『2億円と専業主婦』発売のお知らせ

マガジンハウスから『2億円と専業主婦』が発売されます。発売日は明日ですが、すでに大手書店などには並んでいると思います。Amazonでも明日から購入可能になります。電子版も同日発売予定です。

タイトルからわかるように、2年前に発売した『専業主婦は2億円損をする』を新書の判型にしてリメイクしたものです。それにともなって、「1時限目 専業主婦はカッコ悪い」を削除し、「『女がそんなに稼げるわけない』問題と、『好きで専業主婦をやってるわけじゃない』問題」として全面的に書き下ろしました。

この2年間で日本社会の価値観は大きく変わり、いまでは共働きが当たり前になりました。そんななかで、「女性も働こう」というメッセージはもはや不要になったということと、「2億円の“お金持ちチケット”を捨てるのは、妻に家事・育児を丸投げしている夫の問題でもある」ということをもっと強調すべきだと考えたからです。

それ以外でも、本文中のデータを最新のものに更新したり、新たなデータを追加したりしています。

2年前の本は「女子高生から20代の女性」が読者ターゲットでしたが、今回は年齢にかかわらず、パートナーとゆたかな生活を実現したいと考えている(男性を含む)すべてのひとのための本になったのではないかと思います。

「2億円と専業主婦」あなたはどっちを選びますか?

共同親権導入に向けて、戸籍制度を廃止しよう 週刊プレイボーイ連載(407)

日本では、離婚すると子どもの親権を父親と母親のどちらかが持つことになります。これが「単独親権」で、日本人は当たり前と思っていますが、いまや世界では少数派です。

離婚によって夫婦関係は解消されますが、親子の関係までなくなるわけではありません。そう考えれば、「どちらか一方しか親として認めない」という制度には無理があります。

子どもは離婚後も、父母の双方を親と思っているでしょう。それにもかかわらず、法律によって父子、あるいは母子のいずれかの関係を強制的に切り捨てるのは、子どもの人権の観点から重大な問題があります。

法律家のあいだでも、単独親権によって離婚訴訟がこじれ、その後の面会や養育費の支払いの障害になっているとの認識が広まっています。裁判所は「幼い子どもの養育には母親が必要」との立場なので、父親が親権を失うことがほとんどです。「親でなくなった」ことで子どもと面会すらさせてもらえないなら、真面目に養育費を払う気もなくなるでしょう。

その結果、日本では離婚による母子家庭のうち、養育費を受け取っているのが4~5人に1人しかいないという異常なことになっています。国際比較で日本はシングルマザーの貧困率が極端に高いのですが、その原因の一端は、「母親が親権を独占した結果、父親が子育てを支援しなくなる」ことにあります。

いまや先進国で単独親権は日本くらいになったこともあって、法務省は共同親権の導入に向けた研究会の設置を決めました。しかし、ここにはやっかいな問題が控えています。それが「戸籍制度」です。

ほとんど指摘されませんが、戸籍は世界のなかで日本にしかないきわめて特殊な制度です(韓国も戸籍制度を採用していましたが、2007年かぎりで廃止されました)(1)。

日本が単独親権なのは、夫婦が離婚したあと、子どもがどちらの「イエ(戸籍)」に入るかを決めなくてはならないからです。母親が親権を持てば、子どもは父親の戸籍から排除されます。そうなると父親の親族は、「ウチのイエの子でもないのにお金を渡す必要なんかない」と考えるようになるでしょう。養育費の不払いがさしたる問題にならないのは、「イエ」の論理によって、社会がそれを許容しているからです。

戸籍制度をそのままにして共同親権を導入すると、(たとえば)子どもは母親の戸籍に入れて、父親にも親権を持たせるようにするしかありません。しかしこれでは、父母は対等の関係になりません。祖父母など親族や周囲も、母親が「ほんとうの親」で、父親は「にせものの(二次的な)親」と考えるに決まっています。結局、いまの単独親権をちょっと言い換えただけになってしまうのです。

