令和は団塊の世代に年金を払う時代 週刊プレイボーイ連載(380)

新元号が「令和」になったことで、あらためて「平成」や「昭和」を振り返る機運が盛り上がっています。

第二次世界大戦が終わると、すべての国で出生率が大きく上がるベビーブームが起きました。日本では「団塊の世代」と呼ばれ、1947年から49年までの3年間の合計出産数は800万人を超え、日本の人口ピラミッドのなかで突出したブロックを構成しています。

1960年代後半に青年期を迎えた彼らは、フォークやロックなど欧米の新しい音楽を真っ先に取り入れ、安保闘争などの学生運動にかかわったのち、70年代には「企業戦士」として戦後の高度成長を牽引します。昭和は戦前と戦後に分かれますが、多くのひとがイメージする「昭和」は80年代末のバブル経済で頂点に達するこの時期でしょう。

元号が昭和から平成に変わる頃、団塊の世代は40代前半で、子育てにもっとも経済的負担のかかる時期にさしかかっていました。バブル崩壊は彼らの人生設計を大きく動揺させ、この時期の政治の役割は、巨額の公的資金を投入して団塊の世代の生活を下支えすることになります。建設業での雇用を維持するために、日本全国に採算のとれない橋や道路、豪華な庁舎や公民館などの公共施設があふれたのはその象徴です。

団塊の世代の子どもたちが「団塊ジュニア」で、1971年から73年までの3年間に600万人が生まれました。彼らが大学を卒業する90年代半ばはバブル崩壊後の「就職氷河期」で、正社員として採用されずフリーターや非正規(派遣社員)となる若者が大きく増えました。「ニート(就学・就労・職業訓練のいずれも行なっていない者)」が社会問題になるのもこの頃です。

いまから振り返るならば、この時期の日本経済に起きたのは、「子どもを労働市場から排除することで親の雇用を守る」という現象でした。その結果、自活するだけの収入を得られずに成人してからも実家で暮らす「パラサイトシングル」が登場し、アルバイトで働くことすらできなくなると「ひきこもり」と呼ばれるようになりました。

令和元年には団塊の世代は70代になり、早晩、後期高齢者(75歳以上)として労働市場からかんぜんに退場することになります。70代の金融資産(2人以上世帯)は平均で1780万円ですが、金融資産非保有が28.6%とほぼ3世帯に1世帯で、3000万円以上は18.3%で5世帯に1世帯程度です(2018年)。70歳の平均余命は男性15年、女性20年ですから、団塊の世代の8割は人生終盤のこの期間をほぼ年金に頼って生きていくことになります。

このように考えると、これから始まる令和の姿がおおよそ見えてきます。「平成」が団塊の世代の雇用を守るための30年だったするならば、「令和」は団塊の世代に年金を支給し、医療や介護を提供するための時代になるでしょう。

団塊の世代が90代を迎える2040年には団塊ジュニアが前期高齢者(65歳以上)となって日本の高齢化比率は35%に達し、単純計算では、現役世代1.5人で高齢世代1人を支えることになります。

令和の時代の私たちは、戦後日本の主役となった人口ピラミッドの大きなブロックの動きにともなう、さまざまな政治的・社会的出来事を体験することになるのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2019年4月15日発売号 禁・無断転載

 

テロ事件の犯人に共通するのは「若い男」 週刊プレイボーイ連載(379)

ニュージーランド、クライストチャーチのモスクで礼拝者ら50人が死亡する凄惨なテロが起きました。犯人は28歳のオーストラリア人男性(白人)で、74ページにも及ぶ犯行声明をネットに投稿するとともに、銃撃の様子をフェイスブックにライブ配信したことで世界じゅうに衝撃を与えました。

今回の事件に大きな影響を与えたのは、2011年にノルウェーで10代の若者ら77人を射殺したテロだとされます。こちらの犯人は32歳の白人男性で、「極右思想を持つキリスト教原理主義者」と報じられました。

IS(イスラム国)戦闘員による相次ぐ事件によって、中東からの移民やイスラームがテロと結びつけられましたが、今回の事件は人種や宗教が本質的な要因ではないことを示しています。キリスト教徒の白人もテロを引き起こすからです。

2016年に相模原市の障害者福祉施設に元職員が侵入し、入所者19人を刺殺、職員ら26人に重軽傷を負わせました。戦後最悪の大量殺人となったこの事件の犯人は、当時26歳の男でした。

これらの事件には明瞭な共通点があります。それは犯人が「若い男」であることです。ISのテロも同じで、どれも目的を達成するために周到に準備し、冷静沈着に犯行が行なわれています。「精神錯乱」や「一時の激情」ではとうてい説明できません。

犯人が若い男ばかりなのは偶然ではありません。あらゆる国で凶悪犯罪に占める若い男の比率は際立って高く、女性や子ども、高齢者はめったなことでは殺人を犯しません。

性ホルモンの一種であるテストステロンは睾丸などから分泌され、その濃度は思春期の男性で爆発的に増え、年齢とともに減っていきます。これによって筋肉や骨格が発達しますが、そのもっとも重要な作用は脳の配線を組み替えて性愛への関心を高めるとともに、冒険や競争を好むようにすることです。

