シリア内戦―誰にも止められない殺し合い 週刊プレイボーイ連載(114)

 

「あらゆる問題は解決されるべきだし、解決できる」と考えているひとがいますが、世の中には原理的に解決不可能な問題が存在します(というか、実はそれがほとんどです)。そしてここに暴力(とりわけ国家の暴力)がからむと、目を覆わんばかりの悲惨な事態を招きます。中東・シリアでいま起きていることはまさにその典型です。

第一次世界大戦でオスマントルコが崩壊した後、中東はヨーロッパ列強の支配下に置かれ、歴史や文化、民族構成とは無関係に分割されました。この時期、フランスの委任統治領だった地域が現在のシリアで、アラブ人が人口の9割を占めるもののクルド人やアルメニア人もおり、国民の7割がイスラム教スンニ派ですが、2割はシーア派、1割はキリスト教徒です。

シリアの政治権力を独占しているのはシーア派のなかでも少数派のアラウィー派に属するアサド一族で、空軍司令官だったハーフィズ・アル=アサドが1970年にクーデターで権力を掌握して以来、親子2代にわたって独裁政権を維持してきました。

宗教的少数派であるアサド一族は、宗派を超えてアラブ民族の栄光を取り戻すことを目指す(汎アラブ主義の)バアス党を権力の基盤とし、イスラム主義による政教一致を求める多数派(スンニ派)のムスリム同胞団を徹底して弾圧してきました。シリアはエジプトに次ぐ中東の軍事大国ですが、アラウィー派のバアス党員で構成された最精鋭の共和国防衛隊や秘密警察は、“イスラム原理主義者”からアサド一族を守るための組織なのです。

独裁政権による弾圧のなかで最大のものは1982年のハマー虐殺で、ムスリム同胞団の拠点であったハマーの町をシリア軍が攻撃し、多数の(犠牲者数の推計には1万人から4万人まで大きなばらつきがある)市民が殺されました。

シリアの内戦は“宗教戦争”で、シーア派のアサド一族の背後にはイランとヒズボラ(レバノンのシーア派武装組織)がおり、それに対抗する反政府勢力はサウジアラビアなどスンニ派の大国と英米仏など“反イラン”の西欧諸国の支援を受けています。双方が容易に武器を入手できる以上いつまでたっても決着はつかず、このままでは戦闘がえんえんとつづくだけです。

長年の圧制に苦しんできたスンニ派のひとびとのアサド一族とアラウィー派への憎悪は深く、いったん立場が逆転すれば旧体制への徹底した報復が行なわれるのは明らかです。現政権もそのことを熟知しており、“反乱軍”を皆殺しにする以外に生き延びる道はないと考えます。この状況を打開するには10万人規模の平和維持軍を送り込み、内戦終結後の治安維持を保障しなければなりませんが、イラクでの失敗の後、アメリカも含めどこもそんな火中の栗を拾おうとは思いません。

首都ダマスカス近郊で化学兵器が使用され、サリンと見られる神経ガスで市民など1300人以上が死亡する悲劇が起こりました。現在はアメリカの主導で政府軍への空爆が検討されています。

しかし中途半端な介入では、事態はなにひとつ変わらないでしょう。シリアの内戦による死者は10万人を超え、さらに悪化の一途を辿っていますが、終わりなき殺し合いを止めるための知恵は誰も持っていないのです。

 『週刊プレイボーイ』2013年9月9日発売号
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「NEET株式会社」という冒険 週刊プレイボーイ連載(113)

 

しばらく前の朝日新聞に「ニートだけの会社 全員取締役」という記事が掲載されていました(8月21日朝刊)。全国からニートの若者を集め、「NEET株式会社(仮称)」の立ち上げに向けた「合宿」を行なったところ、300人が登録し100人以上が参加したというのです。

全員が取締役ということは、ニート自身が新会社の出資者=株主になり、株主総会を取締役会にして、直接民主制で会社統治(コーポレート・ガバナンス)と行なうのだと思われます。それでも代表取締役がいないと会社登記ができませんから、これは象徴天皇制のような扱いになるのでしょうか。もっとも記事によると「働いた人がそれなりに豊かになる、資本主義に代わるもの」を目指すとのことですから、このような旧態依然の理解そのものが間違っているのかもしれません。

こうした理想主義を揶揄・批判するのは簡単です。旧ソ連のコルホーズ(集団農場)や文革期の中国の人民公社、資本主義ばかりか貨幣経済まで否定した民主カンボジアのポル・ポトなど、高邁な理想を掲げた20世紀の社会実験はひとつの例外もなく悲劇的な結末を迎えました。「みんな平等」という建前は、隠蔽された身分制と独裁を必然的に生み出す最悪のガバナンスなのです。

「働かない奴らのただの言い訳」「親や社会に甘えているだけ」という厳しい見方もあるでしょう。記事のなかに出てくる26歳の男性は、アルバイトも含めていちども働いたことがなく、「やりたいこと」を探して仕送りで暮らしています。

