに相談してはいけません)。

次に、自分が住んでいる地区のディーラーをできるだけたくさんリストアップします。

そのうえで、順番にディーラーに電話をかけ、購入したい車種と装備の詳細を伝えた後で、次のようにいいます。

「この条件でいくらなら売ってくれるのか、あなたの最低価格を教えてください。その価格を次に電話するディーラーに伝えて、すべてのディーラーのなかでもっとも安いところから購入します。なお、購入する場合はその金額にぴったりの現金しか持って行きません」

これでディーラーは、あなたの情報をなにひとつ知ることができないままに、最低価格を提示するほかなくなります。この戦略はゲーム理論的には完璧なので、ディーラーにあなたと駆け引きする余地はまったくないのです。

もっとも私は車を持っていないので、「ぜったい得する」この方法を試したことはありません。やるとなるとけっこう大変そうな気もしますが、試してみたい方はどうぞ。

参考文献:ブルース・ブエノ・デ メスキータ『ゲーム理論で不幸な未来が変わる!』

『週刊プレイボーイ』2013年5月20日発売号
禁・無断転載

橋下市長は反論の相手を間違えているのではないだろうか?

 

この問題については、正直、あまり首を突っ込みたくないのだが、どうしても気になるのでひと言だけ。

橋下大阪市長は慰安婦問題について、Twitterや囲み取材で日本のメディアを批判しているが、海外メディアでの報じられ方はその比ではない。

Japanese politician calls wartime sex slaves ‘necessary’ CNN

Osaka mayor says wartime sex slaves were needed to ‘maintain discipline’ in Japanese military Washington Post(AP)

“Sex Slave(性奴隷)”を「必要」だと容認するのではRacistと同じになってしまう。これこそ“誤報”なのだから、橋下市長はCNNにインタビュー取材を申し入れて真意を説明し、Washington Postに反論を寄稿すべきだ。

このままでは英語圏で、「極右」「歴史修正主義」「差別主義者」のレッテルを貼られてしまうだろう。「海外で批判されている」という報道に対して、記者会見で日本人の記者を批判したり、Twitterで日本語で反論してもなんの効果もない。

グローバルな問題にガラパゴス化した(日本語の)議論は役に立たない。「南京大虐殺」もそうだが、日本の政治家はいつまでこの現実から目を背けるのだろうか。

ユニクロは“ブラック企業”なのか?  週刊プレイボーイ連載(98)

 

ユニクロの柳井正氏の「年収100万円も仕方ない」との発言が波紋を呼んでいます。

批判の多くは「若者を低賃金で働かせようとしている」というものですが、朝日新聞(4月23日朝刊)に掲載されたインタビューを読むとこれは誤解で、「グローバル化で富が二極化していく以上、仕事を通じて付加価値がつけられないと途上国の労働者と同じ賃金で働くことになる」という、ごく当たり前のことを述べているだけです。同じ話を経済学者や評論家がしても誰もなんとも思わないでしょうから、この反発は発言の内容というより、柳井氏個人に向けられたものに違いありません。

柳井氏への批判は、記事でも書かれているように、ユニクロが「ブラック企業」で、新卒社員のおよそ半分が3年以内に退社していくということにあるようです。「休職している人のうち42%がうつ病などの精神疾患で、これは店舗勤務の正社員の3%にあたる」とのデータはたしかに衝撃的です。

しかしこれだけで、ユニクロを典型的な「ブラック」と決めつけることはできません。ほとんどのブラック企業は居酒屋チェーンのようなドメスティックな事業を行なっているのに対して、ユニクロは日本を代表するグローバル企業だからです。

日本的な雇用慣行では、正社員の解雇が厳しく制限される一方で、社員は会社の理不尽な命令にも服従しなければなりません。「生活の面倒を見てもらっている以上、わがままが許されないのは当たり前」というのが、労働紛争における日本の裁判所の判断です。ブラック企業は、「なにがなんでも正社員になりたい」という若者の願望を利用して、サービス残業などの“奴隷労働”を強要しながら社員を使い捨てることで、アルバイトを最低賃金で雇うよりはるかに安い人件費コストを実現しています(これが“激安居酒屋”が成立する秘密です)。

それに対してユニクロの成功の要因は、中国の安い労働力を活用して高品質の衣料品を安価に大量に供給したことで、日本の労働者を搾取したからではありません。社員の離職率が高いのは低賃金が理由というより、柳井氏も認めるように、社員に対する要求水準が高いために大半が脱落してしまうからでしょう。この激しい競争に勝ち抜けば「年収1億円」というのですから、リスクとリターンが見合っているといえなくもありません。

朝日新聞の記事では、中国・華南地方のユニクロで、月給6000元(約9万円)で働く20歳代の女性店長が紹介されています。年収は7万2000元で、日本円でおよそ100万円ですが、これは法定最低賃金の約5倍ということなので中国では高給です。

ところで、中国で年収100万円の仕事が日本で500万円になるのはなぜでしょうか? 「日本の物価が高いから」というのは、もはや正当な理由にはなりません。日本の労働者がその金額に見合う付加価値を持っていないのなら、中国人の女性店長に日本の店舗を任せればいいだけだからです。

日本人だというだけで高給を要求するな――グローバル企業の経営者である柳井氏は、そういって日本社会を挑発しているのです。

『週刊プレイボーイ』2013年5月13日発売号
禁・無断転載