「親権があるって主張するけど、戸籍上の親じゃないんだから黙ってろ」という話にならないようにするには、まず戸籍制度を廃止する必要があります。そもそも近代的な市民社会を、「個人」ではなく「イエ」単位で管理することがおかしいのです。

共同親権の導入を目指す法務省の研究会は、はたしてこの議論に踏み込めるでしょうか? 大いに期待したいと思います。

註(1):日本の戸籍制度とは異なるものの、中国は「都市戸籍」「農村戸籍」で居住区域を定めたり、住民サービスを制限しています。日本統治下にあった台湾でも、ID制度(国民総背番号制)と戸籍制度が併存しています。

『週刊プレイボーイ』2019年11月11日発売号 禁・無断転載

第86回 不祥事招いた権力者の「理想」(橘玲の世界は損得勘定)

きらぼし銀行から「弊行との取引に関する不審な手続き等の確認のお願い」なる手紙が送られてきた。といっても、この名前の銀行にまったく心あたりがなかったので調べてみると、八千代銀行、東京都民銀行、新銀行東京が合併して2018年5月に設立された銀行だった。

新銀行東京は2005年、石原慎太郎東京都知事の肝いりでつくられた銀行だ。当時、大手銀行は低金利による貸し出し拡大で大きな収益を上げながら税金を納めておらず、貸し渋りが中小企業を苦しめていた。銀行税を導入したものの裁判で敗訴した石原知事は、今度は自ら自ら“理想の銀行”をつくって日本経済を再生させようとしたのだ。

それから十数年たち、後継銀行にいったい何が起きたのだろうか。文面を読むと、行員の不祥事への謝罪と、「不審な手続き等」へのアンケートだった。

不祥事というのは、東京都下の支店に勤務する32歳の元行員が、顧客から運用商品の購入資金として預かった800万円を詐取したというものだった。

そんな不良行員がいるのかと思いながら質問用紙を見て驚いた。そこに、以下のような体験をしたら連絡するよう書かれていたからだ。

  • 担当引継ぎ後も前任の営業担当者が、訪問を継続し、現金のお預かりや預金・金融商品の勧誘をしている。
  • お客様さまの現金や小切手・普通預金払戻請求書・定期預金証書等をお預かりする際、営業担当から弊行制定の預り証の交付を受けていない(素預り)
  • 営業担当者と個人的に金銭の授受をしたことがある。

いずれも、まともな銀行ではあり得ないことだ。こんなことをすべての顧客に(ちなみの私の口座残高は989円だ)尋ねるなど前代未聞ではないだろうか。

じつはこの銀行では、合併・設立からわずか2カ月後に、東京都内の支店で、定期預金証書を偽造して複数の顧客から5億7600万円を詐取するという事件が起きていた。この不祥事を受けて再発防止の取り組みを約束したにもかかわらず、わずか1年で同様の事件を起こしたことで、「ご迷惑をお掛けしているお客さまが他にいらっしゃらないか、広く確認を進め」ることになったようだ。

銀行が顧客に、「うちの行員から犯罪被害にあっていませんか?」と聞いて回るのはじつに恥ずかしい話だが、こんな手紙を送っただけでこの根深い問題を解決できるだろうか。

石原知事が高い理想を掲げて設立した新銀行東京は、わずか3年で1000億円ちかい累積赤字を抱えて行き詰まり、東京都が400億円の公的資金を注入して救済する羽目になった。既存の銀行が貸し渋っていた「訳あり」の取引先をすべて押しつけられたとも言われている。その後、都知事も何人か変わり、合併でこの「お荷物」を清算しようとしたのだが、これによって職員の士気は下がり、度重なる不祥事につながったのではないだろうか。

最近の世界の出来事を見てもわかるように、権力者が自分勝手な「理想」を掲げて暴走すると、けっきょくみんなが迷惑するのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.86『日経ヴェリタス』2019年11月3日号掲載
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