とはいえ、こうした蛮勇はもっと積極的に評価すべきかもしれません。失敗からしか学べないこともあるでしょうし、勘違いした若者の理想が社会を動かしてきたことも確かだからです。

ニート(NEET)は「教育・就労・職業訓練」の経験が欠けている、学校や会社などの組織に馴染めないひとたちの総称です。この試みが興味深いのは、そんな彼らが集まって組織をつくり、ニートの蔑称を捨てて「株式会社の取締役」という社会的ブランドを手に入れようと考えたことです。

実は私は、これと同じようなことを『貧乏はお金持ち』という本で提唱したことがあります。

「取締役」は特別な役職ではなく、会社をつくれば誰でもなれます。今では1円から株式会社が設立できるのですから、「ニート」や「フリーター」などと呼ばれるくらいなら、会社(マイクロ法人)をつくって社長(取締役)になってしまえばいいのです。

私の案では、300人が集まって会社を設立するのではなく、300社の株式会社を設立します。一人一社ならガバナンスの問題を考える必要はなく、各社(各人)を対等の立場でネットワークする事業を構想すればいいだけです。成功した会社は大きくなり、失敗した会社はつぶれていきますが、この「市場原理」は独裁や身分制とは無縁です。この方がずっとすっきりすると思いますが、どうでしょうか?

いずれにせよ「年内に会社設立を目指す」とのことですから、“ニートの理想郷”の行く末を楽しみに待ちたいと思います。

『週刊プレイボーイ』2013年9月2日発売号
禁・無断転載

リベラルが“保守反動”になった理由 週刊プレイボーイ連載(112)

 

社民党の福島瑞穂氏は、反原発の旗を掲げて参議院議員となった元俳優の山本太郎氏と会談し、「リベラル勢力結集の要となりたい」と述べました。このとき社民党の所属議員は衆院で2名、参院で3名で、山本氏が「結集」してもそれが4名になるだけです。それに対して議員定数は、衆院が480名、参院が242名です。

この会談のあとに福島氏は選挙の責任をとって党首を辞任しましたが、目標と現実のすさまじいギャップを考えれば10年間よく重責に耐えたともいえます。

ところで、リベラル勢力はなぜ日本の政治からいなくなってしまったのでしょうか。

リベラルはリベラリズム(自由主義)の略で、その根底にあるのは自由や平等、人権などの近代的な価値に基づいてよりよい社会をつくっていこうとする理想主義です。

リベラルが退潮したいちばんの理由は、その思想が陳腐化したからではなく、理想の多くが実現してしまったからです。「いまの日本には真の自由や平等はない」というひともいるでしょうが、リベラリズムが成立したのは、権力者に不都合なことを書けば投獄や処刑され、黒人が奴隷として使役され、女性には選挙権も結婚相手を選ぶ自由もなかった時代なのです。

リベラルが夢見た社会が実現するにつれて、理想の弊害が目立つようになってきます。こうして、過度な自由や平等、人権の行使が共同体の歴史や文化、紐帯を破壊しているという保守派の批判がちからを増してきます。最近では共同体主義者(コミュニタリアン)と呼ばれる彼らは、近代以前の封建社会に戻せという暴論を唱えているのではなく、リベラリズムの理想を受け入れたうえでその過剰を憂えているのです。

社会がリベラル化するにつれて、「いまのままでじゅうぶんだ」という穏健な保守派がマジョリティになるのは先進国に共通しています。その一方で、少数派に追いやられたリベラルはより過激な理想を唱えるしかなくなります。

とはいえ、「革命」が熱く語られた時代もいまでは遠い過去になってしまいました。“革命の理想”を実現したはずの旧ソ連や文化大革命下の中国の実態が明らかになるにつれて、夢は幻滅に変わってしまったからです。

こうした有為転変を経て、日本のリベラルはいま憲法護持、TPP反対、社会保障制度の「改悪」反対、原発反対を唱えています。こうしてみると、原発を除けば、リベラルの主張はほとんどが現状維持だということがわかります。

理想が実現してしまえば、その成果である現在を理想化するしかありません。こうして夢を語れなくなったリベラルが保守反動となり、穏健な保守派が“ネオリベ的改革”を求める奇妙な逆転現象が生じたのです。

今回の参院選で、「リベラル勢力が結集」したのは日本共産党だということがはっきりしました。この政党もいまでは共産主義革命の夢を語ろうとせず、「アメリカいいなりもうやめよう」という不思議な日本語のポスターをあちこちに張っています。これは右翼・保守派の主張と同じですが、リベラルが反動になったのならなんの不思議もありません。

共産党と右翼団体が瓜二つになっていくことにこそ、「リベラルの現在」が象徴されているのでしょう。

 『週刊プレイボーイ』2013年8月26日発売号
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