集団的自衛権より大事な問題 週刊プレイボーイ連載(138)

集団的自衛権の行使容認をめぐって、安倍首相が憲法解釈の変更を示唆したことが議論を呼んでいます。これは憲法9条改正につながるきわめてやっかいな問題ですが、できるだけシンプルに考えてみましょう。

現憲法の条文やその成立過程を見れば、「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」を定めた9条が、戦勝国であるアメリカが敗戦国である日本に科した懲罰規定であることは明白です。ナチスドイツを生んだ反省から、第二次世界大戦では戦後処理の方針が大きく変わり、敗戦国を植民地化したり、苛酷な賠償を取り立てることが抑制されました。その代わり「平和主義」の美名の下に、二度と戦争を起こせないよう戦力を剥奪する罰が加えられたのです。これはいわば、不平等条約のようなものです。

ところがその後、中国の共産化と朝鮮戦争によって日本を取り巻く国際情勢が大きく変わります。アメリカにとって、ソ連・中国という共産勢力を抑止するため日本に再軍備を促すことが国益になったのです。

国の自衛権まで憲法で放棄してしまえば、敵が攻めてきてもなんの抵抗もできず降伏するしかありませんから、これが非常識な規定であることはいうまでもありません。本来であればこのとき〝不平等条約〟を改正し、憲法で自衛軍を定める「ふつうの国」になっていればなんの問題もなかったのでしょう。

しかし当時の日本は国民の大多数が平和憲法を支持しており、9条改正や再軍備を言い出せる状況ではありませんでした。そこで自衛隊という、軍隊でありながら軍法を持たない奇妙な組織がつくられたのです。

戦前の歴史を振り返ってみれば、破滅へと至る最大の原因が、軍の統帥権(最高指揮権)を内閣から切り離し、天皇の下に置いたことにあるのは明らかです。だからこそ軍は「統帥権の独立」を建前に内閣の決定を無視し、各自の権益を追求して泥沼の戦争に突き進んでいったのです。

そのような歴史の反省を踏まえれば、戦後日本の最大の課題は、軍という巨大な暴力装置を厳重なシビリアンコントロールの下の置くこと以外にありません。それは軍を、国土と市民を守るための組織として憲法に規定し、その権限と活動の範囲を法によって定め、内閣の決定に服従させることです。ここまでは文民統制のごく当たり前の定義で、右派、左派を問わず異論はないでしょう。

ところが日本の「リベラル」と呼ばれるひとたちは、憲法9条を教条的に解釈し、自衛隊の存在そのものを違憲とすることで、軍の民主的な統制という重大な課題からずっと目を背けてきました。いまだに日本には、有事の際に自衛隊の行動を規定する法律すら整備されていないのです。

問題の本質は集団的自衛権の行使以前に、軍を統制する民主的な手続きの欠落にあります。これはきわめて危険な状態で、本来であれば保守派に先んじて、リベラル派こそが軍を法の支配の下に置くことを主張しなければなりませんでした。

安倍政権の登場は、戦後70年間、彼らが空理空論を弄んできたことの当然の報いなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2014年3月10日発売号
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福島原発事故から3年を経て、「責任」についてあらためて考える

東日本大震災と福島第一原発事故から3年ということで、Yahoo! Newsの企画で3月6日に原発事故現場を見学する機会を得た。訪れたのは汚染水を浄化する多核種除去設備(ALPS)、汚染水を貯蔵する溶接タンクの建設現場、使用済燃料の取り出しが進む4号機のオペレーションフロアと1/2号機の中央制御室だ(いずれも新聞やテレビなどで繰り返し報道されている)。

東京電力の説明を私なりに理解したところでは、原発事故の収束作業の現状は次のようなものだ。

(1)1500体を超える使用済み核燃料が保管され、事故直後に火災が発生して核燃料プールの健全性が不安視された4号機では400体の使用済み核燃料が順調に取り出され、今年末に作業が完了する予定。