多くの哺乳類と同様に、男は思春期になると女の獲得をめぐるきびしい闘いの世界に放り込まれます。私たちはみな何百万年、あるいは何千万年も続いたこの性淘汰に勝ち抜いた男たちの子孫で、思春期から20代にかけて攻撃的・暴力的になるよう進化の過程のなかで「設計」されているのです。

さまざまなテロ事件のもうひとつの共通点は、犯人が自らの凶行をまったく反省していないことです。これは自分が「正義」を体現していると確信しているからでしょう。

男の暴力は集団内の女性獲得競争だけでなく、集団同士の抗争でも発揮され、こちらの方がより激烈・残虐になります。これはチンパンジーも同じで、集団間の抗争に敗れればメスを奪われ、オスは皆殺しにされてしまいます。生き残るためには先に殺すしかないのです。

テロの実行者は、たとえ単独犯であっても、「白人」「イスラーム」「日本人」などの(幻想の)共同体を代表し、「仲間たち」を救うために犯行に及んだと主張します。彼らはみな、妄想のなかでは「救世主」なのです。

しかしそれでもなお疑問は残ります。ほとんどの若い男は、たとえ過激な思想の持ち主でも、女子どもを含む見ず知らずの人間を殺して自分の人生を台無しにしようとは思わないからです。

そうなると最後の共通点は、「彼らの人生はもともと台無しだった」ということになります。そして不吉なことに、世界じゅうで(もちろん日本でも)、社会からも性愛からも排除された若い男は激増しているのです。

参考:リチャード・ランガム、デイル・ピーターソン『 男の凶暴性はどこからきたか』( 三田出版会)

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「日本的雇用が日本人を不幸にしてきた」という不都合な真実 週刊プレイボーイ連載(378)

平成もいよいよ終わろうとしていますが、この30年間を振り返っていちばん大きな変化は、日本がどんどん貧乏くさくなったことです。

国民のゆたかさの指標としては1人当たりGDPを使うのが一般的です。日本はバブル経済の余勢をかって1990年代はベスト5の常連で、2000年にはルクセンブルクに次いで世界2位になったものの、そこからつるべ落としのように順位を下げていきます。

2017年の日本の1人当たりGDPは世界25位で、アジアでもマカオ(3位)、シンガポール(9位)、香港(16位)に大きく水をあけられ、韓国(29位)にも追い越されそうです。訪日観光客が増えて喜んでいますが、これはアジアの庶民にとって日本が「安く手軽に旅行できる国」になったからです。

このていたらくを「グローバリストの陰謀」と怒るひとがいそうですが、これは事実(ファクト)に合致しません。「グローバリストの総本山」であるアメリカ(8位)の1人当たりGDPは5万9792ドルで、日本は3万8449ドルですから、国民のゆたかさは3分の2しかありません。これを単純に解釈すれば、「日本をもっとグローバリズムの国に!」ということになります。

平成の日本のもうひとつの「不都合な事実」は、サラリーマンのエンゲージメント指数が極端に低いことです。「会社への関与の度合いや仕事との感情的なつながり」を評価する基準で、エンゲージメントの強い社員は仕事に対してポジティブで、会社に忠誠心を持っているとされます。

近年になってエンゲージメントの重要性が認識されるようになり、コンサルタント会社を中心にさまざまな機関による国際比較が公表されるようになりました。それぞれ評価方法はちがいますが、衝撃的なのは、どんな基準でも日本のサラリーマンのエンゲージメント指数が最低だということです。

「グローバルスタンダードの働き方を日本にも導入しよう」という話になったとき、右も左もほとんどの知識人は、「終身雇用・年功序列の日本的雇用が日本人を幸福にしてきた」として「雇用破壊の陰謀」を罵倒しました。ところが「ファクト」を見るかぎり、日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでおり、仕事に対してネガティブで、おまけに労働生産性は先進国でいちばん低いのです。これを要約すれば、「日本的雇用が日本人を不幸にしてきた」ということになるでしょう。

会社が大嫌いにもかかわらずサービス残業などで長時間労働させられるため、日本の会社では過労死や過労自殺という悲劇があちこちで起きています。市場が縮小するなかでは昇進の余地は限られ、どんなに頑張っても給料はほとんど上がらず、年金と高齢者医療・介護を守るために保険料は重くなって手取りが減っていきます。国全体がどんどん貧乏になっているのですから、「戦後最長の好景気」を実感できないのも当たり前です。

日本人は「嫌われる勇気」を持って「置かれた場所で咲こう」としますが、現実には置かれた場所で枯れていってしまいます。そんな社会で「幸福」を手にするにはどうすればいいかを『働き方2.0vs4.0』(PHP)で書きました。

「人生100年時代」に、あなたはどんな「働き方」を選びますか?

『週刊プレイボーイ』2019年4月1日発売号 禁・無断転載