(2)水素爆発によって建屋の上部が吹き飛んだ3号機では、クレーンによるガレキ撤去作業が完了し、現在は使用済み核燃料を取り出すための準備作業が行なわれている。

(3)1、2、3号機の圧力容器と格納容器、および1~4号機の燃料プールは注水によって冷温停止状態が維持できている。

(4)その一方で、原子炉格納容器の底部に溶け出した燃料デブリは現時点でも取り出しのための技術的な目処は立っていない。その前段階として格納容器の水漏れ箇所を特定・補修しなければならないが、放射線量が高く作業員が近づけない状況は変わらない。

(5)格納容器から漏れ出した汚染水を淡水化して格納容器に戻す循環システムは機能しているが、それ以外に1日平均400トンの地下水が流入し、大量の汚染水を生み出している。

(6)汚染水対策として、トリチウムを除く核種を除去するALPSの本格稼動に目処がついた。導入予定の高性能ALPSを加え、順調にいけば1日800トン程度の汚染水の処理が可能になる。また水漏れ事故が多発したフランジ接合のタンクをより強度の高い溶接型タンクに置き換え、1000基(約80万トン分)の増設を計画している。

(7)汚染水問題が深刻なのは間違いないが、上記に加え地下水の汲み上げや遮水壁(凍土造成)が実現すれば技術的に管理可能なところまで見えてきた。

多核種除去設備ALPS/写真提供Yahoo! News
多核種除去設備ALPS/写真提供Yahoo! News

労働組合は身分差別社会が大好き 週刊プレイボーイ連載(137)

安倍政権による労働者派遣法改正案が国会で議論されています。

これを改悪と主張するひとたちは、「正社員が派遣労働者に置き換えられて格差が拡大する」といいます。それに対して政府側は、これまで専門26業種だけに認められていた条件をすべての労働者に開放することで、労働者のニーズにあった多様な働き方が可能になると反論しています。

労働市場改革が揉めるのは、それが日本社会の根幹である「会社=イエ制度」を揺るがすからです。

経済学的にいえば、働くというのは自らの人的資本を労働市場に投資し、そこから報酬というリターンを得ることです。人的資本は学歴や資格、専門知識や経験を総合したもので、それを基準に昇進・昇給が決まります。キャリアアップとはたんなる出世ではなく、さまざまな手段で人的資本を増やしていくことなのです。

しかし日本では、こうした近代的な職業観はまったく受け入れられませんでした。いまでも学生たちは、どんな仕事をするかもわからないまま会社に入り、その会社で定年まで過ごすことを人生設計の基本に置いています。

そのときにもっとも大事なのは、「会社=イエ」の正規メンバー、すなわち正社員になることです。日本の会社は新卒時に正社員を一括採用するため、大学生活の後半が就活に振り回され、それに失敗すると「非正規」という“二級市民”になってしまうのです。

「正社員」と「非正規」は身分制ですから、近代社会では許されません。そこで差別に反対する理想主義者は、「派遣を禁止して労働者はすべて正社員にすべきだ」と要求します。

企業経営者や自民党はこれを「非現実的なユートピア主義」と批判しますが、働く者の味方であるはずの労働組合も諸手を挙げて賛成しているわけではありません。民主党政権は「製造業への派遣の原則禁止」を含む労働者派遣法改正を目指しましたが、けっきょく腰砕けになってしまいました。経済界の反対よりも、民主党の最大の支持基盤である連合が、正社員の既得権が侵されるのを恐れたからでしょう。

日本的な「会社=イエ制度」では、正社員は“選民”であるからこそさまざまな特権を享受しています。法によって派遣が禁止され正社員の数が増えれば、その価値が下がることは誰だってわかります。

ILO(国際労働機関)が日本に勧告しているように、「同一労働同一賃金」が世界標準のもっとも公正な働き方です。そこでは「正社員」と「非正規」の身分差別はなく、すべての労働者が仕事の内容と能力によって平等に扱われます。すなわち、「誰もが派遣労働者で、かつ正社員」になるのです。

これは素晴らしいことですが、その理想が実現したときは年功序列・終身雇用という日本的な労働慣行は崩壊し、会社がイエであることもなくなるでしょう。

労働者派遣法改正を右往左往を繰り返すのは、この国の既得権層が理想を拒絶し、居心地のいい身分差別社会を守ろうとあがいているからなのです。

 『週刊プレイボーイ』2014年3月3日発売号
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